[chapter:第三幕「シーリングライトで白が飛ぶ」]
覚悟の在り所、背負ってでも進む、無償の愛、不変性の否定、狂気
・ノア自身が乗り気じゃない
OP 選民思想
PP 狂気の所業
PP 洪水
ED 覚悟の在り所
 世界は再び構成される。塗られていく、作られていく、重なっていく。今度の空は暗かった。いつの間にやらポタリと頬を水滴が伝った。土埃の混じる雨の匂いがし、やがて色付いた世界がサァッと白んでいく。ホワイトノイズのようなその音は先ほどまでどこか地に足のついていなかった鼓動を収めるのには十分だった。
「罪を果たしたら、毎回こうなるのかな」
 立香がぼんやりと呟いた。オベロンは二回目だから、まだなんとも。と曖昧に答えを返し、ただひたすらにそれが落ち着くのを待つ。女は軽く唇の端を噛みながら頭の中で少し考え事をしていた。これまで出会った人々の名前から算出するに、やはりここは旧約聖書、創世記の物語の中であるらしい。レイシフト前に天地創造辺り、と言っていたことから、大凡の軸はブレていないのだろう。
「ねぇ、オベロン」
 なので立香は、隣でつまらなそうに世界ができあがる様を見ている男へ不意に声をかけた。無表情は途端にパッと変わり、穏やな表情に不思議そうな色をわざとらしく浮かべて彼は首を傾げた。
「どうしたの、マスター」
「失楽園、カインとアベル、……ってきたら、次何?」
 そう問い掛けると、彼は綺麗に目だけを細めてどこか馬鹿にしたようになんだ、と悦の含まれた声で囁く。そうして癖のように薄い唇を舌で湿らせ、パチリと一度瞬きをする頃にはその表情は考え込むようなものになっていた。
「理解しているなら話は早い。創世記第六章洪水の名を冠したその節から話は始まる。ああいや、きみにはこう言ったほうが分かりやすいかな、」
 洪水、と立香が鸚鵡返しに言葉を吐くと、オベロンは今度こそ不敵に唇を吊り上げ、女の顔をゆるりと覗き込む。
「————『ノアの方舟』、とね」
「……!」
 そのタイトルは流石の立香でも聞いたことがあった。しかし大洪水の話だとは知っていてもその詳細を知るわけではない。そんな様子を察したのか、男は話を続けた。
「概要はこうだ。世界は悪に満ちていた。神はそれを良しとしなかった。そこでお気に入りのノア、その家族、それからそれぞれふたつずつの動物、それ以外の一切を洪水で滅ぼすことに決めた。ノアは神の言う通りに方舟を作り、洪水を乗り越え、人間が再び地面に足を付けてから神は自らの行いを反省し、洪水で全てを滅ぼすことはもう二度としないと誓う……だいたいこんな話」
「それは……なんていうか、神様、理不尽すぎない?」
「そうだね。理不尽だ。しかし堕落した人間側にも責任はある。経典にはずっと『悪いことをしたら、それを悔い改めなければ、きっと罰が下るぞ』と書いてあるんだ。ノアの方舟もそんな教訓のうちの一つでしかない」
 オベロンはそう静かに言って、ただそろそろ終わる、と聞かせる風でもなく独り言のように呟いた。立香もそれでようやく完成された世界へ視線を移す。賑わいの声とそれなりに大きな建物が認識できたことから、街の外れにでも放り出されるのだろうかと当たりをつけた。空は相変わらず暗く、頰を冷たい雨が濡らす。結構な大粒の雨であり、立香はこの時代にお風呂はあるんだろうかと望み薄なことを思った。そうして不意に耳に触れるのは、トン、カン、トン、カンと一定のリズムで甲高く響く小気味の良い音である。次に認識できたのは、高さ十五メートルよりは低い、それはそれは大きな船であった。
 なんの変哲もない街に降り立つ。小雨が降っている。そこで立香たちは美しい人に出会う。
「こんにちは、えぇと、旅人さん?」
 ノア、その人である。彼は銀の髪に青い瞳をしていて、オベロンの姿を見ると、一発で人ではないと気付く。そして神はすべて命のあるもの、すべて肉なるものから二つずつ箱舟に連れて入り、生き延びるようにしろと仰った。隣の少女も同じ生き物か?と問うので、オベロンはニッコリと笑って勿論、僕らはこの世で二人しかいない妖精さ。大切にしてもらいたいものだね。とほざく。そうか。とノアは努めて冷静に話を進め、もうすぐ世界が滅ぶんだという話をする。その様子は悲嘆に暮れていて、生き残れる嬉しさなど微塵もないようである。その様子を指摘されると、ノアは……分かる?と溜息を吐く。
「勿論理性では分かってるんだ。神の判断に間違いはない。そもそもはじまりから、この世界は良しとされたもの以外は存在するようにできていないのだから。悪しとされたものが淘汰されるのは自然なこと。……ただ、やっぱり。寂しくないかと言ったら嘘になる。僕は平凡な農夫、どこにでもいる、誰でもいい、神に選ばれたというだけのただの人間だ。今日挨拶したお隣の人や昨日飲んだ友人が波に流されて、この肩に全てが伸し掛るのは、やっぱり、寂しいし、怖いよ」
「僕はいっそのこと、世界と一緒に心中した方が幸福なんじゃないかと思ってるんだ」
 立香は生き残ってしまった側だから、何を言っても不正解な気がして黙り込む。まぁなんにせよ、この方舟もあと少しで完成する。世界は滅びる。この舟に乗るか乗らないかは……まぁ、その時考えよう。今はまだ少し、感慨に浸っていたいんだ。
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原稿
初公開日: 2023年04月29日
最終更新日: 2023年04月29日
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コメント
オベぐだ︎︎♀ in 創世記特異点
影日小話
一人称の書き方忘れた稀によく止まる
くまいぬ
影日小話
診断メーカーのやつ書いてる人はわりと眠気がすごい
くまいぬ
筋トレ
リチャードさんはリンデンバウムの葉が茂るころ、かつての母校で動物になってしまいたかった話をしてくださ…
瀬をはやみ
七夕
ワードパレット七夕
きょむい〜ぬ