エルヴェが隣国のルルンドに到着して、三日が経った。
 彼は笑顔を崩さないでいるのに必死だった。
 毎日のように第二王女ソレーヌがまとわりつく。
 ソレーヌは十六歳、そろそろ結婚相手を見つける歳だ。 
 王女の多くは愛のない政略結婚を選択しなければならない。
 しかし、ソレーヌはエルヴェを好んでおり、エルヴェは隣国の公爵、王の子の次とは言え王位継承権を保持している。
 年齢はまだ十八歳、姿はとても優し気な金髪の青年。
 彼よりいい結婚相手はいない、ルルンド側もそう思っており、ソレーヌの思うがままにしていた。
『アルファ。どうだ?』
『動ける範囲で探してみましたが、該当する少女は見つかりません』
 契約した精霊は自由に使役できる。
 問題は距離だった。 
 契約主から遠い場所に精霊はいけない。現在エルヴェはルルンドの王城に留め置かれている状態だった。
 彼が一か所にいれば、精霊の移動距離も限られる。
 非常にやりたくない方法だが、彼が城を出る方法がこれしかなかった。
「ソレーヌ殿下。城下町から少し離れたところに美しい湖があると聞いています。そこへ出かけたいのですが、案内してもらってもいいでしょうか?」
「勿論ですわ!エルヴェ様」
 ソレーヌは鼻息荒く答え、エルヴェは少しだけ後悔した。
 
 第二王女ソレーヌ、紫色の瞳に黒い髪の魅惑的な王女だった。
 黒い髪は光姫と同じなのだが、印象が真逆だった。
 だからこそ、余計に苦手だった。
「エルヴェ様、参りましょう」
 馬車に王女、侍女、エルヴェの三人で乗り込み、仰々しい護衛を連れて湖へエルヴェたちは出発した。
 エルヴェと共にファイデリアきた使者たちや護衛も追随しており、なかなかの大行列になった。
 
  日帰りは難しい距離ではなかったが、馬車の旅。
 しかも王女と一緒だったため、到着した湖で一晩泊まることになっていた。
 休憩しながら馬車を進め、目的地に到着したのは太陽が少し傾きかけた時刻。
 馬車ではひっきりなしにソレーヌが話しかけてきて、エルヴェは笑顔を保ちつつ何とか対応した。
 彼女の話は服装や宝石の話が多く、エルヴェがまったく興味が持てないことばかりだった。
「エルヴェ様。夕食時にお会いしたしましょう」
 到着すると、湖畔の屋敷では迎えの準備が整っており、ソレーヌは侍女を伴い屋敷に入っていく。
 エルヴェはやっとソレーヌから解放され、用意された部屋に入る。
 護衛は外で、ファイデリアから付いてきた文官たちは別室で休んでいた。
 
 窓を開けると、美しい湖が見えた。
 赤や黄色に色づいた木々に囲まれた湖は太陽の光を反射して煌めいていた。
『アルファ。どうだ。行動範囲は広がったか?』
『はい。しかも美しい湖の傍でとても気持ちいいです』
 脳裏に響く声、心なしがはしゃいでいるような声色だった。
 視界には見えないが、アルファは湖を満喫しているように、エルヴェには思える。
『エルヴェ様』
 名を呼ばれ、アルファの言葉が一旦途切れた。
『恐ろしい人がいます。エルヴェ様』
 再びアルファの声が聞こえたる。 
 先ほどのはしゃいだ声とは一変して、緊張しているようだった。
『お探しの方、でしょうか。近づけるところまで、近づいてみます』
 エルヴェが待つこと十分。
 アルファの視界が共有される。
 遠目に少年がいた。
 痩せていて、生育が悪そうな少年だった。
 使用人にしてはまだ若い。
 けれども大人について、仕事をしているようだった。
『あの方にはこれ以上近づけません。近づいたらきっと怒りを買うでしょう』
 アルファの言葉にエルヴェの心臓が早鐘を打ち始める。
 光姫が次の宝珠の主に選ばれてから、恵元(えもと)の精霊は彼女に近づけなくなった。
 あれは光姫が五歳になったころ。
 王の妹殿下が亡くなり、宝珠の主が光姫に選ばれた。
 その瞬間から、彼女は精霊にとって恐れ多い存在になり、近づけなくなくなった。
 精霊を使って世話をさせていたことができなくなる。
 恵元の負担は大きくなったが、彼が苦に思うことはなかった。
「みつ、ひめ?」
 言葉に出してしまい、エルヴェは慌てて口を手で押さえる。
 アルファが共有する映像はまだ脳裏で続いている。
 少年より年上の子どもが彼を突き飛ばした。
 彼は転んで、少し傷を負う。
『アルファ』
『申し訳ありません』
 彼を手助けできないかと、アルファに伝えるが答えは決まっている。
 映像の中で、乱暴した子は気が済んだらしく、そのままいなくなってしまった。
 少年を助けたのは、側にいた年老いた使用人だった。庭師に見えた。
 そのほか、他の使用人もわらわらと寄ってきて、少年の傷口の手当てをし始めた。
 彼は屋敷内で目を付けられているようだ。
 だが仲間は優しい。
 彼と仲間たちが何か会話しているのだが、残念ながら伝わるのは映像だけだった。
『会話を聞き取れるか?』
『はい、少し』
『なんと言っている?』
『子供のことをノーラン様と呼んでいます。不思議なことにこのお屋敷の子息のようです』
 屋敷の子息であるならば、このような扱いは不当だった。
「調べなければ」
『アルファ。もう少しそこで情報を集めてほしい』
『かしこまりました』
『視界の共有は解いてくれ』
 本当は心配でずっと見ていたかった。
 けれども彼には調べるべきことがある。
 ノーランという貴族の子息のことを調べなければ。
 隣国で、貴族の子息を調べる。
 全ての貴族が記録されている年鑑がこの国でもあるはずだ。
 それを見せてもらうために、ソレーヌを利用するのが一番だった。
 気が重いが、仕方ない。
 隣国に知り合いなどいない。 
 変な動きをすれば、兄モリスに諭され、光姫の生まれ変わりかもしれない少年を見つけられてしまう。
 それだけは避けなければ、とエルヴェは方法を模索した。
 
 
 
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