彼女は光だ。
光には闇が必要だ。
私がそれになろう。
それがきっと私の役割だ。
★
あれは私が十歳の時、炎の魔法の扱いを間違って、顔を焼いてしまった。
痛みで苦しむ私に、氷の魔法で冷やしてくれた少年は誰だっただろう。
醜い私は顔に仮面をつけて過ごすようになった。
政略結婚の駒にも使えない私は、王である父上の役に立とうと己の魔力を高め、魔法剣士になった。
腕力を魔法で補い、私は実力だけで言えば、騎士団のトップに立った。
魔獣狩りに積極的に出かけ、私の名声は広がった。
心地よかった。
ただ、ひとつ。
妹の話題が出るときだけ、私の心はざわつく。
妹は春の妖精のように、可愛らしい女性だった。
皆に愛される王女、微笑んでいるだけで皆を幸せにした。
妹を前にすると私の心は凍てつく。
その時は本当に仮面を被っていることが嬉しかった。
仮面の下は元々醜いのに、更に醜悪な表情をしていたはずだから。
私は父上に従い、動いた。
そのうち魔獣狩りの他に、地方の制圧を命じられることがあった。
私は王命に従った。
妹が他国ではなく、我が国の貴族の下へ臣籍降嫁した。
父は妹の結婚は賛成ではなかったが、彼女の願いを退けることはなかった。
数年後、反乱が起きた。
旗印となったのは、妹だ。
民衆は父上の治世に不満が溜まっていた。
私はその沈静に駆り出される。
「お姉様!どうか、剣をお下ろしださい。民は怒っております。父上はあまりにも民を無下にしすぎました」
数年ぶりに再会した妹は、落ち着いた女性になっていた。
けれどもその美しさは健在で、民衆の女神のようだった。
「私は父上の部下だ。父の命令は絶対だ」
「ソフィア様、諦めてください」
彼女の夫である、伯爵が妹ソフィアを退けさせる。
可憐な彼女には相応しくない、熊のような男だった。
「マチルダ殿下。あなたならわかってるはずだ。それでは戦うつもりですか?」
私にならわかる?
分かるわけがない。
私はただ父に従うだけだ。
父に役に立つと思ってもらうために。
「私は父に従うのみ。父は正しい。アンドレア!剣を」
副官であるアンドレアから剣を受け取り、私は鞘を抜く。
私の率いる第二部隊とソフィアの夫君、ヘルサリア伯爵の軍隊は拮抗した。
一日の戦いを終え、駐屯地にしているルダヤに戻ると、使いが来ていた。
それは王都に戻れという命令だった。
さすがに今の状況で王都に戻れというのは無理な相談だった。
けれども王の命令は無視することはできない。
「アンドレア。私は一部の兵士と共に王都に戻る。お前にここを任せていいか?」
「私も参ります」
「だめだ。お前がいなけれが、この戦線は維持できない」
「……維持することに何も意味があるのでしょうか?」
「アンドレア!」
彼が私の命に抗うのは初めてだった。
「申し訳ありません。けれども、私はあなたの元を離れるつもりはありません。私も連れて行ってください」
アンドレアがいなければ、ここは維持できない。
しかし、彼が言うように王都に兵が迫っている以上、ここの戦線を維持しても意味がないのだ。
けれども全軍で動けば、背後を突かれる。
「トンアーゾに任せましょう。彼は優秀です」
「……そうだな。だが、無理だとわかれば、降参させろ。ヘルサリア伯爵は公平な男だ」
「随分買っているようですね」
「妹の夫君だからな」
妹はとても素直で優しい子だ。
愛されるために生まれてきたような子。
ヘルサリア伯爵は熊のような顔だが、とても純粋な人らしい。妹とは似合いの夫婦だ。
「マチルダ殿下。笑っておられますが、何か?」
「いや、別に」
夫婦という単位に憧れたことはある。
何度も。
けれども、この醜い顔の私を迎えたいというような男はいないだろう。
「それでは明朝王都に出発する。私とお前、その他を兵士の選定はお前に任せていいだろうか?」
「はい。おまかせください」
「頼むな」
アンドレアはとても優秀な副官だ。
彼ならば、他の部隊にいけば隊長になれるものを、そう思って何度が伝えてみたが、彼は頑として譲らなかった。
「私はあなたの下で働きたいのです」
そう言われた時は、私は嬉しかった。
私には出来過ぎる部下だ。
もったない。
いざというときは、彼の身柄は妹に任せたいと思っている。
妹を旗頭に起きた反乱は、今までの物とは規模も違うし、意識も異なる。
単なる反乱では終わらない。
軍の中でも、離反しているものが出ている。
我が隊ではまだいない。
それはアンドレアのおかげだろう。
