『頼む!』
 そう言われたのは、年が明けてすぐのことだった。
 小説を一本書き終え、それを編集部へ送りつけたあとで、テンションも高かったのだろう。電話越しに頼む!と言われて、『なんだよ、みずくさいじゃないか、俺たちの仲だろう。何かあったのか?』なんて言ったのは覚えている。そのあとは、飲んでいた酒の勢いで、記憶はあいまいだ。
 いつの間にか通話は切れていて、気づけば、朝だった。その数日後に、母親から地元に帰ってくるんだね、と言われ、そこで軽はずみにした口約束を思い出した。
『地元に戻る』
 天木町は人口六千人ほどの小さな(面積的にはかなり広い)町だ。山間部にあり、主要産業はおそらく第一次産業。だが、農業か林業か知らないが、そこまで発展しているとも思えない。特別なにかに秀でた町ではなく、いつかなくなってしまうような、そんなところである。
 木枯らしが草木を揺らす、十一月後半。すっかり周囲の山は紅葉し、落ち葉を地面に募らせている。空気や山、川が奇麗というのはどこの田舎でも共通しているのかもしれない。
 小野寺陽良は、暗くなり始めた外灯の少ない道を歩いていた。マフラーとコートと手袋を装備している。それでもこの時間帯になると寒さに凍えそうになる。足の先はすでに冷たすぎて、感覚がおぼろげだ。そのうち霜焼けになるだろう。
 不意に、後ろからタイヤが地面を食む音が聞こえてきた。同時に、ベルを鳴らされる。
「おのでら」
 後ろからやってきたのは、茶色いくせ毛が特徴の天野結月だ。横に並んだ、と思えばそのまま追い越していってしまう。あとでなーと声が聞こえた。彼は、赤子の時から中学までほとんどの時間を一緒に過ごした、友人だ。高校に行ってからは、離れてしまったが今年の春、再会した。
 彼も頼む!の被害者になった一人だ。一級建築士の天野は、会社勤めに飽きたという理由で戻ってきた。結局天木町の建設会社に就職したのだが、家で仕事をしている。いわゆる在宅ワーカーだ。田舎だが、バリアフリーなどの工事が盛んなのだそうだ。さすが田舎というべきか。
 広い広場のような場所をのんびりと歩いていると、後ろから車の音がした。すぐにヘッドライトに照らされたので、わきによけると大きな軽自動車が横を通っていった。ヴォンと形に似合わない低い音がしている。
 その車は、半円形の大きな屋根をした建物の前に止まった。建物の窓からはすでに光が見えているし、その建物の前には自転車がいくつかとまっていた。まだ集合時間には三十分ある。ここに来る連中はやる気だけは一人前なのだ。
 小野寺は大きくあくびをして、軽自動車に近づいた。まだ暖気を吐いている。近づくにつれて、助手席にも人が乗っているのがわかった。今日は二人とも来たらしい。
 吹谷伊吹と吹谷あんなは夫婦でやってくる。喧嘩した日には、あんなは来ないようだが、夫婦仲は平均よりも、かなり良いと思われる。今も誰も見ていないだろうと、キスをしようとしているので、小野寺はわざと窓の横を通った。
 大きく車体が揺れたので、驚かしは成功した。吹屋は頼む!の主犯格で、中学まで小野寺と同じ学校に通っていた人物だ。ちなみに、結婚式には呼ばれていないので、それほど仲良かったわけではないのだろう(それなのに、俺たちの仲だ!とか言ってしまっている)。
 ガラス張りの正面入り口に入ると、夏場は開けっぱなしている扉が、きっちりと閉められていた。だが、わずかに男の笑い声が漏れ聞こえてくる。靴を脱いでいると、車から降りてきた夫婦と目が合った。
「おい、小野寺、勘弁しろよ」
「何をだ?俺は普通に来たぜ」
 そこでいかがわしいことをしていたのは、吹谷のほうだ。さすがにキスの邪魔をするなとは言えなかったのだろう、伊吹は黙り込んだ。かわりにあんなが小さく苦笑を漏らす。
「あ~寒い」
 靴をそろえて冷たいフロアにあがると、手に持っていた袋からシューズを取り出す。床に投げるように置いて、足を通すときゅっと小気味良い音がした。靴ひもを締めていると、夫婦が先をこして、扉を開けた。
「しゃーす」
 まるで学生の部活動のような掛け声があちこちで聞こえる。小野寺も後を追って、中に入った。
 天井の高いフロアに、電灯が煌々と輝いている。ギャラリーの窓にはところどころ破れた黒いカーテンが引かれている。床には色とりどりの線が敷かれており、小野寺たちが使うのは、白線だ。そう、町民体育館だ。
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『天木町男子排球部』
初公開日: 2019年12月01日
最終更新日: 2019年12月10日
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天木町の男子バレーボール部は中学生にも負けるほど、とにかく弱かった。
ハッピーエンド
BL恋愛小説が書きたいな。
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