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記憶の中で初めて彼に会ったのは、ちょうど幼稚園が最後の冬休みに入った頃だった。その日は、毎年のように開かれる自分の誕生日パーティーだった。
パーティーは父親の予定に合わせて行われるため、当日でないことが多かった。この年もたしか、三日ほどズレた。忙しい職業で寂しいことも多かったが、その中では異常(というと父は、悲しむかもしれないけど)なほど、自分の園行事などを見に来てくれていたなと今では思う。それに、画面の向こうでキラキラ輝いて、皆にちやほやされている男が自分の父親だという事実は、当時からなかなかのステータスだった。羨ましいと、自分も母もよく言われていた。
母は、多分相当困っただろうと思うが、私は父が誇らしかった。だから、パーティーの日がズレることもなかなか会えないことも、特に不満はなかった。
「こんばんは」
「待ってたよー! お父さ、あ、違った」
「いいですよ、お父さんで」
「はは、ごめんね………お父さん、今飲み物買いに行ってて。多分もう少しで帰ると思うから」
パーティーの参加者が家族三人のみではないことをぼんやりと認識はしていたのだが、はっきりとふたりを「お客さん」として認識した。母に合わせて玄関に向かい、その姿を見上げる。
「瑠璃? ふたりにごあいさつは?」
母親も父親も人当たりがよく、娘の自分にもそれは受け継がれたようで、あいさつもコミュニケーションも、さほど難しいことではなかった。笑顔が可愛いね、お父さんに似てるねと言われることも多く、嬉しかったのをよく覚えている。
けれど、その日は違った。
母親も、元気な声がしないのにとまどったのだろう。諭すように急かしてくるのだが、自分にはなんだか、それが二つとなりの部屋にでもいるような遠さに聞こえた。
目の前の王子様に、いつの間にか瞳も心も吸い込まれていたのだ。
「瑠璃ちゃん、背伸びましたよね」
「え、ほんと? そんなに会ってなかったっけ?」
「最後に来たの、ツアー前なんで。七、八か月ぐらいっすね」
「あー、この年の半年って結構変わるかあ……園でも大きい方みたい」
「円城寺さんも大きいっすもんね」
キラキラした瞳の中に、澄んだ夜空が住んでいるみたい。声もかっこいい。もしかして、玄関あけたらこのお兄さんの乗っている馬車があるのかもしれない。
目が合った。にこり、目を細めて唇の端を上げて、笑っている顔が優しくて。私に合わせて腰を落として屈んでくれたのが、舞踏会に迎えに来てくれた姿みたいだった。
「こ、こんばんは!」
「こんばんは。……ほら、オマエも、」
「ね、おにいさん。なまえ、おしえて?」
差し出した手に合わせて握手してくれたのを、ぎゅうと、両手で握る。もう一人いたことなんてすっかり忘れて、話を遮ってしまう。それでも王子様は、私を咎めることもなくて。
まっすぐ自分を見つめて、また笑ってくれた。
「タケル」
「……たける、」
「そう、タケル。こっちのお兄さんは、れん」
紹介された方には、目もくれなかった。身体に電流でも走ったかのように、タケルから視線を動かせなかった。童話で何度も読んだ展開が、夢だと思っていたそれが本当に訪れるなんて。信じられない気持ち、わくわくして、ふわふわする気持ち。胸の中にたくさんのうれしいが巻き起こって、自分を包み込んだ。
「ね、たける」
「うん?」
「たけるは、うんめいってしんじる?」
ああ、どうしよう! もしもここで、首を縦に振ってくれたら。そしたら――
「運命、か………」
「オイ、ガキの言うことマジメに聞いてんなよ」
「オマエ、円城寺さんにも失礼だぞ………」
一度振り返った顔が、また自分を見る。夜空の瞳に、わたしが映る。そしたら私は、その空の中に輝く星になれるのかもしれない。
「ああ。信じるよ」
ううん。かも、しれないじゃない――なるの。わたしが、その夜空でひかる、星になる。
「じゃあ、るりのうんめいのおうじさまは、たけるだよ!」
今日、うんめいははじまったんだから!
◆◆◆
「ねえ、葵!」
「………何、」
「ちょっと待って、なんで頼む前からそんなに嫌そうなの?!」
最近すこし明るい色になった髪を軽くかいて、葵はため息をつく。周りの他の友人たちの、我慢しきれない笑い声も息になって漏れていた。
「お前、中学から知り合いだからってオレにばっかり変な頼み事してくるだろ。ロクなことねえってわかってんだよ」
「え、そんなに? 記憶にないんだけど……」
「ねえのも腹立つ……」
「まあまあ! ちょっと、今日はほんとに大事な日だからさー!」
両手を合わせて頼みこめば、葵は渋々と言った顔で頼みを聞いてくれた。別にいいじゃんね? 掃除当番交代ぐらい、もっと軽い調子で聞いてくれたって。
「部活は?」
「今日は一か月前から休み貰ってますぅー」
「察してやんなよ古川。瑠璃、今日はタケルくんなんだから」
「はーん……好きな男に会うために一刻も早く家に帰りたいと」
「その通り! タケルに会えるのなんか、今日と夏休みぐらいなんだから。部活終わりのぐちゃぐちゃな顔見せるわけにはいかないの!」
まあ、本当は先月、一回楽屋で会ったけど。それは企業秘密? ってやつ? なので。それに、あんまり会話もできないし。疲れてるところに喋りかけても申し訳ないしね。
「たくさんお祝いしてもらって、いちゃついてきなよ~」
「任せて。今日は絶対言質貰う」
「怖いわ!」
今日は――まあ正確に言うと、一週間ぐらい前。私、円城寺瑠璃は十六歳になった。