風の音がいやにうるさかった。ごうごうと低く響く音が、地に伏した俺の体を揺らしている。……おかげで、やっと目が覚めた。
「ぐ、ぅ……」
まだ休むには早い。重い体を、歯を食いしばって無理矢理に起こす。
地に突いた掌に小石が食い込んで、ずきりとした痛みが神経を刺す。普段ならば気にしないような小さな石ころでさえも、今の俺にはひどく鋭く感じられた。
倦怠感と、痛みが全身を包んでいる。俺の体はボロボロで、きっと傷を負っていない場所を探す方が難しいだろう。もうとっくに限界を超えていることくらい、自分でもわかっていた。
震える膝に手を当てて、無様によろめきながら立ち上がる。平衡感覚も怪しい。視界はかすみ、音も遠く、気を抜けば容易く溶け落ちてしまいそうなほどに、意識も朦朧としている。
それでも、俺はなんとか立っていた。立つことができた。ボロボロになった俺の体を支えているのは……血と混じりあった砂の味。
「……血に塗れても、砂を噛んでも」
ちゃんと声を出せた自信はなかった。かすれて震えた小さな声だったが、だけどしっかりと彼の耳に届いていたらしい。
俺に背を向け、この場から立ち去ろうとしていた男は、足を止めてゆっくりとこちらを振り向いた。
「あんたの言葉だ、ガーランド卿。……俺の、好きな言葉だ」
「無様な手段でも躊躇うなという意味で言った。無駄な悪あがきを肯定する言葉ではない。今のお前に、その言葉は不要だ」
「知るかよ」
口角を上げる。痛かろうが苦しかろうが、不敵に笑うくらいのことはしなくちゃ。
無様で情けなくて、どうしようもないくらいズタボロだからこそ、カッコつけなきゃやってられないんだ。
「血に塗れても、砂を噛んでも。俺の好きな言葉だ」
言葉は力だと教わった。唱えればそれは力になると。
「それはかつてのあんたの言葉で……けど今はもう、俺の言葉にもなってる。今の俺を、支えてる言葉なんだ」
言葉は力だ。今なら俺も心からそう思える。だって、繰り返す度に、少しずつ力が湧いてくるんだ。
「生きてる限り、絶対に諦めない。血に塗れても、砂を噛んでも」
拳を握る。掌に食い込んだままになっていた小さな石ころが、砕けて砂になった。
まだ戦える。拳を振れる。あと何度だって、俺の拳は奴の顔面を狙えるんだ。
「どれだけ血を流そうと、何度地に倒れ伏そうと、絶対にお前を行かせやしない……!」
「今のお前は無力だ。身の程を知れ」
「知るかよ!」
足腰はもう役に立たない。頼みの綱は、これまで何度も敵を打ち倒してきた右腕だけ。
持ち上げる。たったそれだけのことなのに、信じられない労力がかかる。ともすればだらりと力が抜けて垂れ下がってしまいそうになる腕を、無理矢理に顔の高さまで動かしていく。肘に左手を添えて、歯を食いしばって、それでやっとだった。
奴に向かって、奴を狙って、俺の右腕が伸びた。
「またラーヴァフィストか? バカの一つ覚えだな」
「ああ……キーリィみたいに、レパートリーが多い方が何かとカッコが付くんだろうけどな。……俺には、無理だ。無理だった」
喋りながら――喋り続けていなければ、意識を失ってしまいそうだった――右拳に全身の魔力を集めていく。いつも通りじゃ足りない。文字通り全身全霊、俺に残されたすべてを使うつもりだった。
準備には時間がかかるが、ガーランド卿は、この状況で不意打ちをかますような無粋な真似をする男じゃない。今はその性格を存分に利用させてもらう。
「だから、これでいい。俺は、俺の炎の拳に全てを賭ける」
集中させた魔力があふれ出す。拳が光を放ち、熱を伴い、やがてそれは俺の必殺の一撃へと変わる。
ラーヴァフィスト。単純な炎の魔力拳は、だけど俺のたった一つの必殺技だ。この拳で破れないものは何もないと自負している。
「繰り返したところで、結果が変わるものではない。また徒労に終わるぞ」
「なら変わるまで繰り返すさ」
口を閉じて、鼻から深く息を吸った。しっかりと奥歯を噛み締めてから、歯の間から静かに呼気を吐き出していく。
ターゲットは正面。百戦錬磨の騎士。かすむ視界に気合を入れて、狙いを付けて、覚悟を決めた。
「血に塗れても、砂を噛んでも」
右腕の魔力が爆発する。地面を蹴って加速する体力はない。魔力そのものを後方に噴射して、右腕そのものを矢の如く飛ばす必要があった。
当然俺の体もまとめて吹き飛んでいくわけだが、知ったことではない。
「あんたを、倒す!」
「――来い」
右腕が輝き、肩から衝撃波が飛んだ。弾け飛ぶように、俺の右腕が奴に向かって真っすぐ進む。それに引っ張られて、俺の体も。
端から見れば滑稽な姿だろうが……元から炎の魔力で加速させた拳を叩きつける技だ。俺の必殺拳の破壊力に、変わりはない。
だから。
「だあああああッ!!」
――届け。
(了)
最後までお読みいただきありがとうございました。
おわり!