「……嘘だったんですか?」
また?
派遣社員にまた犠牲者が出た。
正社員の甘い言葉を信じて、誘いに乗ったけど、契約を更新してもらえなかったパターンか。
「嘘じゃないよ。君が優秀なら?って僕は言ったよね?だけど、君、馬鹿だから」
最低な男だな。
営業の三谷慶事。
同期の中で一番ちゃらい男だ。
独身。女性関係にダラシナイ。
絶対にいつか誰かに刺されるだろう。まじで。
「私、あなたを信じて、初めてだったのに」
「だから、僕は嘘はついてない。君が優秀じゃなかったから」
初めてか……。
うわ、処女食い?
「ゆるせない。ゆるせない!」
うわ。怒ってる。
これはやばい。
何か巻き込まれるのは嫌だから逃げよう。
「あ、野島!」
なんで、背中を見て分かる?
「野島、君からも何か言ってよ」
「は?」
「君だって、山田さんの更新は難しいって言っていたでしょ?」
「本当ですか?」
なんで話を振る。
「いや、俺は、」
巻きこまないでほしい。
本当。
逃げ腰になって、数歩後ろに下がる。
何かを踏んだ。
「?!」
気が付いたら上下逆さまになって、酷い痛み。
視界が真っ白になった。
★
「立川。わしは怖い。死にたくない」
「若様。申し訳ありません。私の力が及ばずに」
「いや、お前のせいではない。わしこそすまぬ。お前のことを道連れにしてしまい、すまぬ」
腕の中の若様が泣きながらそう言う。
「いえ。私は若様を最後まで守ると誓いました。けれども、命に代えてもあなたの命を救えず、申し訳ありません。もしあなたが再び生まれ変わることがあれば、今度こそ必ずお守りいたします」
「生まれ変わり。それはいいな」
若様は涙を流しながらも笑ってくれる。
臣下の裏切りに遭い、成摩藩は宇大藩に乗っ取られようとしていた。
永良家最後の生き残りであった多路丸様を私は連れ、城下町を脱出することができた。しかし追っ手は多く、今周りをぐるりと裏切り者に囲まれている。
「立川。わしを殺せ。あいつらに殺されるより、お前に殺される方がましだ」
「若様」
裏切り者たちは下卑た表情で私たちを見ている。
こいつらに捕まると何をされるかわからない。
「若様」
私は若様の首を刎ね、自らの首に刃を当てた。
それが私、俺の前世の記憶。
★
目を開けると最初に目に入ったのは、三谷慶事だった。
「俺は、」
なんで、こいつが?
あ、そういえば、修羅場に遭遇して。
「転んで頭を打ったんだよ。野島」
「あ、そうなんだ」
なんてことだ。
間抜けな俺。
こいつがここにいるってことは、助けてくれたのはこいつか。
「三谷が、病院に運んでくれたのか?」
「救急車を呼んだ。意識なかったから」
「そうなんだ。あ、えっと、あの子は」
「山田さん。帰ってもらったよ」
「そっか。ありがとう」
体をゆっくり起こしてみたが、少しだけ頭が痛かった。
後頭部を触るとコブみたいなのができていた。
「一応頭打ったから、検査入院だってさ。命には別状ないから、念のためってことみたい」
「あ、本当ありがとう」
三谷ってあんまり話したことなかったけど、いいやつだったんだな。
処女食いで、チャラ男だけど。
「で、立川。何か思いだした?」
「立川?」
それは、俺の前世での苗字だ。
なんでこいつが知ってるんだ?
「野島って立川でしょ?顔一緒だし。大体前世の記憶を思い出す時って、頭を打った時だし。僕もそうだったしね」
前世?
野島の前世はあの時代の奴なのか。
俺の名前と顔を知っているということは、同じ藩の奴か?
裏切り者?
「立川。そんな怖い顔しないで。僕だよ。僕。多路丸」
「わ、若様?!」
そんな、嘘だ。
あんた幼気な若様が、こんな……
「立川。わしの顔をよく見ろ」
若様と同じ言葉遣い、彼は強引に私の顔を両手で包む。
そして顔を近づけてきた。
「わ、若様」
若様の顔ははっきり思い出せる。
十歳だった若様、三谷の顔には若様の面影があった。
「やっと思い出してくれたか!長かった。本当に」
三谷、いや若様は微笑むと、俺、私をがばっと抱きしめる。
三谷の身長は俺より十センチ高く、百八十五センチくらい。
もやしの俺と違って、体を鍛えているらしく、三谷、いや若様の腕の中に、俺はすっぽり収まってしまった。
「わ、若様、何を?」
「生まれ変わりっていいなあ。本当よかった!立川、これからもわしの側にずっといるのだぞ」
「はい!」
俺は、私は若様の腕の中で反射的にそう答えてしまっていたのだが、何か違う気がする。
え?
