はらはらと雪の降る中、大包平は細い道を歩く。さくさくと処女雪を踏みながら、震える腕を摩った。
このところ冷え込むとは思っていたが、まさか遠征中に降り積もるとは想定していなかった。少しでも雪から逃れるように、道を逸れて木々の中に入り込む。少し奥まったところに、雪とは違う白色を見つけた。
「これは…梅か?」
年の瀬が近い今時期に花が咲くとは、よほどの早咲きなのか…。大包平は寒さも忘れそっと幹に触れる。
「おや、珍しい。こんなところに客とは」
「!」
突如上から降ってきた声に大包平は息を飲み刀を構える。くすくすと笑い声が落ちる。
「なんだ、喧嘩早いやつだな」
みると、くすんだ緑髪の男が木の上に座りこちらを眺めている。ブラブラと持て余した足が所在なさげに揺れている。
「なんだお前は」
「俺?俺は…なんだろうな。まあ細かいことは気にするな」
「どこが細かい話だ」
「まあなんだ、梅の木の精とでも思ってくれ」
「ふざけているのか?降りてこないとその梅の木ごと叩っ斬るぞ」
「物騒なやつだな…」
男は素直に木から飛び降りる。その自然な動作に大包平はつい構えを解いて手を伸ばしそうになった。受け止めようとしたその手はしかし、男がするりと音も無く着地したため行き場を失った。
「おっと、すまないな」
「む、いや…」
つい伸ばしてしまった手を気まずげに泳がせながら、大包平は咳払いをひとつする。
「見たところお前も刀剣男士だろう。本体はどうした」
男は籠手こそしているが、その腰には何も下がってはいない。
「俺は遠征中だ。お前もそうだろう?」
「ああ、雪に降られて散々な目にあった…。お前も雨宿りかわりにきたのか?」
「まぁ、似たようなものだ」
男はふわりと底の見えない笑みを浮かべる。なんとなくその笑みに違和感を感じながら大包平は口を開く。
「で、お前は誰なんだ」
「俺は鶯丸」
「鶯丸…」
遠い何処かで知った名前だった。いつかに出逢った名前だった。ぶわりと望郷の念に駆られ、胸が切なくなる。
「お前はなんというんだ?」
「俺は、大包平」
「大包平…そうかお前が」
鶯丸はすぅと目を細めると、愛おしいものを見るような目をして大包平へ顔を向ける。
「大きくなったな、大包平」
「……ふん、当然だ。何年経ったと思っている。お前の本丸には俺がいないのか」
「ああ、お前のところにも俺がいないようだな」
「別に気にしてなどいない」
「俺は何もいってないぞ」
「ぐっ」
大包平はふい、と顔を背け梅の花を眺めることに専念した。梅は大包平の気など知らずにほころんでいる。大包平はその雪に溶けるような淡い色合いに目を細めた。
「見事なものだが…今の時分に咲くとはな」
「この梅はいつも狂い咲いている。ずっとな」
「ここに来たことがあるのか」
「ああ、そうだな」
男は微笑みながら花を見つめている。その横顔が何か胸をくすぐって、大包平は居心地が悪かった。
「この木は何という名前なんだ」
胸の気まずさをいなすように尋ねると、鶯丸の笑みが深くなった。さあっと風が吹いて、飛んでいく雪がまるで花びらのようだった。
「この木の名前は、鶯隠」
「うぐいす、かくし…」
「ああ、風流だろう?」
鶯丸はどこかの刀の口調を真似ると、笑いながら横を向いてしまったので、髪が横顔を隠して、大包平からはその表情を窺うことは出来なかった。ただ、声ばかりが楽しそうだった。
「あの花の向こうに鶯を隠してしまうんだ。まるで今の俺にぴったりじゃないか」
「何をいっている」
「さあな。なんだったか、もう覚えていないのかもしれないな」
まるで謎かけのような言葉の羅列に、大包平は不快感を覚えた。そういう掴み所のない物言いは、この男に相応しく無いと思った。そのふらふらと頼りなさげな手首を掴もうとして、鶯丸は逃げるように一歩を踏み出した。
「雪は止んだようだ。そろそろ戻るといい」
