「帰ってください」
 第一声からこれだ。扉を開けた途端に、俺の耳に硬い声が突き刺さる。予想通りとはいえこうしてはっきり拒絶の言葉を真正面から叩きつけられるのは、そろそろ涙もろくなってきたアラサー世代には実に辛いところである。
 もっとも、素直に踵を返してやるつもりなぞ、俺にも毛頭無いわけで。
「そう言われると思って頑張って早く帰ってきたんだよマイハニー!」
「死ね」
 つらい。なんでこんなにも威力の高い言葉を投げつけられなきゃならんのだ。俺には一瞥もくれずにベッドの上で膝を抱えている陰気な女など放っておいて、昼寝でもしていた方がよほど有意義なのではないか。
 ……帰ろかな。帰ってくれって言われたし。その方が多分楽だし。こいつに話しかけたところで俺にメリットがあるわけじゃないし。
 よし帰ろう。……と、俺もそう思える性格なら良かったのだが。
「なかなかトゲのある照れ隠しだなぁ。今時ツンデレとか流行んないぞー?」
「照れ隠しじゃないですツンデレでもないですただの本音です」
「素直じゃないなぁ」
「わたしは自分に素直ですよ。さっさと帰ってください」
 一度構ってしまった手前、半端なところで縁を切るつもりにはなれなかった。関わってしまった以上は、最後まで面倒を見たいと思う。損得勘定ではなく、俺の性分の問題だった。
 遠慮はしない。彼女が本気で俺を拒絶しているわけではないことは理解している。それでも表面上キツい言葉を投げられれば、そこそこ傷付きはするのだが、そのくらいは我慢できる。ちっぽけな男のプライドが、唯一の支えだった。
「なんで帰ってくださいって言ってるのにおもむろに腰を下ろすんですか」
「いやーやっぱり冷房の利いてる部屋はいいよねぇ。落ち着く」
「座っていいとも荷物広げていいとも言ってないんですが」
「やっぱり物を食べる時くらいは快適でいたいよね」
 部屋の中央に鎮座した白の丸テーブルの上には、昨日俺が訪れたときと変わらず、何も乗っていなかった。結局昨日も、このお姫様はベッドの上から動かなかったらしい。
 持ってきたコンビニのレジ袋の中身を無造作にぶちまける。ゴトゴトと音を立てながら未開封のペットボトルが四本ほど転がって、その上に菓子パンと総菜パンの袋が散らばった。
「そうそう今日はいつものカレーパンがリニューアルしててねぇ」
「聞いてないです」
「先週食べたでしょ?」
「……」
 食べてない、と嘘を言えずに黙ってしまう。妙なタイミングで律儀になる女の子だった。唯一の例外を除いて、彼女は絶対に嘘をつこうとしない……いや、むしろ嘘が付けないのだろう。どうしようもなく性根が素直で、不器用なだけなのだ。
 ちなみにその唯一の例外が、俺に対する「帰れ」とか「死ね」の類である。……いやこれも実は本音なんですけどとか言われたらどうしよう。ヤバい本気で泣きそう。
「……泣くくらい美味しいんですか」
「ああいやこれはそうじゃなくて心の涙というか」
「不味かったんですか」
「いやいやいやいや全然そんなことないよ!? ほら一口食べてみる!?」
 唐突に胸中に湧き上がってきた俺に対する罵倒も本気なんじゃないか疑惑のおかげで、実のところリニューアルされたニューカレーパンの味はあまりよく分からなかった。
 妙なことを考えていたことを悟られないように、慌ててカレーパンを握った右手を彼女に向けて突き出した。
「……っ」
(……おや?)
 すると、妙な反応が返ってきた。いつもならふいと顔を背けて興味ない素振りを見せるか、ひったくるようにして俺の手から奪い取った後、布団の中に頭から潜ってから食べ始めるのだが。
 俺を睨みつけたまま、動こうとしない。はてと思ってよく見てみれば、こころなしか普段よりも顔が赤らんでいて、体も小刻みにぷるぷると震えているように見える。
「どした? 風邪か? 調子悪いのか?」
「な、なんで!?」
「いや、なんで、って、明らかに様子がおかしいぞ」
「~~っ!」
 押し殺したような鳴き声が、細い喉から響いてくる。はじめて見る反応だった。これはいよいよおかしい……のだが、いったい何が原因なのだろう。俺がこの引きこもりの様子を見に来るようになったのは、つい昨日今日の話じゃない。ごくごく普通のいつも通りのやり取りをしていただけのはずだが、はて。
 風邪ではないだろう。風邪をひいているのなら、それを口実にして俺に対していつも以上に帰れ帰れとうるさくなるのだ。体調が悪い時も然り。となれば、おそらく原因は俺にあると思うのだが。
(普通だよな?)
 下から上まで、順番に見回して確かめてみる。はじめて着てくる服でもないし、妙なものが付いているわけでもない。念のため空いている左手で顔をぺたぺた触ってみたりもしてみたが、特段顔の造形が崩れているというわけでもない。
 ……いやまあ、普段からそれほど整った顔立ちをしているわけではないのだが。
 普段と違う点と言えば、右手のカレーパンくらいだろうか。それにしたところで、この部屋では今までにも何度も飯を食っている。今更気にすることではないはずだ、食べかけのカレーパンくらい。
(……ん?)
 ふと、引っかかるものがあった。もう一度右手を見てみれば、そこに食べかけのカレーパンがある。
 食べかけ。俺が齧った跡がはっきりと見て取れるカレーパン。棚に陳列されていたときよりも、体積が五分の一ほど削られてしまったカレーパン。
 少女はじっと、それを見ていた。
(……ああ、なるほど)
 そりゃおっさんのかじりかけは嫌だよな。そうだよな。俺もまだ二十代とはいえアラサーだもんな。そりゃ若い女の子は嫌がるよな……。
 つらい。
「あー、その、悪い」
「な、何がですか」
「嫌だったよな、俺の食いかけとか」
「別に嫌じゃないですけど」
「えっ」
「……あ」
 うっかり言ってしまった、と、はっきり書いてある顔だった。引きこもりがちで白い肌が、見る間に赤く染まっていく。
「――帰れっ!!」
「はいっ!!」
 照れ隠しではあると思うのだが、これは逆らってはいけない類の「帰れ」だった。俺は取るものもとりあえず、脱兎のごとく部屋を出る。入室時の三倍は下らないスピード退室だった。
 なにはともあれ、今日も食糧を渡すことには成功した。何の問題も解決してはいないが、ひとまず現状維持はできた。明日もこうしてこの部屋に足を運ぶことになるのだろうが、ひとつ気になることがある。
「カレーパン、残ってっかなぁ」
 俺の食べかけのまま残っていればいいのだが、問題は万一食べられていた場合だ。
 全く気にせずにいればいいのか、それともやーい間接キッスとからかうネタにすればいいのか、皆目見当がつかなかった。
(了)
 しゅうちゅうりょくがきれたのでやめるます
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向き
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爽やかな日曜日の昼下がりはノープランぐだぐだ文字遊び
初公開日: 2019年07月07日
最終更新日: 2019年07月07日
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コメント
書きながら何書くか考えます
47「清掃」
頭に浮かんだことばをひたすら書いていく。自由連想文ってやつをやります。目安の時間は10分。今回のはじ…
ヤギチュール
穹ヴェル前提の虚ヴェ(寝取られ
💫と結婚してて人妻の👓おじちゃんがなんかよくわからん理由で🟨に手を出されて寝取られる話
fz