この選択が正解だったのか、漣は未だにわからずにいた。
「………ん、」
 ふわり。意識を取り戻した蒼い双眸が、ゆっくりと自分を見上げる。その柔く、少しばかり軋んだ髪を梳くと、気持ちよさそうに彼は目を細めた。
「いま、どの辺だ……?」
「知らね」
「オイ……――駅着いたら、起こせって言っただろ……」
「………」
 そんな名前の駅、あっただろうか。
 なぜか瞼が落ちてこず、移り変わる景色をぼんやり眺めるだけだったが、さすがに聴覚は死んではいなかったはず。浅い記憶を掘り返そうとして、けれど一つも駅の名前は出てこなかった。そもそも電車は停まったのか? それさえ思い出せない。
 胃の底がもやっとして、けれど、これから起こす行動に比べれば些末なことだから。手を髪から離して肩に滑らせた。抱き寄せたそれがあまりにも頼りなくて、もどかしさに舌打ちをする。彼はそれが、自分に対しての返答だと思ったのだろう。仕方がないなといった風に息を吐いた。
「まあいい。……次の駅で降りるぞ」
「………ん、」
 ようやく、退屈だと嘆く代わりの欠伸が出た。彼はそんな自分を、光のない瞳で見つめる。それからもう一度ため息を吐いて、視線を窓の外に移した。その向こうは、海が映っている。もう、さっきからずっと。
 見飽きるほどの広い青の先は、曇で覆われた空だ。太陽はなくて、会話もなくて。今日は平日なのか、それでも驚くほど車内の人影もなかった。曜日感覚なんて仕事柄失いがちだけれど、ここまでいくと不気味なぐらいだ。時間も、いつからこの電車に乗ってるのかも、ふたりしてわからなくなっていた。
『次は、――駅、――駅………』
 けどまあ、もうどうでもいいのか。
 開いたドアに、示し合わせることなく立ち上がる。おもむろに手を差し出すと、少しだけ驚いた後軽く笑ってその手をとった。やっと笑顔を見た気がする――そう思って改めてまじまじと顔をみれば、記憶よりずっと瘦せこけている気がした。
「オイ。ドア閉まるぞ」
「……わーってるよ」
 彼の手ごと、電車を降りた。その瞬間ドアは閉まって、あっという間に電車は過ぎ去っていく。残された先、窓越しでなくなった空と海は今にもふたりを飲み込んでしまいそうだった。
「……逃げるなら、今の内だぞ」
 ぽつり。手を握ったまま彼が呟く。
「………チビの方こそ、怖気づくなよ」
 震えるそれを握り返して、煽り返す。
「……まさか。俺から言い出したんだぞ」
 
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