空を見ると、未だ薄暗い雲がかかっていたが、確かに深々と降り続いていた雪は降り止んでいる。
「そうだな……鶯丸、お前も早く本丸に…」
目線を戻すと、確かに居たはずの男の姿は無く、大包平は梅の木の前でひとり佇んでいた。
「鶯丸…?」
きょろきょろと辺りを見渡すが気配はない。
ただ真白い処女雪の上に、大包平の足跡が残るばかりであった。
「それは不思議な体験でしたね」
明くる日、平野の淹れた茶を受け取りながら大包平は頷く。
「ああ。刀の時分から変なやつだったが、人になっても変だとはな」
「鶯丸様は独特なお方ですから…」
平野は苦笑しつつも、何処か懐かしむように目を細める。
「平野は鶯丸と長いんだったか」
「はい。大変良くしていただきました。僕は根を詰める質だとよく笑われて…よく美味しいお茶を淹れていただいたものです」
「平野の茶は旨いな」
「ふふ、それは良かった」
穏やかな時間に口元を緩めつつ、大包平は外を見やる。
今日も雪は降り続いている。
あの男は今もあそこで佇んでいるのだろうか。
ふとそんなことが気にかかった。
「この雪はいつまで続くのだろうか」
「これから冬が始まりますからね。しばらくは降るかと」
「そうか…」
大包平は少し温くなった茶を手の中でまわす。
くるくると渦を巻く湯呑の中で、自分の顔が揺らめくのを眺めていた。
またある時、とある時代に赴いた大包平は、そこからあの梅の木までそれほど離れていない事に気がついた。
さくさくと土を踏みながら木々をかき分け奥へと踏み入る。
この時代の季節は初夏の陽気で、冬からやってきた大包平は調子が狂いそうでたまらない。やんわりとまとわりつく熱をはらいながら進んでいくと、いつぞやの梅の木に辿り着いた。
本来ならば葉が繁っているはずの木は、しかしはらはらと白い花を散らしている。その調子の外れた現実に、しばし呆然と眺めていると後ろから声がかかる。
「また来るとはなあ」
振り返るとあの時の鶯丸が微笑みながらこっちを見ている。大包平は驚きと、やはり居たのかという納得を胸に口を開いた。
「また会ったな」
「ああ。今回も遠征か?」
「お前もそうなのか」
「似たようなものだ。どうだ、この季節に見る梅も中々のものだろう」
そういって楽しそうに幹を撫でる鶯丸に梅の花びらがひらりと落ちる。大包平がそれに手を伸ばすと、鶯丸はするりと身を翻して距離を取る。
躱された掌のやり場に困った大包平は、ガシガシと自分の頭をかきながら睨むように鶯丸を見やる。
「それで、お前は遠征をサボって此処で花見をしているというわけか」
「サボってなどはいないさ」
「どうだか。まあいい。いつもこの道を通るのか」
「そうだな。近くへ来たらいつも花を見て帰っていた」
「やはりサボっているではないか!……次も、此処に来るのか」
「そうだな、俺は此処にいる」
「そうか、なら、次は何かもってきてやる」
「何?」
きょとんとした顔で見つめられ、大包平は怒鳴るように言い返した。
「だからっ、また来てやると言っているんだ!」
突然の大声に目を丸くした鶯丸は、ややあって言葉を飲み込むとじわじわと破顔した。
「それはそれは…そうか、また来てくれるか」
「言っておくがお前に会いに来るわけではないぞ。俺は梅の花が気に入ったから来るのであって」
「はいはい、わかったわかった」
ひらひらと手を振りながらあしらわれ、大包平は納得のいかない表情で口を閉じる。その顔を見てまた笑いながら鶯丸は続ける。
「まぁなんだ、土産は要らないが、土産話はあると嬉しいな」
「土産話だと?」
「お前の本丸の話だ。誰と仲がいいとか、普段は何をしているとか」
「そんなものが土産になるのか」
「なるさ。俺にとってはな」
鶯丸のその曖昧な微笑みに返す言葉が見つからず、大包平は黙って頷いた。
