「はい。全部のベッドのシーツを替え終わりました。次は何をしましょうか?」
やせっぽっちの男の子がせっせと使用人の仕事を手伝っていた。
ノーランは十歳になり、使用人の真似事をするようになった。
自分の境遇を理解したからである。
精霊使いどころか、精霊に嫌われている自分がこの家の重荷であり、いつか自立する必要がある。
そのため、まずは手短な仕事を覚えることにしたのだ。
文字は小さい時から側にいてくれた使用人ポレットが持ってきた本で覚えようとしたのだが、母親が彼のしていることに気が付き、読み書きの手本の書をポレット経由で渡してくれた。
精霊に嫌われる彼を両親は愛してくれていないだろう。
けれども最低限のことはしようとしている。
小さい時のように嘘の両親だとは思わないようになっていた。
悲しいことだが、彼は精霊に嫌われている特殊な子供だった。
まだ十歳にしかならないのに、彼はどこか自身のことを傍観しているような節があった。
『生かしてもらっているだけでありがたい。自分が精霊から嫌われることをしたのだ』
なぜかノーランはそう思い込んでいて、両親や兄弟を恨むことはなかった。
端から見たら健気に思える彼を、使用人たちは温かく見守っていた。
一年前、彼が九歳のとき、ポレットは使用人をやめて、結婚した。
本当は結婚しないつもりだったらしい。
ノーランはポレットの恋人の話を聞きつけて、彼女に結婚を促がした。
自分は大丈夫。
いままでありがとう。
ノーランはそう必死に伝え、ポレットを説得した。
彼女は最後に折れ、泣きながら屋敷を後にした。
けれども、心配のようで時折ポレットの精霊のルーラの姿が視界に入ることがあって、ノーランは安心させるように微笑み浮かべてみせる。
ポレットのこの話を聞いて、涙ぐむ使用人もいて、屋敷の使用人たちは精霊に嫌われる彼に好意的に接するようになった。
ノーランに対して冷たいのは彼の本当の家族だけだった。
「ノーラン様。うちの子になりますか?」
「いいね」
庭師のジョンは時折ノーランにこうして軽口を叩く。
ノーランは貴族社会では病弱で床に臥せっていると言われており、書類上ではまだ伯爵子息のままであった。
実際は見習いの使用人のように、日々屋敷の仕事をこなしている。
以前は離れに住んでいたが、ノーランは現在では他の使用人たちと同じ部屋で寝起きをしていた。
そのほうが彼は賑やかで好きなのだ。
伯爵夫妻はノーランが使用人の宿舎に住むことを止めることはしなかった。
無関心、それに近いと使用人たちは益々ノーランに同情していた。
「もう死んだことにしてくれたらいいのになあ。それならジョンの子になれるのに」
ノーランが無邪気にそう言う時、ジョンは泣きそうになるのを堪えていた。
精霊たちはノーランを嫌っているわけではない。
ジョンを含め、他の使用人たちはそのことに気が付いていた。
ただノーランを恐れている、精霊の態度はそう思えた。
「今日は苗を植えるんだよね?楽しみ」
午後はジョンの庭の仕事を手伝うことになっていて、ノーランは本当に楽しみだった。
「これは奥様。申し訳ありません」
温室に入ろうとすると、ノーランの母、カルテシア伯爵夫人がいて、ジョンは慌てて謝る。
後ろにいたノーランもそれに倣って頭を下げたが、カルテシア伯爵夫人を眉を潜めた。
愛されていないことは知っていたが、ノーランはまだ十歳。
達観しているように見えてまだ子供だ。
涙が出そうになって、唇をぐっと噛む。
「唇を噛むのはおやめなさい。自由に温室にはいってもいいわ。ジョン、邪魔をしたわね」
母に注意を含むとは言え、まともな言葉をかけてもらい、ノーランはびっくりしてしまった。
そのおかげで、涙もこぼれる前に止まったようだ。
母はさっと温室を出ると振り返ることもなく、屋敷の中に消えていく。
「……よかったな。ノーラン様」
ジョンはノーランの頭を撫でた。
するとなんだから止まったはずの涙が出てきて、ノーランが狼狽える。
「ノーラン様」
ジョンはぎゅっとノーランを抱きしめて、その背を優しく叩く。
「ゆっくりいこうや」
何がゆっくりか、ノーランは具体的にわからなかったが、こくんと頷く。
ノーランが泣き止んだ後、二人は予定通り苗を植えた。
母が好みという花の苗だった。