★
「野島。一緒にご飯食べよう」
「はい」
若様は翌日から昼食に私を誘うようになった。
俺は節約するために弁当だ。
それに気がついた若様から、お弁当のリクエストもらい、俺は二人分作ることになった。
まあ、一人も二人も一緒のようなものだから、負担はない。
食事代としてなんだかいただくようになったのだが、褒美じゃと言われてしまい、受け取ってしまった。
情けない。
「野島、まだ終わっていないの?僕、手伝うよ」
「いえいえ、若様にそんなことしてもらうわけには」
「若様?!」
外野から声が飛んだ。
まずい。
「えっと、いや」
「ははは。野島って時代劇好きだもんね。それ大河ドラマの影響だよね?」
「あ、うん」
社内でも積極的に話しかけられるため、俺は記憶の切り替えができなくて、ボロをだしてしまうが、若様、いや三谷はいつもフォローしてくれる。
そのうち、いつも一緒にいるから、変な噂を立てられてしまった。
最近、そういうドラマが放送されていた影響もあるだろう。
「違うから。恐れ多いこと言うなよ。俺がまさか、わか、いや三谷とそういう関係なわけないだろ。恐れ多い」
「恐れ多い?」
「ははは。またまた、野島、面白いこというよね」
否定したつもりだけど、噂はなくならず、とうとう、応援してますみたいな女子社員も出てきた。
だから違うって。
俺は流石これは流石にまずいと思って、若様に直訴した。
「若様。これから若様は素敵な女性に会われるはずです。このような変な噂を立てられると大変です。俺たち距離を置きましょう」
「距離?面白いこというね。立川。お前はずっとわしを守ってくれるといったはずだぞ」
「それはそうですが、この時代においてはそこまで心配しなくても」
「立川。お前は嘘をついたのか?あの時」
「そんなことはございません。若様」
結局俺の直訴は叶わず、若様とのおかしな関係は続いた。
そんな時、強者(つわもの)が現れた。
「野島さん。あなた、三谷さんのこと好きなんですか?」
「す、好き?!」
「えっと、性的対象としてです」
「せ、性的対象?!まさか、ありえないですよ」
強者は秘書課の花と言われる町前優里亜さんだった。
俺たちより一つ後輩で、超美人。
相手には困っていないタイプだけど、三谷に一筋だった。
うん、知ってる。
記憶を取り戻す前から、そのことを知っていた。
だけど、三谷、若様はそんなこと構わず、色々な女子に手を出していたな。
ああ、若様。
どうして現世ではあんなにお軽くなってしまったのか。
あの時代では多くの女性を侍らかすことは、後継者のことを考えるといいことだったんだけど、今は普通の人で、一夫一妻制だから。
ああ、もしかしてだから結婚しないで遊んでいるのか。
若様、なんてこと。
「野島さん?」
「あ、ごめん。本当に、俺はわか、いや三谷のこと性的に見てないから。単なる同僚だよ」
「同僚?それにしては仲良すぎるみたいですけど」
町前さんは目を細めて怖い顔で俺を見る。
いや、怖い。
でもそんな風に見られても、俺は野島のことを若様であり、命がけで仕える対象としか思っていない。
性的なんて恐ろしい。
「まあ、いいです。野島さんの気持ちはわかりました」
町前さんはぺこりと頭を下げると、かつかつとハイヒールの音を立てて戻っていった。
怖かった。
だから、若様は町前さんから逃げてるのかな。
怖いもんね。
美人だけど。
それから数日、若様からの誘いが減った。
お弁当も必要ないってメッセージをもらった。
……関係は、記憶を取り戻す前のような感じに戻った。
うん。これでいい。
俺は遠くから若様を見守る。
もし何かあれば、俺は命がけで守る。
そうなる、やっぱり近くにいないといけないわけで。
俺は心配になってしまい、その日から若様のストーカーになってしまう。
だって、俺の知らないところで危ない目にあったら嫌だし。
そうなると、町前さんと一緒にいるところ頻繁に見てしまう。
若様は町前さんと付き合ってから、他の女子を遊ぶのをやめたみたいだ。
うん。それでいい。
俺は若様が更生されて、とてもうれしかった。
うん、うれしかった……。
「あ、やばい」
ある日、俺はお弁当を二人分作ったことに気が付いた。
馬鹿みたいだな。
もったいないので、冷凍庫にしまってから会社に向かう。
若様を見かけた。
珍しく一人だった。
若様は何を考えているのか、赤信号で飛び出した。
「若様!」
俺は反射的に走り、彼の手を掴んで一気に横断歩道を渡り切る。
ビービーと騒がしいクラクションの中をだ。
「何、やってるんだ!」
「あ、立川。いてくれたんだ。傍に」
若様は俺の腕を引っ張り、腕の中に閉じ込めてしまった
「ずっと寂しかった。立川は、わしがおなごと添い遂げてほしいのだろう?だから、わしは町前とつきあった。だけど、本当に嫌で嫌で。だけど、立川はそれを望んでいる。だからわしは頑張った。だけど、やはり嫌なのじゃ」
「若様……」
若様は、辛い思いをしていたのか。
それなのに俺は自分の考えを押し付けて。
「若様。申し訳ありません。私は若様の幸せを祈っております。女性を添い遂げることができなくても、若様が幸せならそれで構いません。だいたい、町前さんは美人ですが少し怖いですし」
「そうだろう?あのおなごは怖いのじゃ。立川、わかってくれるか?」
「はい」
頷くと、若様が両手を俺の顔を包む。
「ではいいのじゃな?」
「は、」
聞き返すことができなかった。
若様が俺にディープな口づけをしてきたのだ。
「ははは。これで既成事実。多くの証人がいるよね。立川、いや、野島。僕の恋人になって」
「え、あの」
「まあ、ゆっくり慣らしていこうね」
戸惑っている俺の手を掴んで、若様が走り出す。
わからない。
本当にわからない。
だけど、若様からの口づけがとても気持ちよかったのは事実だ。
この一件があって、俺たちは社内で最初の公式LGBTQカップルになってしまった。
社内恋愛には緩い弊社だけど、どうなんですか。これ。
だけど、俺は若様には逆らえない。
若様は毎日幸せそうだし。
とりあえず、俺は若様を幸せにしたいので、彼が飽きるまではこの関係を続けるつもりだ。