それから大包平は単騎遠征の度にその梅の木を訪れ、律儀に手土産を抱えてきた。それは菓子や飲み物が多かったが、鶯丸はいつも嬉しそうに口に入れた。そうして大包平の話す他愛ない話を随分と面白がった。
「いやいや、やはり大包平は面白いな。忘れないように書き付けたいくらいだ」
「人の日常をそこまで面白がられると複雑だな…」
話しながら大包平は柚子餅を噛み切る。柚子の爽やかな香りを感じながら、大包平はちらりと鶯丸に目を向ける。鶯丸も美味しそうに餅を摘んでいる。
「……」
これまで何度かこうやって八つ時を共にしているが、鶯丸は大包平から直接受け取ることは無かった。いつも「そこに置いておいてくれ」と手頃な幹を指差すのが常だった。別に、だからどうという事もないと心で言い訳をしながら大包平は何処か面白く無かった。
「変な顔をしてどうした、大包平」
「変な顔ではない!別に大したことはない」
「そうか。まあ、俺にも話を聞くくらいならできる。何かあれば言ってくれ」
そういって微笑む顔がやはり気にかかって、大包平は落ち着かない。
「お前はいつも此処にいるな」
だからそれはその場繋ぎのなんて事の無い話題だったのだが、鶯丸はぴたりと動きを止めた。
「鶯丸?」
だから大包平は他意もなくその手を伸ばして、その身体に触れた───はずだった。
その手はすっと鶯丸を通り抜け、何もない空間を撫ぜる。
「は、」
大包平が息を止めたのと同時、鶯丸は目を見開いて飛び上がると、脇目も振らずに駆け出していく。
「、鶯丸ッ!」
しばし呆然と立ち竦んでいた大包平は、しかし遠ざかる背を見て我に返る。そうして追いかけようと足を踏み出した瞬間、
「……え?」
ふっ、と鶯丸の身体が煙のように消えてしまうのを目撃した。
「う、鶯丸…?」
慌てて走り出し、先程まで鶯丸がいた場所を見て回るが、あの霞んだ緑髪を見つけることは出来なかった。
それから大包平は幾度となく梅の木へ足を運んだが、ついぞ鶯丸に出会うことはなく、冬の寒さばかりが深さを増していた。
「あいつは一体…」
今日も無駄になった土産を手に、大包平はとぼとぼと本丸へと戻る。
「あ、大包平様。お帰りなさいませ」
平野が笑いながら出迎えるのに手を振って応え、大包平は靴を靴箱へ仕舞う。
「これから鍛刀を行うのですが、よろしければご一緒にいかがですか?」
「ああそうだな。新しい仲間が増えるといいのだが」
並んで鍛刀場へと向かいながら、今日も成果がなかった事を告げる。
「そうなのですね…目の前で消えてしまうとなると、やはり妖の類だったのでしょうか」
「俺は化かされていたと?」
「大包平様は鶯丸様の人の姿をご存知ではありませんから、その可能性もあり得るかと」
「ふむ…だがそんな感じはしなかったが…」
話しながら資材を選り分けていく。今回は戦力増強を目的とした鍛刀との事で、どれも量を多く取った。
「さて、」
轟々と燃える炉の火を眺め、その清浄な炎を見ていると心のうちのもやもやとしたものが溶けていくのを感じた。
もしも化け狐や狸の悪戯だったとして、あの場で過ごした時間に変わりはないのだから、怒るような事ではないと思えた。ただあそこで育んだひと時が大包平には大切なものであったから、正体がなんであれあのような形で終わってしまう事が惜しまれた。
(どうにかまた出会えないだろうか)
ぼんやりと赤い火の中に緑髪を思いながら、式神の動きを見守る。不可思議な光に炎が揺らめき、時間を示した。
03:20:00
薄ぼんやりと光る時計を見て、大包平と平野は顔を見合わせる。ややあってからパタパタと平野が手伝い札を取りに走った。
「古備前の鶯丸。名前については自分でもよくわからんが、まあよろしく頼む」
桜と共に顕現したその刀を、どこか他人事のように大包平は眺めていた。平野は嬉しそうに話しかける。
「鶯丸様!ここでもお会いできて、平野は嬉しいです!」
「平野か。息災か?しばらく会わないうちに随分強くなったみたいじゃないか」
