音楽というものはどうも肌に合わなかった。それは小学校の頃からである。具体的に言えば、小学二年生の時。
 いまだに忘れられない。クラスのみんなで合唱曲をするのが音楽の授業であった。何回かに分けてパート練習をするのだけれど、まったくというほど私は歌に興味が無かった。確か、あの時は児童書が大好きだった。シンデレラ、小公女、家なき子、ドン・キホーテ。大きな平仮名と少しだけ難しい漢字が私を背伸びさせたのだった。で、それで、だ。
 音楽の授業中にこっそり本を持ち込んでみんなが練習しているときに読んでいた。あの頃は絶対にバレない自信があった。どうしてかはわからないけれど。みんなが立ち上がって楽譜の読みあいっこをしているときに私だけ席から立ち上がらずにパラパラと本を読んでいた。そのとき読んでいたのは白雪姫。鏡よ鏡よ、鏡さん。世界で一番美しいのはだあれ? 私はずぶずぶ物語の世界にのめり込んでいった。真ん中くらいまで読んだ時、バン、と黒板を叩く音が聞こえた。
「かすみちゃん! 前に来て歌ってみなさい!」
 担任の先生が見かねて怒ったのだった。私、かすみは何が起こったのかさっぱり分からなかった。なにせ、私は白雪姫だったから。今まさに毒リンゴを食べようとしていたところだった。だから、先生が悪い魔女に見えた。それでもずっと手招きしている先生に逆らうことはできなかった。みんなで今までワイワイしていた喧騒が急に引き払われてしん、と静まり返った。私が教卓まで行くのを今か今かと待ち望んでいるようにも見えた。多分、悪気はない。けれどもじもじしている私にはやくうと声をかけてきた。教卓まで言ったはいいものの、私はずっと練習をサボっていたわけだから、曲も何となくしか知らない。歌詞なんてわからない。誰かが流したのか伴奏のピアノの録音テープが流れ始める。それでみんなは小さな声で歌っていた。けれど、私は。
「なんてことがあったんですよねえ」
「へえ」
 音楽準備室。私はあの時から随分と大人になった気がする。と、言ってもまだまだ新任の先生なのだけれども。あこがれだった小学校の先生だ。最近の小学校は昔と違って音楽準備室なんてこじゃれたものもある。音楽室の隣になる秘密の倉庫みたいなたたずまいのその場所は先生しか入られないのだ。木曜日の小学校は終了時間がお昼だ。生徒たちはみんなとっくに下校を終わらせていて、時刻は午後三時。私は音楽の授業の準備をしていた。先輩の先生に手伝ってもらいながら。私が先生になりたかったのはあの頃私をしかりつけた担任の先生のような人を減らしたかったからなのかもしれない。人を指導する器があるとは思えないけれど、小さな子を清く、正しく育てるという仕事はなんだか性に合ってるような気がした。
 そんなことを話しながら楽器のチェックを進める。A4のプリントには楽器の名前とチェック欄が何個も並んでいる。コンディション、良し。ホコリ、無し。キズ、無し。などなど。先輩と手分けしながら一つずつ丁寧にチェックしていく。昔はカスタネットとリコーダーくらいしかなかった気がするけれど、最近は私も知らない名前の楽器がたくさん増えた気がする。準備室は雑然とたくさんの楽器が散らばっている。ひとつずつ箱に入れたり、キズをチェックするのはひとりでは到底終わらない。
「かすみ先生は、音楽が嫌いなんですか?」
「え? まぁ、音楽というか、歌を歌うのはあんまり好きじゃないかもしれないですね」
「それ、音楽が嫌いっていうんじゃないですかね」
 先輩は私の五個上の男の人だ。わたしの話を丁寧に聞いてくれる。分厚いレンズの向こうにのぞく切れ長の目は生徒から「ハリケーン」なんて呼ばれている。名前も針谷だからそういうニュアンスでつけられたのだろう。その冷たい外見とは裏腹に柔らかい物腰と丁寧な言葉遣いに保護者からのウケは絶大だ。それに若手の男の先生だし。お母様たちからの評価はみなまで言うなという感じだ。
「嫌いっていうか、ううん、なんだか胃がきゅうって締まるというか」
「緊張でしょうね。それかトラウマか」
「ですかねえ。もう十年以上も前の話なんですけどね」
「さっさと忘れるか、克服するかしたらいかがでしょう」
「それが出来ればいいんですけどねえ」
 そんな世間話をだらだら続けていたら針谷先生が終わった、と言ってプリントを手渡してくる。
 礼を言うと彼は準備室からでていこうとしている。私も手早く仕事を終わらせて後に続くと針谷先生は私を待っててくれた。
「せっかく綺麗な声をしているんですから、今度は歌ってみたらいいんじゃないですかね」
 こんな気恥ずかしいことをしれっというのも彼のいいところなのかもしれない。
 第三者に言われるとすこし、恥ずかしい。けれど、嬉しい。
 彼の言葉にうなずいて、職員室までお互い無言で移動した。
 合唱も、いいものなのかもしれないなぁ。
約三十分!!!おしまい!!!!!!
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[即興小説]お題→午後三時・音楽準備室・胃
初公開日: 2019年12月09日
最終更新日: 2019年12月09日
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