「タイルズ公爵、久しいな」
王座でエルヴェを迎えるのは兄のモリスだ。
兄が王位について四年が経ち、エルヴェは十八歳になっていた。
二年前に母である前王妃が、兄と婚姻を結び、王妃に返り咲いた。
返り咲くという言いかたは不適切ではないが、巷ではそう揶揄されることもあった。
反対を押し切って、モリスはエルヴェの母を妻にし、王妃に添えた。
それから、一年経ち、兄の子が誕生した。
男の子であるその子が第一継承権を持つことになり、エルヴェは自ら城を離れ領地を得て、公爵になることを兄に進言した。
王位継承権も破棄する意思はあったのだが、大臣たちに止められ、公爵に臣籍降下にすることにとどまった。
今日は久々に兄に呼び出され、登城した日だった。
「陛下、ご機嫌麗しゅうございます」
兄に敵意を持たれないように、エルヴェは頭を深く下げたまま、挨拶をする。
「堅苦しいな。本当。エルヴェ。元気にしていたか?」
エルヴェの様子に安心したように笑い、モリスは態度を軟化させる。
「元気にしてました。兄上のおかげで」
モリスに合わせるようにエルヴェも以前のように、可愛い「弟」を演じる。
兄がいなければ領地経営もままならないという気持ちを込め、感謝を伝えることも忘れない。
できる弟であれば警戒される。
領地には色々問題があり、改善策もいくつか浮かぶが、エルヴェは凡庸を装って領地経営をしていた。
そのため、自由に使える時間が多くなり、光姫の生まれ変わりを探すことに集中することができていた。
使える者は精霊のみ。
信用足るものをまだ見つけられておらず、捜索は水の精霊アルファ頼みだった。
十年前に生まれ、光姫に似ており、精霊が寄り付かない女子。
この条件で、探し続けているが未だに見つからなかった。
「お前にも頼もうかと思ってな」
モリスはそう言うと、人払いする。
その上、エルヴェに王座に近づくように指示した。
弟といえども、王室に入る際は武器の携帯は認められていない。
なので護衛の騎士も抗議の声をあげることなく、退室した。
「何事でしょう。陛下」
兄上と言い続けると、モリスは機嫌を悪くすることもあるので、ここは陛下と呼び、王座に近づく。
そして目の前まで来ると、腰を落として臣下として問い返す。
「宝珠のことを覚えているか?」
「はい。あの龍が宿るとかいう石のことでしょうか?」
「そうだ。あの主を探させているが見つからない。この国の十歳前後の女子の顔は全て調べたが、光姫に似た女子はいない」
それはそうだろうと心の中で思ったが、エルヴェは表情に出すことはなかった。
「今隣国も調べている。お前にも手伝ってほしい。隣国に赴いてほしいのだ」
「私が、隣国ですか?」
「というのはな、」
「エルヴェ!」
王座の後ろの扉が開き、彼の母親で現王妃が現れる。
「カロレーヌ。まったく」
無作法にも関わらず、モリスはそう言うだけだった。
母は美しいが若くはない。
王であれば側室なども持てるのに、兄モリスはカロレーヌだけを愛しているようだった。
モリスに対して尊敬の念はまったくもっていなかったが、その点においてだけはエルヴェはモリスに一目置いていた。
もちろん心の中でだが。
「あなたにいい縁談があるの。隣国の第二王女のソレーヌ様があなたの姿絵を見て、一目ぼれしたようなのよ」
一目惚れ、その点も引いてしまったが、姿絵など描かれた覚えもないことにも首を捻る。
「エルヴェは覚えてないかもしれないけど、半年前の私の誕生パーティにきてくれたでしょう?その時にあなたを描いてくださった方がいたのよ」
描くなとは言えないが、勝手に描かれ、それを隣国などに送られたことに、エルヴェは多少怒りを覚えた。
しかし母の機嫌を損なえば、モリスの機嫌にも影響する。
だから苛立ちを押さえ、聞き返す。
「ソレーヌ様が私を。それはとても恐れ多いことです」
「まあ、そう畏まるな。お前はカロレーヌに似て可愛いからな。隣国の王女が惚れるのもわかる」
「まあ」
母カロレーヌが頬をピンクに染めて、モリスを見る。
モリスは得意そうに笑った。
「そういうことで、直接会いたいそうなのだ。王の名代で挨拶も兼ねて、行ってくれないか。そして宝珠の主についても探してほしい」
隣国の王女に会うことは断りたい。
けれども断れないのは事実。
宝珠の主、光姫を探し出させることは絶対に邪魔をしたい。
そうなるとエルヴェに断る理由はなかった。
「承りました。隣国に参ります」
隣国を書簡を出し、それから返事をもらって旅立つ日程が決まる。
その間、エルヴェは自身の領地についても、補佐官などに指示を出すのは忘れない。
エルヴェが管理している領地は王族領の一つだった場所だ。
以前は城から官吏を送り管理させていた。
その土地に住む貴族に統治をまかせてなかったのは、いざ領主が決まると反発が起きる可能性があったからだった。
なので城から派遣された官吏ではなく、エルヴェが領主として統治することに反発は起きなかった。
またこの土地がだいたい王族が臣籍降下して統治することが多かったことも反発につながらなかった要因だ。
「いってらっしゃいませ」
「お気をつけて」
お飾りの領主、そう呼ばれながらも人当たりのいいエルヴェは部下の補佐官たち、領民に好感を持たれていた。
にこやかに送り出され、彼はまず城へ目指す。
そこで護衛やら、文官などを連れ、隣国に向かうのだった。