わいわいと話し始めた二人の側で、大包平は鶯丸を観察する。
(特段…あの鶯丸との違いは見受けられないな)
話し方も立ち振る舞いも、大包平の知る鶯丸と差異はなかった。ただひとつ、なんの含みも無い柔らかな微笑みだけが彼と異なっていた。
「……出迎えは他にもいたようだ。挨拶が遅れてすまない。俺は鶯丸」
「……ああ、俺は大包平だ」
「大包平?」
鶯丸は少し驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑った。
「これはこれは、出遅れてしまったか」
「ふ、俺がいる以上この本丸は安泰だが、戦力は多いに越したことはない。精々励めよ」
「はいはい」
そう言って肩を竦める鶯丸に、大包平の肩の力も抜けて、二人で顔を見合わせて笑い合った。
「へぇ、それはそれは。可笑しな俺もいたものだ」
そういって困った様子も無く茶をすする姿に、大包平はため息を吐きながら菓子を齧る。
今日の土産が無駄にならなかった事は良かったが、ふてぶてしく大包平の分までパクつく鶯丸に思うものがないわけでは無い。だが文句を言おうと横を見ると「いやあ旨いな。初めて食べるものがこれでよかった」などと笑って言われるので、大包平は何も言えずに前に向き直るしかなかった。
(ぜんっぜん似てない…)
その思いを新たに茶を流し込むと、わざとらしく咳をして話を切り出す。
「お前はあの鶯丸を妖だと思うか?」
「ふむ、そう言われると難しいが…化け狐にしては他愛のない事しかしていないと思わないか?」
「そうだな」
確かに、彼が求めた事は大包平の些細な日常話だけで、茶も菓子も大包平が自発的に持ち込んだものだった。
彼はただあそこに居ただけで、あの場所に踏み入ったのも偶然でしかない。彼に取ってはただ一時の暇つぶしなのかもしれないと思うと、大包平はなんだか心が萎れるような心地がした。
「ふむ…俺も気になってきたな。どうだ、連れて行ってくれ」
「なんだと?」
「二人ならまた違う発見があるかもしれないだろう」
「それはそうだが…」
大包平はあの場所を誰にも教えた事はなかった。
その時間は彼との秘密のようで、その響きは大包平にある種の気持ちを抱かせたが、それを主張するのは子供のようであったので、結局大包平は曖昧に頷くと立ち上がった。
そうして顕現したばかりの鶯丸と二人、移転装置を使って時空を渡る。今回は時間を下る事はせず、ただ場所を移動するだけだが、大包平はふと、そういえば彼はどの時代にも存在していたなと思った。
大包平にとっては然程時間を開けずに戻ってきた格好となるが、相変わらず梅の木は雪化粧の中はらはらと咲き散っている。
「へえ、本当に狂い咲きだ」
「ああ。いつ来ても咲いている」
だが先程来たばかりであるので、何か変化があるわけでもなく静けさだけがそこにある。
鶯丸はきょろきょろと辺りを見渡し、何処か落ち着きなさげに彷徨いている。
「どうかしたのか」
「いや、何か…気配を感じるんだが、何かわからなくて」
「気配?」
「その木の近くだ」
そう言って梅の木の根本を指差す。
大包平は足で雪を退けると、湿った土が顔を出す。そのよどんだ色合いに、急に大包平は不安を掻き立てられた。しゃがみ込み両手で土を掻き分け、その様を後ろから鶯丸が硬い表情で見ている。
「いっ、」
どれほど掘ったのだろう、不意に手に痛みが走り、大包平は反射的に身体をのけ反る。
「大丈夫か」
鶯丸の不安そうな声に答える余裕もなく、大包平は土から掘り起こしたそれを見ていた。
梅の木の下には、折れた鶯丸が埋まっていた。
二人はそれから無言で、折れた刀を手拭いに包み本丸へと持ち帰った。
刀は細かくひび割れていて、果たして全てを持ち帰れたのかはわからないが、あそこに冷たく打ち捨てることは出来なかった。ひとつ拾うたびにここでの会話が思い出されて、大包平は手が切れるのも構わずに丹念に拾い集めた。鶯丸も無言で手伝い、丁寧に抱え込み部屋へと運んだ。
