(昔の人はよくあの優雅に水面を進んでいる白鳥が、見えないところで必死に足をバタつかせていることに気づいたな……)
そう思いながら、私はステージの袖からファンに向けて圧倒的なパフォーマンスをする七羽の白鳥を見つめた。
ここはとある地方のリハーサルスタジオだ。
床には赤や青のビニールテープが等間隔に、そして交差しながら張り巡らせてある。
そして、スタジオにある大きな鏡を前にして本番と同じように全力でパフォーマンスをするのは明日に公演を控えた人気アイドルのHE★VENSだ。
普段のノーブルな雰囲気の衣装とは違い、全員スウェットやTシャツなのだが、『HE★VENS』らしい雰囲気は損なわれていない。
「大和、今のままでは全体のバランスが悪いからもう少し内に寄れるか?」
曲をサビあとで止め、汗をタオルで拭いながらリーダーの瑛一さんがメンバーの日向さんに指示を出す。
「おう、任せろ」
「いや、天草が、より大きく動けば、大和はそのままの位置でいいかもしれぬ……。一度挑戦させてはくれないか?」
大きく頷いた日向さんの横で、息を切らしながらも天草さんが右手を挙げて強い意志を持った瞳でメンバーに提案している。
「それがええかもなぁ。ここの会場広いやろ? 大きく出た方が迫力があってええかも」
「……シオン、最後まで持つ?」
そんな天草さんの提案に桐生院さんは賛成の意を示し、帝さんは心配そうに天草さんを見上げる。
「案ずるな、ナギよ。天草は今日の日の為に鍛錬を積んできたのだ。このぐらいでは負けぬ」
他のメンバーに比べて体力が劣ると言われている天草さんが力強く主張する。
「わかった。では、大和の移動はそのままで、シオンはA4からA6まで移動する。これでいいな?」
メンバーをぐるりと見渡し確認した瑛一さんは、私の隣にいる師匠――音響監督をその鮮やかな紫色の瞳で貫いた。
「では、サビ前からお願いします」
「了解!」
頼まれた音響監督はカウントを始める。
スッと今までの疲れを感じさせないような動きで全員が立ち位置に着く。
曲が始まった――。
「すいませーん! ちょっとここなんですけど、暗転して2カウントで照明つけてもらってるんですけど、2.5とかいけます?」
ゲネプロで照明担当にお願いするのはソロ曲のリハーサルをしていた瑛二さんだ。
「こう……、くるか……くるか……きた!ってほうが会場が盛り上がると思うんですけど……。あれ? これって伝わるかな?」
「伝わる伝わる!」
あまりにも抽象的な表現に不安になったのか、困り眉で最後には自信なさげになった瑛二さんに照明チームが笑いながら丁度会場中心にある機材席から大きく丸をする。
「よかった~。じゃあ、前のナギの曲の最後の方流してもらってそこからやってタイミング合わせてもいいですか? 音響さんもお願いします!」
「わ、わかりました!」
安心した瑛二さんからいきなり声を掛けられ慌ててしまったが、ここできちんと仕事をしなければ……。
隣の照明の同期とアイコンタクトをとって頷く。
ここはスタッフ全員の息が合わなければならない。
大きく息を吸ってその時に備えた。
「うそ! 今日のナギもかわいすぎない? みんなびっくりするよ!」
「そうだ……な……。俺も……ナギが……可愛すぎて……驚いた……」
機材の最終準備を終え、飲み物でも買ってこようと廊下を歩いているとメイク室の方から驚いたように声を上げる帝さんとゆっくりと口を開いて同意する皇さんの声が聞こえた。
このライブを通して気づいたことだが、HE★VENS全員が音楽に対して一生懸命だ。
表現するのは難しいのだが、テレビの中の彼らはかっこいいからこそとっつきにくさがあるように思っていた。……正直すかした奴らだとも思っていた。
しかし、このツアーのリハーサルを通してメンバー全員がファンのために血もにじむような努力をしているのが分かった。
一音一音に妥協がなく、ダンスや演出に対してもより高みへと目指そうとする姿勢がある。
……その分、スタッフに対しても同じレベルを求められるが、やってやろうという気持ちになる。
きっとそれは、ギスギスしたやり取りではなくまるで家族のようにお互いを支えあおうとする彼らの姿があってこそだろう。
「……」
会場の自動販売機の前に立ち、ふと悩む。
硬貨を入れて自分用の炭酸飲料と――尊敬する音響監督が好きだといっていたコーヒーも一緒に買う。
こんなことをするのは初めてだが、HE★VENSの姿を見ていると誰かのために動きたくなってしまう。
二本の缶を持ってはいるが、その足取りはいつもよりも軽かった。
「今から本番だな……」
リーダーの瑛一さんが円陣を組んでいるHE★VENSとその周りを囲むスタッフに向けて語りかけた。
もう会場はしていてバックヤードにもファンたちの期待に満ちた声が漏れ聞こえてくる。
「まず、今日まで俺たちを支えてくれたスタッフに皆に感謝の意を」
思いもしなかった言葉と共に優雅に頭を下げるHE★VENSたちに戸惑いが隠せない。
「皆がいてくれたから俺たちはステージに立ち、ステージで音楽を奏でることができる」
ありがとう。そう言った瑛一さんの言葉にどんどん目頭が熱くなってしまう。
こらえきれず俯く私の頭を師匠が乱暴に撫でる。
「皆が繋げてくれた想いを、必ずや」
そう言ってHE★VENSが円陣を組む。
輪の中にこそ入っていないがスタッフ全員がその一員だと感じられる。
……どうしてもアーティストの華やかなパフォーマンスに目がいき、彼らの見えないところでの努力や、私たちのようなスタッフの仕事は注目されにくい。
しかし、HE★VENSは私たちスタッフにも敬意を払い、リハーサルから最高のライブを作ることを目標に切磋琢磨していった。
その姿はまるで優雅に水面を滑る白鳥が見えないところでは必死に足を動かしている姿にも似ていた。
そう思うとHE★VENSの優雅でノーブルな雰囲気は白鳥に似ているかもしれない……。
円陣で気合入れをした七人がそれぞれの立ち位置にスタンバイする。
それはまるで、大空に羽ばたこうとする白鳥の姿にも似ていた。
おしまい