「う~ん」
 HE★VENSの暮らす家のリビングに置いてあるソファーに寝転がっているのは瑛二だ。
 彼はA4サイズの紙を蛍光灯にかざし、何やら不服そうに声をあげる。
「うーん」
 紙の三分の一は瑛二の字で埋まっている。しかし納得いかないのか、書いた本人は不服そうに紙を持ったまま、ごろりとローテーブルの方に身体を回転させる。
「ただいま――ってなにやってんだ?」
「あ、大和ぉ。おかえりぃ」
 そこへ丁度トレーニングから帰ってきた大和が首に巻いてたタオルで顔を拭きながら瑛二に話しかける。普段ならもっとしっかり「おかえりなさい」という瑛二だが、間延びした声で大和を出迎えた。
「ああ、ライブの演出か」
「ちょっと、とらないでよ」
 そんな心ここにあらず瑛二から手に持っている紙を奪って大和は納得した。
 その紙は、今度行われるHE★VENSの全国ツアーでソロ曲はどのようなパフォーマンスをするのか、そのアイディアを書くアンケート用紙だった。
「もー皺になっちゃったじゃんー」
 寝転んだ体勢からソファーに座り直した瑛二は、大和から奪い返したアンケート用紙の皺を両手をアイロンのように伸ばすと深く背もたれにもたれかかった。
「どーしよう!」
「悪くねえんじゃねえか?」
 アンケート用紙で顔を覆い声を出す瑛二の横に座った大和は、またアンケート用紙を瑛二の手から奪うとその紙に書いてあることを読み込んだ。
 瑛二が今考えている演出はこうだ。メインステージに設置されたベットやダイニングテーブルの間をミュージカルのように歌いながら朝の用意をした瑛二が、ハンガーラックに掛かっているジャケットを着ると花道へと走り出す。そして、歌いながらサブステージまで移動して、サブステージで歌とダンスを披露するというものだ。
「ほんと? エンジェルに会いに行くってコンセプトにしようとおもっててさ。照明はね、最初は朝みたいに鮮やかな青にして、花道で昼間みたいな黄色にするんだ。そして、サブステージは夕焼けみたいに俺の紫が会場を染め上げるてきな?」
「そこまで考えてんなら上出来じゃねーか」
 どちらかというと感覚の鋭い大和は詳しく言葉にするのではなく、身振り手振りやオノマトペでスタッフにイメージを伝える。そんな大和と比べたら、瑛二は分かりやすく言葉でイメージを共有しようとする姿勢が見える。
 自信を持てと言う気持ちを込めて用紙を返すと、受け取った本人はまだ悩んだように眉をひそめたまま、今度はソファーのひじ掛けに身体を預けた。
「この曲『Just You』じゃん? あなただけって意味でしょ? エンジェルにそう歌っているのにバックダンサーがいたら違うかなって、だからバックダンサーなしでいこうと思ってるんだよね。それに折角のソロなんだから俺だけ見てほしくって……。でもそれだと今度のツアーの会場の大きいから迫力がなくなるかもって。エンジェル一人ひとりに俺の気持ちを届けられるかな? って不安なんだ。もっとエンジェルに俺が傍にいるように伝える方法はないかなって」
 目をそらしたまま大和に弱音を吐く瑛二の言葉に納得した。
 ステージが広くなればなるほどそこでパフォーマンスをしている人間と観客の間に距離が生まれる。そのような中で曲の世界観を伝えるためにセットや照明、バックダンサーを交えて広く空間を使うことでその距離を縮めようとアーティストは努力している。瑛二も例にもれず、セットや照明、そして花道を移動したりと広い会場で曲のイメージを伝えようと考えているのだが、あと一押し何かが欲しいようだ。
「そうだな……。なあ、ちょっと歌ってみろよ。なんか思いつくかもだろ?」
「え? いま?」
「ああ、二人ならなんか思いつくかもだろ?」
 もともと考えるよりも感じたり、身体を動かすことで閃きを得る人間だ。物は試しと提案したそんな大和の言葉に頷いた瑛二は唇を開いた。
 大和は先ほど瑛二が話した演出を頭に思い浮かべながら聞いていく。 
 その曲は瑛二の雰囲気に合った爽やかな曲だ。しかし、歌詞を読み込むとその言葉の素直さや意外に独占欲が強い性格まで、瑛二の良さが詰まっている。そんな曲の内容を考えると、演出の方向性は瑛二が今考えているもので大丈夫だろう。ただもっとエンジェルの傍にいきたいという瑛二の気持ちを汲み取るには……。
「あっ」
 思いついた。
 これはとっておきのアイディアだ。
「え? なにかおもいついたの?」
 急に声を上げてにやにやし始めた大和の顔をグイっと覗き込む瑛二の顔は期待と緊張でいっぱいだ。
「ああ、この曲の始まる前にスモーク炊くんだろ?」
「うん。ちょっと夢から覚めるみたいな感じで」
「これに瑛二の香水の匂いってまぜられねーかな?」
「香水?」
 首を傾げる瑛二に畳みかけるように大和は自分のアイディアをどんどん伝えていく。
「この曲瑛二みたいに爽やかで優しい感じだろ? んで、瑛二の香水もスゲー優しい匂いだったからよ。その香水の匂いが会場にいっぱいに広がったらエンジェルも瑛二が近くにいるようにかんじねーか?」
 そう、一人でステージの上でパフォーマンスしたい瑛二の気持ちも、もっとエンジェルの近くに行きたい気持ちもわかる。だからその思いを瑛二の香水に託すのだ。
「大和……」
 じっと大和の顔を見つめる瑛二に「だめだったか……」と思った瞬間。強い力で肩を掴まれた。
「それ! 最高だよ! そうしたら瑛二を俺の香りに染めれらるしもっと近くにいける!」
 ありがとね! と先ほどの暗い表情から一変した彼は急いでテーブルに紙を置いて今貰ったアドバイスを勢いよく書き始める。
「そりゃよかったよ」
 そんな優しくて独占欲の強い彼の姿をみて、大和は一人笑った。
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