三日後はすぐにやってきた。個展の片付けも終わった御手杵と一緒に夕方ごろ大学に集まった。
体育館の中は小さな誘導灯があり、鑑賞区画に案内された。三角コーンが四方に置かれ、椅子がないのはライブで立ち見だからだろう。四隅に大きなオレンジ色の羽の扇風機が置かれている。体育館の舞台上には大きなスクリーンが貼られていて、時々ノイズが走る他音楽などは流れていない。
「あと二分で始まるな」
「鶴丸と大倶利伽羅の共同制作なんだろ、楽しみだ」
お客も開演ぎりぎりになってわんさと入ってきた。俺達は舞台上に一番近い所、会場の奥に立った。
お客の誰かがカウントダウンを始める。
さん、にい、いち。
ぶぅん、と電波が繋がったラジオのような音がして、男性の声がする。
「……、…………」
木々のざわめく音がして、辺りが緑に染まった。風に揺れて木漏れ日が輝く様子が美しい。プロジェクションマッピングだと言っていたから、これも映像の一部だとわかっているものの、動き出した扇風機から香る風が、木々を揺らす風と錯覚して気持ちがいい。マイナスイオンでも出ていそうだ。
「誰かいないのか」
今度ははっきりした声だった。大倶利伽羅の声だ。
スクリーンには腰に刀を差した人が影の状態で歩いてくる。鞘に両手を置き、風に衣装の裾の金色を揺らして辺りを見ているようだった。あたり一面木々がうつされているから、森の中だろう。ゆっくり歩きスクリーンから外れた影は壁を歩いていく。
お客もそれを追い、体を向きを変えた。
キィンと高い鈴の音のような音が響いて、影が刀を抜いた。突如現れた髑髏の顔をした骨の蛇が影に襲い掛かる。
影は骨の蛇を斬るごとに腰から下の衣装が赤くなっていく。影は赤色に金の房がついた腰布をしているようだった。
それからまた影は刀をおさめ、歩き出していく。
「ここはどこなんだ……■■■■」
またノイズが走って影の声がはっきり聞き取れなくなると、辺りがじんわり変化していって日本家屋の大広間になった。
ホーホケキョと下手くそな鶯の鳴く声がして、桜の花びらが舞った。すると先ほどの影のような大小の影が感覚を開けて座っている。
「……、………。……………」
ノイズが走って聞き取れない受け答えがしばらく続いた。憤った声や悲しむ声のような気がした。
またじんわり場面が変わって、水面になった。壁を金魚が泳ぎ、涼しさが音とともに伝わってくる。
水鏡のような扱いなのだろう、金魚の向こうに先ほどの赤い腰布の影が映った。縁側に座り、緑色のまんじゅうを食べている。縁側を急ぐ足音がして、真っ白な布を被った影が現れた。同じように隣に座って緑のまんじゅうを食べ始める。
水の流れる音が強くなって水面が揺れ、また場面が変わっていく。
どんどどん。と和太鼓の音がして、剣戟が始まった。床は血に濡れ、天井からは雨が降っている。
四面の壁を全て使って何人かの影が髑髏と戦っているようだった。後ろの方は他のお客で見えなかったが、声が聞こえる。
大きな槍を突き回す影、白い羽織をひらめかせながら飛ぶように切り結ぶ影、あちこちから移動してきて影は六名になった。赤い腰布の影もあり、荒れ狂う龍のように切り伏せていく。
そう、龍だと思った。影の背中を俺は知っていると確信した。俺の体中の血が湧き踊り、強く拳を握った。なにか知っている気がする。思い出せそうだと思った時には赤い腰布の影は刀をおさめて走り去っていくところだった。
辺りが静かになり、スクリーンに影が六人並ぶ。桜が散り、六人が消えると、どどんと和太鼓の音がして誉の文字が出た。
これでライブは終わりらしい。あちこちから拍手が起きて口笛が鳴らされる。俺は小さく拍手をしながら涙がこぼれないようにするので精いっぱいだった。
なんだか暖かくて懐かしい気持ちがこみあげてきて、それが涙をあふれさせようとするのだ。
入り口の方から、ありがとうございました、と声がして、扉が開く。お客が少しずつ流れていって、俺達も外に出た。
「泣いてんのか、国広」
映像は情報量が多いからなぁ、と御手杵は近くのベンチまで連れて行ってくれた。
