ホラー小説って読み進めていってドキリ、というのがいいのであって配信して書いてる途中を見せるのはネタバレみたいで向いてないなということをこんだけ書いてから気付いてしまったのでお付き合いください。
「ジ…リリ」
目を開けると長い髪の女に、上から見下ろされていた。
「ジリ…リ」
ひょろ長くこちらに首をもたげた女は上から照らす蛍光灯の明かりのせいで顔が影になりよく見えない。白いワンピースを着た女の恐らく口のほうから得体の知れない音が聞こえていた。ジリジリと途切れ途切れに聞こえるそれはこちらに何を訴えているのか。女が揺れる。それに合わせてぼさぼさの長い髪も揺れ、頬を撫でた。
「ジ…リリ」
また音がする。早くこの音を止ませないと。そう思って女の首へ手を伸ばす。黙れ黙れと力を入れて首を掴まんとする腕を、女が止める素振りはない。首に近づくに音が大きくなる。
早く止まれ。
青白くさえ感じる女の肌に触れ、力を込めた。
途端。
霧のように女の首が消え、手は空を握る。
支えを失った顔が、重力に従い、目の、前に。
あ。
「ジリリリリリリリリン」
次に目に飛び込んできたのは見慣れた天井と蛍光灯の光だった。眩しさに手をかざせば次にやってきたのは背中と頭に響く鈍痛。痛む後頭部をさすり体を持ち上げれば、なんてことはない自分の部屋だ。自分の体と共に転げている椅子を見るにどうやらテスト勉強をしていたはずが、うたた寝していて後ろに椅子ごとひっくり返ったようだ。そりゃ痛いわけだと椅子の背もたれがクッションになった背中と違い、勢いをそのまま受け止めることになった頭を慰める。
取れてなくてよかった。
「ジリリリリリン」
あ。
そうだ、この音で起きたのだ。痛む体に鞭打って立ち上がる。後ろを振り返ると転げた椅子が目に入るがまあ後で元に戻せばいいだろう。まずは自分を呼ぶこの音を止めなくては。
壁にかかった時計を見ると9時を回ったところであった。
自分の部屋がある二階から階段を降りたところに電話はある。はいはいとうるさく鳴り響く音に返事をしながら暗い廊下をどたどたやかましく通り過ぎる。自分が眠っていたころから鳴っていたはずだとすれば、電話の主はよほど我慢強いらしい。こういったときはぎりぎり手に取る瞬間に切れることがお約束だが、現実はどうだろう。
階段に近づくにつれ音は大きくなる。早く早くとこちらを急かすように。早く出なくては、と足早に階段を降りていく。階段の曲がり角に差し掛かかったところ、ガチャリ、と騒音をぶち切る音に動きが止まった。誰かが受話器を取ったのだ。
でも誰が?
真っ先に思い浮かんだのは親の顔だがそれならなぜ自分が向く先はこんなにも暗いのだろう。帰ってきたなら電気ぐらいつけるはずだ。今し方帰ってきたならそれを知らせる音がするはず。電球が切れた?いや昨日替えていたのを見た。偶然つけていないだけ?本当にそうか?
仮説を巡らし見えているものとすり合わせて答えを導こうとするがどうもしっくり来なくて頭をひねる。泥棒?それなら電話など取らないはずだしあんなに喧しく足音を立てて来たのにこちらに気づかないはずがない。
そうだ、こちらに気付かないはずがない。
つまり今そこにいるはずの誰かしらはこちらの存在に気づき、その上で電話を取ったのだ。
では一体誰なのか。
ふりだしに戻った疑問に頭を悩ませる。ヒントが欲しい。先程とは打って変わって細心の注意を払い、一段一段降りていく。少しの軋みにも肩をびくつかせ手すりを握りしめて進んでいくと電話の相手と喋る声が聞こえてくる。ぼそぼそとした喋り声だが一段進むにつれ拾える音は多くなっていく。聞き馴染みのある親の声であってくれと祈るように耳を澄ます。
あ。
全身の筋肉が硬直する。指先から、顔から、血の気がさあ、とひいていくのを感じ、反対に心臓はうるさいくらいに胸を打ち動けなくなった体に必死で酸素を送っている。筋肉が痙攣し歯がなりそうになるのをようやっと手で押さえ込んで息を飲んだ。
聞き馴染みの、ある声だ。ぼそぼそとして話の内容は不鮮明であるが、語尾の上げ方、声の響き、この話し方は聞いたことがある。
自分の声だ。
そう心の中で呟けば、一足早く事実を認識していた体に追いつくように頭が急速に回転しだす。なぜ?どうして?自分が、そこに。いや本当に自分だろうか。いいや自分だ。なぜそう断言できるんだ。なぜって、なぜかって。そりゃあだって。
なぜだろう?
