ある日、ボクのもとに一通の手紙が届いた。
 シンプルな白の封筒に、ただ「斉藤明楽様」と宛名が印されただけで、届け先の住所も、差出人の名前も何も書いていない。
 まさか直接ウチの郵便受けまで持ってきたのだろうか、と首を傾げながらも、ボクは手紙の封を切った。
 後から思えば、まあ不用心な行為だったかもしれない。幸いにもカミソリや異臭を放つ何かが飛び出してくるようなことはなく、封筒の中には、これまたシンプルな一枚の便箋が入っていただけだった。
 便箋には、手書きではなく明朝体の黒の印字で、こう書かれていた。
「あなたは友情タイムリミットを取得しました」
「友情タイムリミットがゼロになったとき、対象の人物との友情が終了します」
 何を言いたいのか、まあさっぱりわからなかった。よくわからない悪戯をする、暇なやつもいるらしい。ボクは便箋と封筒を適当に自室の机に放り投げた。
 ぱさりと紙の音が鳴った頃には、もうボクはこの手紙のことをすっかり意識の外に叩きだしていた。
 それが唐突に引っ張り上げられたのは、翌朝のことだった。
99:58:21
「はよー」
「……」
「……んあ? んだよ、何か付いてるか?」
 まだ半分寝ているんじゃないかと言いたくなるような、ぬぼーっとした表情の男が、ぺたぺたと自分の顔を触っていた。
 だけど、そんなことはどうだって良かった。重要なのは、彼の頭上に浮かんでいる、六桁のアラビア数字だ。
「さ、サトル……それ、その、顔じゃなくて、頭の上」
「あ? 上?」
99:58:04
 ボクが指差した先、幼馴染の田井中覚の頭上には、はっきりと読み取れる数字が浮かんでいるのだ。しかもそれは時間を表しているようで、一秒ごとに数字が一つずつ減っていく。
 サトルが上を見上げると、頭の動きに合わせて数字も位置を変えた。……だめだ、これじゃ本人には見えない。
 ボクは慌てて鞄の中に手を突っ込んで、手鏡を取り出した。
「ほ、ほら! これ使って! 見てよ! 頭のすぐ上の方だから!」
「おう。……おー、ひでー寝癖」
 たしかにサトルの寝癖はひどかった。これだからこいつは顔は悪くないくせに女子にモテないんだ。もうちょっと身だしなみには気を使うべきだと思う。ボクは幼馴染で、それこそ生まれたときからの付き合いだから、今更気になりやしないけど……。
「そうじゃなくて!」
「朝から元気だなぁ」
「ねぇサトル、そこに浮かんでるやつ、見えてないの? 」
「……え? 浮かんでる? 何それ、背後霊的な何か?」
 サトルは怪談話が好きだった。半分閉じかけていた瞼がすっと上がって、とたんに瞳を輝かせた彼が、真剣な目で鏡を覗き込む。
「うーん……見えないなぁ。アキラには見えてるんだよな?」
「う、うん。背後霊じゃなくて、数字なんだけど」
「数字?」
「そう。数字。六桁」
「……本人には見えないタイプの呪いとかか?」
 言いながら、サトルが手鏡を差し出してきた。
「ほい。俺には見えねーや」
「そ、そっか……ごめん、ボク疲れてるのかも」
「いやー、俺はアキラのこと信じるよ? 何か面白そうだし」
「面白そう、って……」
 こいつ、今さっき呪いがどうとか言ってなかったか?
「大丈夫だって。たぶんそんなに酷いことにはならねーよ。根拠はねーけどな」
「適当だなぁ……」
「だってよ、どうしようもないだろ?」
「うーん……」
「ならせいぜい面白いことが起こるように期待しながら待ってたほうがいいさ」
「そんなもんかなぁ」
「そんなもんだって。ほら、さっさと行こうぜ」
 手鏡を握ったままのボクを置いて、サトルがすたすたと歩きだす。その頭上には、やっぱりはっきりと数字が見えていた。
 その後姿を追いかけようと、一歩足を踏み出したその時、ボクは前日に読んだ手紙のことを思い出したのだった。
「まさか……」
92:44:36
「減ってる……」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、何でもない」
 授業と部活が終わって、夕方。サトルと並んで帰り道を歩きながら、ボクはちらりと彼の頭上に目をやった。そこには相変わらず数字が浮かんでいて、今も一秒ごとに減っている。
 一日学校で過ごしてわかったことがある。教室にいる時とか、こうして並んで歩いている時とか、ボクとサトルが同じ場所にいると、数字が一秒ずつ減っていく。カウントダウンが進んでいくのだ。
 けれど、例えば移動教室が別になったりとか、別の場所にいる間は、どうやらカウントは進まないらしい。
「そういや、まだ見えてるのか、数字」
「うん、見えてる」
「いったい何なんだろうなぁ」
 思い出すのは、昨日読んだ手紙のことだ。もしこの数字が、あの手紙に書いてあった「友情タイムリミット」なのだとしたら、カウントがゼロになったときに、ボクとサトルの友情が終わるってことなんだろうか。
 ありえない。ボクとサトルが繋いできた絆は、そんなに簡単に終わってしまうようなものじゃないはずだ。
 そう思うけど……どうしてかボクは、手紙のこととか、カウントダウンが少しずつ進んでいることを、サトルに話すことができなかった。
「今も変わらないんだろ?」
「うん。987654、って書いてある」
 そういうことにしている。信じたくないけど、もしも、と思わずにはいられない。