「大包平、血が出ている。消毒をしないと」
「これくらいは直ぐに治る」
「そうであっても手当てをしてくれ。お願いだ」
鶯丸のぽつりと落ちるような声に、大包平は「わかった」と短く答え、手を洗う為に立ち上がった。冷たい水に手を浸しながら、彼の少し憂いた微笑みを思い出して顔を顰めた。
手を洗うと、大体の傷からはもう血が出ていなかったが、鶯丸は丁寧にひとつひとつに処置を施していく。その心が感じられて、大包平は何も言えなかった。
「今回のことは、」
不意に鶯丸が口を開く。
「おれが浅はかだった。すまない」
「お前が謝る事ではない。俺ではきっと気づかなかった。あいつがあのまま土に埋もれる事がなくてよかった」
「だが……」
それ以降はお互い言葉もなく、ただ机に置かれたそれを見つめていた。
鶯丸はそっと立ち上がって、懐に入れていたお守りの口を開く。その中に割れた破片を一欠片、懐紙に包んで仕舞った。
「無念だっただろう」
袋の上から破片を柔らかく撫でる。
「いつかお前の本丸を見つけたら、破片だけでも返すと誓おう。俺は新参者だから時間がかかるかもしれないが、なに、細かいことは気にするな。必ず、返そう」
その姿を大包平は黙って見ていた。
なにも言う言葉は無かったし、心になにも浮かばなかった。
ただ一筋、涙がこぼれるので、些か乱暴に袖口で拭った。
雪は深々と降り続いている。
雪は日増しに嵩を増し、三月に入るとまるで冬籠りのように部屋にこもる日々となった。
鶯丸は寒さに身を震わせながら着替えを済ませ、腕をさすりながら部屋を出た。今日は近侍である。
あの日以降、非番であってもどんな時でも、鶯丸はお守りをしかと懐に入れ、演練に行けば大包平と二人折れた鶯丸の話を聞いて回っていた。
だが戦時下である為、誰かが折れるというのは然程珍しい話でもなく、いつ折れたのかなどもわからない現状では手詰まりであった。
「中々上手くはいかないな…」
昨今は敵の攻撃も激しさを増し、本丸を直接襲う例も増えているのだという。政府に内通者が居たとの話で、全く笑えない、と鶯丸は珍しくため息を吐いた。
だがそんなことをいっても今日は待ってくれない。鶯丸はひとつ深呼吸をして、近侍の仕事に取り掛かった。
審神者はここしばらく風邪で臥せっていて、仕事も最低限で回してある。出陣が取りやめになった代わりに遠征を目一杯行い、資材の調達に時間を当てていた。
普段よりも人がおらず静かな本丸は、雪が音を飲んでまるで誰もいないようだ。鶯丸は書き物を終えると審神者の霊力が込められた札を手に取り、空を眺める。これから刀装を作成する予定で、ある程度備蓄を補充しておきたかった。
空はどんよりとして雲が厚く、空が随分と狭く感じる。
歌仙が洗濯物の扱いに苦労していたなと微笑み、そうしてそれに気が付いた。
空の端が黒く澱んでいる。ピシピシと空間が裂け、赤黒い雷が走る。そうしてそれは一直線に本丸へと落ちてきた。
「敵襲ッ!!」
鶯丸が声を張り上げるのと同時に、そこかしこで仲間達が部屋から飛び出す気配を感じた。鶯丸も審神者の部屋へと走る。
鶯丸はまだ練度が低い。外で皆の足を引っ張るくらいならば、死んでも審神者を守るのが彼の使命だった。
走り出してすぐに大きな揺れを感じる。グラグラと地面が崩れるような様相だった。
「結界が…」
鶯丸は歯噛みした。何故今日なのだろう。病床の審神者の霊力は不安定だ。遠征で人は出払っている。他本丸の襲撃を受けて、日常での帯刀を許可するかどうか、それを話し合うのが今日だった。
(「政府には敵と繋がっている裏切り者がいるらしい」)
誰かの言葉が脳裏をよぎる。
「どうやら、うちもアタリだったようだな」
ギリ、と奥歯を噛みしめ、審神者の部屋へと走った。