確証なんてない。でも自分じゃないと言えないのだ。確かめなきゃいけない、自分には今この状況を置いといて上に帰って布団の中に潜るほどの勇気がない、臆病さがない。聞かなかったふりをして日常になんて戻れない。そう、そうだ、日常じゃない。今自分が立っているのは異常な空間だ。
息継ぎの声さえ漏れ出さぬように必死に手で口に蓋をする。行かなきゃいけない。今電話で応対をしているなにかを、確認しなきゃいけない。でももし、もし自分だったら、本当の本当に自分が、鏡の中、写真の中、写された姿しか見たことのない自分が、自分以外の意思を持って動いて笑って喋っていたらどうしよう。こちらに向けて言葉を発したらどうしよう。お前は誰だ、と言われたら自分はまさしく自分だと言えるだろうか。
自分は、本当に自分だろうか。
はっと、今まで見向きもしなかった影にひっそりと蠢くものを見つけてしまった時のような、見慣れた天井のしみがこちらを睨む人の目に見えてしまったときのような、当然だったものに違和感を感じて普通が普通でなくなってしまうような。そんな不安を身体中に感じて形を確かめるように全身をなぞった。目はある、口もある、鼻もある、足は二本だし腕も二本、心臓はさっきからずっとうるさいほど鳴っていて、脇の下を撫でれば肋骨を感じてへそはちゃんと一つある。何から何までいつも通りだ、だから、だから多分自分は自分だ。自分が自分じゃないなんて、そんなことがあるはずない。そうやって必死に光の差さない階段の上で暗闇に滲み出しそうな自分の存在を必死に留める。後ろから背中を包む暗闇が自分が自分であるなんて証明できるのと囁きかけてくる。自分、自分、自分。ゲシュタルト崩壊しそうな自己の連呼。確かめれば確かめるほどピントがぼやけて曖昧になる。あと数段の勇気が出ない。声は楽しげに弾んで、やっぱり会話の内容はわからない。脳が拒否しているのだろうか、もしも友人の名前を親しげに呼ぶのが聞こえたら心臓が縮んで元に戻らなくなるかもしれない。
やっぱり戻るべきかも。
時間のおかげか確かめなければと思う気持ちよりも臆病に天秤が傾き始め、見たもの聞いたものを全てここに置いて冷たくも柔らかいベッドに逃げ帰りたくなってきた。全部なかったことにできるチャンスかもしれない。
手すりを握りしめ手汗の滲む左手を緩め、戦いに挑むかというほど前のめりになっていた上体を元に戻す。逃げよう、ここから。前を見据えたまま、差し込む光に別れを告げて闇の濃い二階へと後退りする。一段、後ろに前進した。
カコン
階段一段分距離を広げて少し息をついたタイミングを見計らったかのように、家の玄関の鍵を開ける音がした。頭に浮かんだのは馴染み深い親の顔。帰ってきたんだ。察すると同時に息を呑んだ。全身から冷や汗が噴き出す。
もし、親が今そこにいる自分と出会ったら、どうなる?
ドッペルゲンガーと出会えば死んでしまうという話はよく聞くが、この場合はどうなるのだろうか。自分のように話す何かが自分を知る誰かと話したら。その場合今ここにいる自分は本物になれるのか?もしも他の誰かがそいつを本物と判断したら、今ここにいる自分が偽物で、そっちが本物になってしまうのか?