 今日、ごく普通に、いつも通り学校で過ごして、減った数字は7時間ちょっと。これからも同じペースでカウントダウンが進んでいくなら、二週間ちょっとで数字はゼロになってしまう。
 考えすぎかもしれない。荒唐無稽な話だし、ボクが幻覚を見ているだけかもしれない。だけど、小さな不安がどうしても拭えなかった。
「じゃあ、また明日な」
「うん、バイバイ」
 ボクの家の前で、いつもの通りにサトルと別れた。あいつの家は、もう少しだけ学校から遠い。
 曲がり角の向こうに消えるサトルの背中を見送ってから、僕は家の中に入った。靴を脱いで、まっすぐに自分の部屋に向かう。昨日受け取ったあの手紙を、もう一度調べてみようと思った。
 けど、どうしてか、昨日たしかに読んだはずのあの手紙が、部屋のどこを探しても見つからなかったんだ。
17:31:18
 最近気づいたんだけど、ボクはどうやらサトルとかなり仲が良いらしい。土日も一緒に遊んでいたせいで、気付いたらカウントがかなり進んでいた。
 同じ場所にいない間はカウントが進まない、ということについては、間違いはないみたいだった。夕方別れたときと、一晩経ってまた登校前に会ったときは、数字は変わっていなかったからだ。
 だけど、いったいどうすればいいんだろう。このまま数字がゼロになるのを待って、そのうえで何も起こらないことを祈るか。
 それとも……。
「おい、アキラ、お前大丈夫か?」
「へ?」
 サトルの声に、はっと我に返った。
 休み時間の教室で、机に座るボクの顔を、サトルがじっと見つめている。
「なんか顔色悪いし、最近元気ないし。それに――」
「な、なんでもないよ。いつも通り。あ、ちょっとトイレ行ってくるね!」
「――トイレってお前……」
 立ち上がったとき、椅子が思ったよりも大きな音を立ててしまっていた。動揺している。焦っている。そのせいだって、自分でもわかる。
 サトルと目を合わせないようにして、足早に教室を後にした。トイレの個室に入って、そのままドアに背中を預けてそっと息をつく。
「はぁ……」
 大丈夫。こうすれば、少なくとも今だけはカウントは進まない。
 何も根本的な解決にはなっていないけど、ボクはこうやってサトルのことを避けるようになっていた。
 だって、怖いんだ。まさかと思ってはいても、数字がゼロに近付くのが。
00:32:53
 現実は非常だ。
 どう足掻いたって、クラスメイトと会わないで一日を過ごすなんて高校生には無理に決まっている。ものの三日足らずで、カウントは一時間を切っていた。
 ボクのできるだけサトルと一緒に行動しないようにしよう作戦も、焼け石に水だった。
 今日、これから学校に行けば、間違いなく数字がゼロになる。そしてあの手紙に書かれていることが真実だとすれば、ボクとサトルの友情が終わる。それは嫌だった。
 だから、ボクは最終手段を使うことにした。
「ボク今日学校休むから!」
「そうだね。連絡はしとくからゆっくり寝てなさい」
 朝ごはんを食べる前。おはようの挨拶もそこそこに宣言したボクに向かって、お母さんはあっさりとそう言った。
「……へ? なんで?」
「なんでって、なんであんたがそんなこと聞くのよ。休むって言ったのあんたじゃない」
「え、いや、そうだけどさ……ズル休みじゃん」
 戸惑うボクの前で、ダイニングテーブルの上に皿が並べられていく。いつも通りの席にいつも通りに座りながら、ボクは皿を並べるお母さんの顔を見上げた。
「最近あんたの様子がおかしかったことぐらい、母さんとっくに気付いてるんだからね。一日ゆっくり休んでリセットできるなら、そうしたほうがいいでしょ」
「……ありがとう」
「どういたしまして。ほら、さっさと食べちゃって。私は今日もいつも通り仕事なんだから」
「うん」
 いつも通りのベーコンエッグと、トーストを頬張る。大丈夫。食欲はある。メンタルはさておき、フィジカルは大丈夫だ。
 お母さんの言う通り、一日使ってじっくり対策を考えよう。何も思いつかなければ、覚悟を決めることにしよう。
 ……そう、思っていたのだけど。
「おーい、アキラー、いるんだろー?」
 なんで、あいつが家に来るんだよ!?
 時は昼過ぎ。タイムリミットはあと数十分。ボクとサトルの友情は、ここで終わってしまうのか!? 待て次回!!
(続)
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ヤギチュール
みたいですねー
23:40
やっぱり声が欲しい
26:58
ヤギチュール
テキスト眺めてるだけだと寂しいですよねぶっちゃけ
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【ワンライ企画】友情タイムリミット【数字】
初公開日: 2019年06月01日
最終更新日: 2019年06月01日
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コメント
とりあえずアイデアは浮かんだので参加します
47「清掃」
頭に浮かんだことばをひたすら書いていく。自由連想文ってやつをやります。目安の時間は10分。今回のはじ…
ヤギチュール
現パロchi夢バデ山とキス部屋(完!)
全てを変える───。(もしよかったら、チャット欄で話しかけてみてね!)
ぱな