ほけっとテレビを見ていた日向が唐突にソファから立ち上がった。なんだなんだと訝しげな視線を向けると、彼はテレビを見つめたまま呆然としたように俺の名前を呼ぶ。一体どうしたと言うのだろうか。広げていた雑誌を閉じて日向の顔を下から覗き込む。ぼんやりと真正面を見続ける彼の瞳は光の加減のせいか淀んだ空気しか映さず、足りない酸素に喘ぐようにこくんと喉が揺れた。
「……日向?」
 名前を呼ぶと、漸く正気を取り戻したようにハッと肩を跳ねさせて光の灯る瞳孔。一度俺へと焦点を合わせて、そうしてまた遠くを見詰める。感情を削ぎ落としたような顔は彼らしくもなく、少しだけ、寒気がした。
「影山」
 静かに動く小さな唇。声に色など篭っていなかったが、部屋の空気と混ざって酷く重々しい音だった。そうしてしばらくの静寂の後、スゥと息を吸い込んで彼の口から紡がれた言葉が、
「おれマシュマロ買い行ってくるからカセットコンロ出しといて!!」
 ……とか、言う、平和に平和ぶちまけたみたいなものだった。
 テレビにでかでかと映るのは焼きマシュマロの文字。はぁ、なるほど、そういうことか。アイツはバカなのだろうか。いやバカだった。
 慌ただしくその辺の上着を着て玄関を出ていったバカを他所に、あくびを噛み殺しながら食器棚の一番上を開ける。数日前の鍋の時にも出したカセットコンロ、カチッと捻ればきちんと火がついた。さて、やることがなくなってしまった。最寄りのコンビニまでは片道大体十分程度であるのでアイツが帰ってくるにはまだ時間がかかるだろう。冷蔵庫の中身をてきとうに漁り、底に眠っていたチョコレートだのピザ用チーズだの食パンだのを出しておく。時刻は遠の昔に二十時を回っていた。夜食にもならないような時間帯に食べるおやつというのは果たしてどこにカウントされるのだろうか。
「ただいま!!」
 因みに日向が息を切らしながら帰ってきたのは出ていって大体十五分後のこと。余程やりたかったらしい。おかえり、と言うと返ってきたのはチョコだ! という礼を欠いた挨拶もどきだったくらいなので。
 カチッとコンロを捻って火をつける。買いたてのマシュマロを爪楊枝に刺して、今か今かとその時を待つ机向かいの彼は落ち着きなさそうにチラチラとこちらを見た。子供みたいなキラキラの視線に苦笑しつつ俺も皿に乗ったマシュマロひとつを持つ。二人で顔を見合わせて、そぉっとゆらゆら燃える火にマシュマロを近付ければ……
「ふぉぉ……」
 香ばしい匂いと甘ったるい煙が立ち上る。じゅわじゅわ音を鳴らしながらゆっくりとカラメル色に色付いていくマシュマロへ二人して唾を飲み込み、テーブルの上を覗き込む。
「焼きマシュマロ、ウマそうだろ」
「だからって突然コンビニに走るバカがいるか」
「影山だってチョコとかチーズとか用意してた癖に」
「どうせ食うならウマいもん食いてぇ」
「……チーズあるなら肉とか買ってくれば良かった」
「夜食なのかおやつなのかどっちなんだよ」
 じぃ、と熱で蕩けていくマシュマロを見つめながら緩いテンポの会話が続く。いい感じに焦げ目も付いてきて、そろそろ引き上げようかと思い始めた、その時。
「ッあっつ!」
 焼く面を回そうとした日向の指に溶けたマシュマロが少しだけ触れて、思わず離した爪楊枝が、ぽとん。ついでに思わず自分のマシュマロで受け止めようとした俺の爪楊枝も、ぽとん。
「……」
「……」
 パチパチ燃える音。カチッとコンロを切って、救出した元々白かった物体は跡形もなく煤けていた。落ちた拍子にステンレスにへばりついたそれを剥がすのがまず面倒そうだった。水道で指の先を冷やしに行っていた日向が死んだ目でコンロを見詰めた後いつ買ったんだか覚えてないもんじゃのヘラで削り始めたのでなんか抱き締めたくなった。
 残った材料はパンに全部乗っけてスモアトーストとかいうやつにして食べた。その頃には日向の機嫌も直っていたので、とりあえず今後コンロでマシュマロを焼くのはやめようと二人して頷いたのだった。
【完】
おしまい
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影日小話
初公開日: 2020年04月14日
最終更新日: 2020年04月14日
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コメント
診断メーカーのやつ
書いてる人はわりと眠気がすごい