「食事ですよ。ノーラン様」
使用人によって運ばれる食事はとても質素なものだった。
パンとスープに果物。
辺境と言えども、伯爵の三男の食事とは思えない内容だった。
ノーランは物心ついた時から、離れに住んでいて、傍にいるのは使用人だけだった。
時折、母や父、そして兄弟がくるが、どれも好意的な視線で彼を見ることはなかった。
だからノーランは父、母、そして兄弟と呼ばれるものは彼にとっては偽物だと思っていた。
絵本で見る父も母、兄弟たちはとても優しい目をしていた。
あんな風に冷たい目で描かれてはなかった。
だから、本当の父と母、兄弟たちは別にいると、ノーランは思っていた。
熱を出して苦しくても、咳が止まらくて辛くても、使用人しか傍にいなかった。
絵本ではお母さんがずっと側にいる。
お母さんのことを考えるとノーランはとても悲しい気持ちになった。
離れでは使用人以外にノーランに興味を向ける者がいた。
それは半透明な存在で、ノーランに怯えているようにも見えた。
呼びかけても反応することはない。
「あれは何?」
「私の精霊のルーラです。風の精霊ですよ」
使用人の名前はポレットという名だった。
彼女は母ではなかったけど、ノーランに優しかった。
この世界のこと、精霊のことを彼に教えてくれた。
絵本をもってきたのもポレットだった。
精霊は誰もが使役できる存在と聞かされ、ノーランも自分にもそういう存在ができるのかと胸を躍らせ聞いてみた。
しかしポレットは悲しい顔をして、ノーランには出来ないと言った。
なぜかノーランの側に精霊たちが近づくのを嫌がるせいだとポレットは説明した。
六歳になり、精霊がはっきり見えるようになった。
ポレットの精霊ルーラは近づくことはなかったけど、彼が微笑むと微笑みを返すようにはなった。
残念ながら精霊の声が聞こえるのはその契約主だけなので、会話はできることはなかったけど。
それでも遠くから見つめるだけだった存在が微笑んでくれるようになったのはノーランにとっては嬉しいことだった。
ノーランの世界はこの離れだけで、話すのはポレットだけだった。
まだ小さい彼にはそれが異常なことに気が付いていなかった。
☆
宝珠が光を取り戻して六年経った。
エルヴェは十四歳になった。
ここ一年の間、病を患っていた父がなくなった。
以前から床に臥せっていたので、実質は兄モリスが王の仕事をしていたため、王の崩御に対して混乱することはなかった。
一か月の間、国中が喪に伏せた。
喪が明けるとすぐに、モリスの戴冠式が盛大に行われた。
新しい王の誕生に民衆は湧く。もう前王の死を悼む声は掻き消えていた。
父の死に、兄の戴冠。
手際が良すぎると思ったのはエルヴェだけだったようで、誰もがモリスの戴冠を祝う。
それなので、見たこともない幸せそうな笑みを浮かべる母、前王妃の隣で、エルヴェも微笑みを浮かべ、弟らしく兄の戴冠を祝った。
お優しいだけの弟君、兄がいないと何もできない優柔不断の弟君。
エルヴェは城内でそのように噂されていた。
このことに怒りを燃やしているのはエルヴェの精霊のみ。
彼自身、馬鹿にされることは意に関しておらず、にこにこを微笑みを讃え続けた。
しかし無能の弟の仮面の下では、兄よりも早く宝珠の主を見つけるため、精霊に探させていた。
見つけられなくてもいい、兄の邪魔さえできればそれでもいい。
そう願って。
「モリス。いつ私はあなたの妻になれるの?」
「カロレーヌ。後一年、一年待っていただければ必ず」
母に兄に甘く囁き、兄はそれに答える。
二人がそのような関係であることは、彼が前世の記憶を取り戻したところから気が付いていた。
障害があればあるほど愛は燃え上がるようで、ノーランの視界に入るところでも二人がついばむこともあった。
年齢があがるにつれて、流石にノーランの視界に入るところではやらなくなったが、こうして二人の逢瀬に出くわすこともある。
御蔭で二人に対して、家族の愛情などはどんどん薄れていった。
父が病に臥せり、エルヴェは二人を疑った。
薬師は二人が手配したものを知り、ますます疑いを深めた。
そして一年で父は弱り、ついに亡くなった。
そうして兄の戴冠、そして母のこの言葉である。
『二人が薬を盛って父を殺したのだ』
エルヴェはそう確信し、ますます自分の振る舞いに気をつけるようになった。
無害な弟、可愛い息子、そう思わせるようにエルヴェは行動した。
兄がこのような謀略に耽ったおかげで、宝珠の主探しは進んでいなかった。
現時点ではエルヴェが邪魔をするような事態には陥りそうもなかった。
『アルファ。何か掴んだか?』
『いえ、なにも。すみません』
精霊の言葉に、エルヴェは落胆する。
しかし同時に安堵もしていた。
兄にも自身にも見つからず、今世では普通に幸せになってほしい、エルヴェはそう祈っていた。