翌朝、トンアーゾに任せ、私とアンドレアと数名の部下は王都へ立った。
数名なので移動は早く、二日後には王都に到着した。
本来ならばもっと早く到着できたが、王都に向かう反乱軍の動きを避けながら私たちは馬を走らせた。
同時に反乱軍の様子も伺い、王都に足を踏み入れた。
酷いものだった。
すでに王都は襲われた後かと思うくらい、荒廃していた。
私たちは、襲われている市民を助けながら、王宮へ入った。
市民で動けるものは、すでに王都を逃げ出したらしい。
残っている者は王都を逃げる余力がないもの。
王都で略奪行為を続ける者だけ。
王都の治安のために兵を割きたがったが、王は許さなかった。
彼を守るために、兵が固められた。
「……アンドレア。最後まで付き合わなくていいんだぞ。私が一筆書いてもいい。別のところへ身を寄せ、騒ぎが収まるのを待て」
「何を言っているのでしょうか。マチルダ殿下。私は最後までお付き合いするつもりです。そのために王都までついてきたのです」
アンドレアは微笑んでいた。
「マチルダ殿下。あなたの素顔を一度見せていたただけないでしょうか?」
「何を言っているんだ」
訳がわからない。
こんな時に。
私が立ち上がり、彼の側から逃げたいと思った。
「マチルダ殿下。私はあなたをお慕いしております。ずっと前から。その怪我。もう痛くありませんか?」
そんな予感はしていた。
十歳の時、炎を魔法のコントロールに失敗して、顔に炎の塊が当たり、焼け焦げた。
酷い痛みで泣いた。
すると見たことがなかった少年が近づいてきて氷の魔法を使って、私の傷を冷やしてくれた。
「大丈夫?痛くない?」
「大丈夫だから。もう痛くないから。それよりもここにいないほうがいい」
王女である私の顔が傷つき、そばに少年にいたとなれば、彼が罪に問われる可能性があった。
私の過ちなのに。
だから、私は彼に逃げるように懇願した。
彼は私があまりにも必死なので、氷をいくつか渡していなくなった。
アンドレアはあの少年と類似していた。
最初からその予感はあった。
だけど、関わってほしくなくて、知らない振りをした。
私の火傷と彼を結び付けてほしくなかったから。
彼が側にいてくれるのは嬉しい。
だけどとても優秀な彼を私の傍に居させるのは本当に申し訳なかった。
だから、ずっと知らない振りをした。
「火傷は私自身が招いたことだ。お前は全く関係ない。むしろ助けてくれてありがとう。あの時、随分痛みが和らいだ」
「……あの時、私がもっと一緒にいて冷やしてあげていれば」
「お前が一緒にいれば、きっと父上はお前に罪を着せる。または責任を取らせるだろう。関係ないのに」
「それでもよかったのです」
「は?」
「マチルダ殿下は私をご存じなかったようですが、私は前から存じあげてました。とても綺麗な方だと見惚れることもありました」
アンドレアは私の背後に立った。
「マチルダ殿下。どうかお顔を見せていただけないでしょうか?」
「見ても面白くないぞ。気分が悪くなるだけだ。お前が綺麗だと言った私はもういない」
「そんなことは」
「じゃあ、見せてやる」
私は振り返り、仮面を取った。
アンドレアが驚いた顔をして、私は可笑しくなった。
「醜いだろう。満足か?」
皮肉な言葉しか出ない自分が嫌いだ。
顔だけではく、心まで醜い。
妹とは全く違う。
「触ってもいいですか?」
「は?」
「触ります」
彼の指が私の爛れた皮膚を這う。
ひやりとして気持ちいい。
「さ、触るな」
私は手を振り払うとすぐに仮面をつけた。
妙な気持ちになった自分が恥ずかしかった。
「アンドレア。やはりお前はもう王都を離れろ。妹のところへ身を寄せろ。もういいだろう」
「マチルダ殿下。もういいだろう、とはどういう意味でしょうか?私はまだ全然満足しておりません。もっと触っても?」
「な、何を言ってるんだ。お前は」
「では明日。また触らせてください」
「ふざけるな」
アンドレアは目を細めて妖艶に微笑み、私は怒りと戸惑いで訳が分からない感情に支配された。
翌日。
正式に私が王都を固める軍の司令官に命じられた。
わずか三百人しか、王都には残っていない。
離反者が多く出たのだ。
斥候が戻ってきて、反乱軍が数時間で到着するいう知らせが届けられ、王は震えて寝室に逃げ込んだ。
王都を離れようとしないだけ、立派だろうか。
「ここまで残ってくれた兵士たち、ありがとう。あと数時間で我々の数倍の兵士が攻めこんでくる。逃げたいものは今、逃げろ。じゃないと巻き込まれて死ぬぞ」