「御手杵はどうだった」
「木々が美しくて、シルエットの人達も相当凝って作ってあったよな」
途中で扇風機が動き出したときはちょっと笑うかと思った。
御手杵は少しだけ鼻をすすると、こう言った。
「あとちょっと戦う槍のシルエット見て懐かしいっていうかわくわくした気持ちになったな」
「俺も懐かしくて、赤い衣装のシルエットの背中が誰かに似てる気がしたんだ」
でももう会えないくらい遠い感覚がして、今すごく悲しい気分だ。
ぴろん、とポケットから音がした。俺の端末で大倶利伽羅が今どこにいるとメッセージを入れてきた。
「御手杵はどうする」
「号に会いたくなったから、そうする」
大倶利伽羅には体育館出てすぐのベンチにいると返信すると、動くなよと秒で返ってきた。
御手杵が行ってしまうとすぐに大倶利伽羅がやってきた。
数日前とは違い小奇麗な恰好をしている。髭も剃ったのかつるつるだ。
「国広。……泣いたのか?」
「ちょっと情報量が多くて脳みそがいっぱいなんだ。そのせいだろう」
そうか、と親指で目の下を撫でられて涙を拭かれる。泣いているのが恥ずかしくなってシャツの袖を引っ張って目の周りを拭いた。
「どう思ったか聞いていいか」
「ああ! 緑が綺麗だった。扇風機の風から湿った香りがしてマイナスイオンを感じた。それから、赤い腰布の影が出てきただろう」
「どう思った」
「最初は何とも思わなかったんだ。でもだんだん見ているうちに……」
「懐かしいと感じなかったか」
「そうだ、そうなんだ。背中が懐かしい気がして……。彼が切られたりするたびに心臓が冷える心地だった。だが、彼が髑髏を斬ると頼もしくかんじて。初めて見るキャラだったのに、始めましての気持ちはなかった。まるで、大倶利伽羅に会った時みたいだった」
「そうか、まだ思い出さないんだな」
「大倶利伽羅?」
「いや、なんでもない」
大倶利伽羅は大きく息を吸って気分を変えるような仕草をすると、一枚の用紙をポケットから出してきた。
「国広、俺と同棲してくれないか」
その紙は一室の見取り図だった。
「どう、せい?」
「あんたが好きだ。大学を卒業して就職しても離れたくない」
息が止まるようだった。先日大倶利伽羅に告白したのは伝わっていなかったらしい。それでも改めて大倶利伽羅が俺と同じ気持ちだということがわかって、頭がくらくらする。
「好き、というのは、俺が女漁りして逃げ込むのに便利だから離れたくないんじゃ……」
「国広も大学に入ってから見ているだろう。あの事件からお前一筋だ。というよりも、あんたと離れたと思っていたから、適当にしていただけで、小学校の時からあんたが好きなんだ」
なあ、国広。ベッドは一つでいいか。
人目をはばかるように耳元でささやかれて、耳がはじけ飛びそうだった。
「べべべっ!」
「声が大きい」
大倶利伽羅の顔も暗闇に紛れて見えにくいが、小学校から一緒の俺にはわかる。顔が赤い。よく見ると見取り図を持っている手は震えているし、眉が今にも泣きそうだ。
「なあ、大倶利伽羅。あんた俺の個展見てどう思った」
「あんた俺を描くのが好きだなと思った」
「大倶利伽羅を描くのも好きだが、大倶利伽羅が好きだから書いたんだ。それで、あの個展になったんだ」
「は」
「歌仙は大倶利伽羅が見てわからないはずないだろうと言っていたから……」
「そんな、俺は……国広……」
大倶利伽羅は片手を顔に当て、赤かった顔を青くしている。
「いや、大倶利伽羅は制作三日前だから疲れていたんだろう。見に来てくれただけで嬉しい」
「国広、すまない……」
「いいんだ。大倶利伽羅は俺のことが好きなんだよな」
「そうだ」
「じゃあいいんだ! あんたを愛するために俺がいるんだから」
後からクラッカーを鳴らしながら鶴丸と獅子王、円満夫婦の書をしたためて出てきた歌仙や御手杵が出てくるがまたの機会に話そうと思う。
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