キッチンで数十秒唸る。
冷凍庫からカッチカチに凍ったご飯を取り出して電子レンジに放り込み、約五分。うつらうつらと落ちかけた意識はパシンと頬を叩いて吹き飛ばし、収納棚を背にずるずる床に座り込んだ。残り四分。
暇なので床に映る影とかなぞってみる。手を伸ばした過程で自分の腕にわりと大きな噛み痕があるのに気が付いてうわぁって言ってしまった。これ明日の朝とか大分痛々しいことになってるような気がする。思わず触った首筋にチリっとした痛みが走ったので、こっちも結構凄そうだなぁと溜息を吐いた。にしたって最近のアイツは加減というものを知らない。これは一体どう言い訳しろと言うんだ。着替える時普通に脱ぐのに。まぁ倍は噛み痕付けてる俺が言えたことではないけれども。
ピー、とか間抜けな音。よっこいせと立ち上がってレンジを開けると、先程とは打って変わってほかほかになった白米がラップの中から白い湯気を出していた。くありとあくびを噛み殺してどんぶりの中に白米をよそい、冷蔵庫から取り出した卵をパカッと割り入れる。チャカチャカ混ぜて、味の素とごま油てきとうにジャッて入れて、完成! 面倒なのでその場で食べる。いただきます、と手を合わせて箸を構え、オレンジ色の灯りに照らされキラキラ輝く黄金色の卵かけご飯を見据えながらごくんと唾を飲んだ。
ゆるゆるとなだらかな丘に突っ込まれる箸先。卵を纏った米粒が重力のままいくつかとろりと落ちて、ごま油の香りがふわっと鼻腔をくすぐる。うまそう、香りだけでこんなに美味しいなんて素晴らしい。卵かけご飯には無限の可能性がある。本能のまま大きく開けた口の中に突っ込んで、
「……なにしてんだよ」
「お、わぁっ!」
思わず一口分のご飯が茶碗の上に落っこちた。ギリギリセーフ。ばこばこ鳴る心臓を宥めつつ後ろを振り向くと、つい十数分前の寝床の中でスヤスヤと穏やかに寝ていた、そしてつい数時間前に手酷い痕を残しやがった件の輩がちょっぴり不機嫌そうにおれを睨んでいた。
「びっ……くり、したー……」
「なにしてんだよ」
そのまま後ろから抱きついてきたかと思えば、手元を覗き込んで少し目を見開く。夜食食べようと思って、と呟いたら変な返事が返ってきた。聞いた限りは真面目に答えを聞いて欲しい。尚もじーっと手元を覗き込んでくるので恐る恐るさっき落とした一口を箸に乗せて食べさせる。直ぐにかぶりついてきた彼は、さっきより随分機嫌良さげに鼻を鳴らした。うまい、と低い声が言う。どうやらお気に召したらしい。
影山に何口か食べさせてから、若干冷めた気がしないでも無い卵かけご飯を口に入れる。最初みたいなワクワク感は消えていたけれどうまかった。卵のまろやかな甘みと化学調味料のほどよい塩味、それからごま油の香りが調度良い。おれは天才かもしれない。どんぶり一杯で足りるかなぁと思っていたけど、意外と丁度良かった。というかずっと抱き締められていたのでいい加減眠くなってきたと言った方が正しい。くぁ、と小さく欠伸をすると、わりと眠いらしい影山は少しばかり腕の力を強めた。
「なぁに、影山くん。寂しがり屋か?」
「うっせぇ人間湯たんぽ」
「寒かっただけかよ」
ゆるゆると会話を続けながら食べ終わったどんぶりをシンクに置いて寝室へと帰る。前に回された彼の手に触ると、ほんの少しだけ冷たかった。寒くて起きたのかもしれない。そうしたら少し、可愛いなと思った。
現在時刻二時十八分、二人してあくびを噛み殺しながら引っ付いて目を瞑り、パチリと照明を落とした。