おかしな演説をしている自覚はあった。
私は王を守るためにここにいる。
だけど、兵士たちにも死んでほしくなかった。
妹は父上に可愛がられていた。
けれども妹は、国のために立ち上がることを選んだ。
それはとても立派なことだ。
彼女は光だ。
私は彼女を引き立てる闇になる。
これから起きる戦いは、無意味なものだ。
だが、私は妹が正しかったと証明するために、王を守って死ぬつもりだ。
こんな私に最後まで付き合う義理は兵士達にはない。
妹が治める国で、民を守る兵士になってほしい。
私の演説の後、半数くらいが王宮を去った。
去り際にここで私の首を取ろうしないことは誠実だと思う。
「アンドレア。お前も去れ。十分だ」
「十分?私は全然まだですよ。今日も生き残って、マチルダ殿下に触れるつもりです」
「おお、アンドレア様。いよいよ告白したのですか?」
「やりますなあ」
私が連れてきた部隊全員がまだ残っていた。
「マチルダ殿下。アンドレアだけにお供させるつもりはありませんぞ」
「そう、俺たちはずっと殿下の下で戦ってきたんだ。散る時も一緒だ」
仮面の下で震えが止まらなかった。
涙を必死に堪える。
「……馬鹿だな」
「はは。一番馬鹿なのはマチルダ殿下ですよ」
「不敬だな」
「不敬だぞ。リッカード」
数時間後、反乱軍が王都に侵入、王宮の門を破って入ってきた。
私たちは善戦したが、多勢に無勢。
ついに王の寝室近くまで追い込まれた。
「アンドレア。今だ」
「マチルダ殿下を頼む!」
突然、アンドレアが私に切りかかってきた。
「何を!」
それは反乱軍も混乱したようだった。
裏切りか?
おかしくなって笑いたくなった。
「マチルダ!」
私の炎の剣は彼に氷漬けにされて、折られる。
今まで私の方が強いと思っていたのはすべて幻想だったようだ。
彼の氷の剣が振り下ろされた。
そこで黒い幕が下りてきて、意識が途切れた。
★
「お目覚めですか?」
優しい声が聞こえ、私は違和感に気が付く。
「私の仮面は!」
「必要ないでしょう。そんなもの」
ベッドの側に腰かけているのは、アンドレアだった。
「どういうことだ」
「あなたは私のものです」
「ふざけたことを!」
体を起こそうとしたが、身動きが取れなかった。
「どうせ、言うこと聞かないと思って、拘束しております。マチルダ。あなたは死にました。最後まで王を守ろうと必死に戦い戦死したのです」
「何を言ってる」
「史実にはそう書かれるでしょう」
「他の仲間は!」
「死にました。あなたを私に託して。彼らはこの隊にはいるまで居場所がなかった。家を失い帰る場所がないもの、兵団でつま弾きされてもの、そんな彼らをあなたが隊に入れて、活躍させた。嬉しそうでしたよ。みんな。こうでもしないとあなたは死ぬでしょう?あなたを生かせるために、私たちはこの手段に出たのです」
「意味が分からない」
「仲間の犠牲で、あなたはここにいるのです。ソフィア様もあなたの死を疑わないでしょう。すべてを捨てて、私と二人で生きましょう」
「そんなことできるわけないだろう」
「できますよ。しないといけないのです。それが私たちの願いです。あなたに対しての」
部下だった者たちの最後の顔が浮かぶ。
笑顔だった。
みんな。
「あなたが納得するまで、拘束は解きません。炎でも無理ですよ。封じてますから」
両腕には腕輪がはめられていて、魔法を封じるものだとわかる。
「……なぜ、私を。私は死ぬつもりだった。あそこで死ぬのが私の役目だろう?」
「誰がそれを決めたのです。私はあなたに生きてほしかった。他の者もそうでしょう」
「……私が生きていても仕方がない。もう父上もいないのだろう?」
「あなたが生きていれば、私は嬉しいです。仲間もきっと嬉しいですよ」
アンドレアは微笑みながら、私の爛れた顔を触る。
「やはり美しいですね。仮面で隠すのはもったいない」
「何を言って」
「さあ、今日からじっくり二人で生活しましょう。随分ためこんだ貯金がありますから、しばらくは生活に困りませんし」
アンドレアはおかしい。
なぜ、部下は死んでしまったのか。
私をアンドレアに託して。
こんな奴じゃなかったのに。
「まずは食事しましょうか?食べさせてあげますよ」
私は醜い。妹は美しい。
私は闇で、光である妹を輝かせる存在。
そうだと信じていた。
だけど、醜い私のことを受け入れてくれる人もいて、生きてと望んでくれた。
生き続けてもいいかもしれない。
アンドレアの側で。
(おしまい)