くりんばワンライ第22回目
【洗濯】【ちょっといい事】
『残業の大倶利伽羅が傘持った山姥切国広にお迎えしてもらう話』
金曜日の早上がりは遠く消え、今は二十三時。家に帰って同居人と酒を飲みながら映画を見る予定は遥か彼方だ。勤務時間外だというのに月曜日までにとオーダーを入れてきた先方を呪いそうだ。事務の女性は格好つけて帰してしまったので、慣れない事務作業が終わらない。
オフィスに一人、テンキーの音が響く。どうしても計算が合わない。ソフトの数式が悪いのか、俺の入力が悪いのかも、疲れた頭ではわからない。もう何度も計算しているがどうにもならない。諦めて帰りたいがそうもいかない。
静かなオフィスにつんざく電子音。端末が鳴った。相手は山姥切国広。
「どうした」
「どうしたもこうしたも、大倶利伽羅終電がなくなるぞ」
「ああ、事務の人を帰してしまって、ソフトの計算が合わないんだ……合わないと帰れない」
「疲れているんだろう。持ち帰ることはできないのか」
「そうか……そうだな」
禁じられてはいるが暗黙の了解で持ち帰って仕事をする者は多い。残業として手当がつくわけではないが月曜日に事務の女性を困らせるよりいいだろう。
「じゃあ帰る」
「もうロビーの前で待ってるから早く降りておいで」
ロビーとは会社のロビーのことなのかマンションの方なのかわからなくて、相槌だけ打って片付けをする。持ち帰る仕事だけしっかり確認して、後は端末と定期券と家の鍵があればどうにでもなる。
オフィスの照明を消し、廊下の非常口の明かりを頼りにエレベータまで向かう。下に向かうスイッチを押すと、すぐにエレベータは開いた。黄色くて柔らかい照明に包まれて一階まで降りる。
ロビーでは警備員が立っていて、ご苦労様ですと頭を下げた。
もう春なのに今日は午後から雨が降っていて、少し肌寒い。一重にするか裏付きのジャケットにするか迷う季節だ。
ロビーを出て、駅に向かう左を見ると、国広が傘をさして立っている。
「国広」
「大倶利伽羅お帰りなさい」
くたくただな。そう言う国広に引っ張られるまま鞄を渡し、傘に入る。そういえば今日は傘を持っていなかった。ぽんぽんを頭を撫でて、お疲れ様、と言う国広に安心する。
「ちょっと早めに歩かないと終電に間に合わないかもしれないぞ、大丈夫か」
「ああ、元気出た」
大変な一日でもいいことがあるものだ。
終わり