何を考えているんだろうか。どっちが本物でどっちが偽物か、そんな単純なことで何を悩んでいるのか。それでももしあいつが親に自分と認識されて、次に出てくる自分を見て化け物でも見るように叫ばれたら今度こそ自分は消えてしまうような気がする。そんなわけない。非科学的だ。でも今の自分を科学は救えやしないだろう。後ろに下がりかけていた足をもう一度前に倒す。行かなくちゃ。玄関を開けて目の前に続く廊下を行き、リビングに繋がる扉を開ける前に。早く。
そう思うのに、思えば思うほど足は固まって動かない。先の見えない恐怖が足を掴んで離さない。喋り声に混じってこちらに近づく足音がする。あの軽めの足音は母親だろうか。早く。震える両足を捨て置いて、動く両腕に力を込めた。
「どうしたの!?」
ブラックアウトした視界が一転、目を開けるとそこには自動灯に照らされ扉を半開きにしたまま固まる人影と、目の前に転がる子機。鈍痛が響く頭をさすり腕で体を持ち上げようとするがうまくいかない。下半身を見れば、足はいまだ階段に引っかかっていて頭から床にダイブしたのだと推測できた。
「大丈夫!?」
いつの間に駆け寄ってきていたのか、まじかに迫る母の声にそちらを向けば頭をさすられる。傷がないか確認されているようだ。顔や腕、体のあちこちを調べられ、無傷とは言えずとも膝や腕に擦り傷がある程度で受け答えが問題ないことを確認されるとほっと息を吐かれた。
「何したの?」
「階段から落ちた」
「馬鹿だね〜、びっくりさせないでよ」
なんともなさそうでよかったあ〜と安堵の息をつかれて大丈夫?と手を貸される。よろよろと立ち上がればまあ骨が折れていることはないようで数日後には青タンが浮かぶ程度の軽傷だ。特に問題ないとわかると母親は荷物を置きに自室へと引っ込んでいった。あとに残されたのは転がった子機と自分一人だけだ。ドッペルゲンガーと並ぶ羽目にはならなかったようだ。聞こえていたはずの声もどこか遠くの記憶のようでほっと胸を撫で下ろす。足元の受話器を拾い上げて元に戻した。これで元どおり。何もなかった、何も。今日は当分二階に上がらないな、と階段を見上げていると電話が鳴った。びくり、と肩を震わせたが瞬時にそれは疑問符へと変わり電話を凝視する。二階で聞こえた電話の音とまるで違う。そもそもおかしい。ジリリリリンなんて古い昭和の黒電話のような音、聞こえた時点で頭をひねるはずだ。それに電話の音が大きすぎる。二階にいたのにまるで耳音で鳴るようなけたたましい音だった。あれは本当に下でなっていたものだったろうか。自分はなぜなんの違和感も覚えずに下へ降りようとしたのだろう。背筋がぞくりとした。リビングの方で母が電話を取ったのか音が止む。しんと静まった廊下に自分一人。いてもたってもいられずに、暖かいリビングの方へと足早に向かう。今日はもう一人で眠れないかもしれない。今晩の寝床の言い訳を考えながら、母の元へと駆け出した。
お疲れ様でした。ありがとうオリゴ糖。
楽しんでもらえたらハッピー。読んでくれてありがとうございます。おやすみなさい。
Latest / 206:17
ホ、ホ、ホ、ホラー(終)
初公開日: 2020年04月15日
最終更新日: 2020年05月05日
ブックマーク
スキ!
チャットコメント表示
ホって3回打っただけでゲシュタルト崩壊だよ
墓場にて
タイトルはおいおい考えよう。 初めてスキ!なんてされてしまって今日は記念日にしようと思ってたのに日付…
読みもの
デス
ただの考え事
短く短く収まりそうなやつをつらつら
読みもの
R-15
デス
俺と僕2 (終)
前の俺くんと僕くんの話 戦場で会いましょう 色々書きたいものが思いつきますが、時間も集中力も…
デス
俺のチョロ松
8月1日は俺チョロ記念日なので
読みもの
紫雲英
へしさにかきます
へしさにかきます
読みもの
たいの
何かを書いてく
中二病全開で書きたい文章を書いてくのだわさ…ネタか何かくれるとハゲて喜ぶのだわさ…
読みもの
はと〜!!