椚ヶ丘中学校3年E組。
落ちこぼれで暗殺者。2つの顔を持つ彼らは今日も終業のベルと共に帰りの支度を整える。
「帰りにカフェ寄って行かない?」
「今日の宿題めんどくせー」
「今日も殺せなかったー」
教室に騒めくお喋りを聞きながら、潮田渚はその人を見た。
「あれ、誰だろう?」
遠目からでも分かるきっちりとした和装の女性。ゆっくりと、しかししっかりとした足取りで、この道の悪い旧校舎へ向かって来る。 近づくにつれ、他のクラスメイトも女性の存在に気づいたようだ。
先程とは違う、見知らぬ女性への警戒が混じる。
「新しい暗殺者かな?」
と渚が発案するも、
「だったらあんな動きにくい和装で堂々と来ないでしょ」
と赤羽業は却下する。
「まぁ、今殺せんせーココナッツアイス食べにベトナム行ってるから居ないしな」
杉野友人も冷静に状況を分析して答えた。
「だったら誰なの……?」
片岡メグが少しずつ近づいて来る女性に疑惑の目を向けた。
徐々に女性の顔がはっきりしていく。どこかで見たことある様な気がした美人だ。 強い意志と揺るぎない信念を秘めた瞳が印象的だった。そんな人、一目見れば覚えるはずなのに、と渚は思う。
ついに女性は昇降口にたどり着く。 入るのかと思いきや、入ってもいいものかとそわそわしている様に見えた。
「何かご用ですか?」
と、そこに黒い影が現れる。E組副担任の烏間惟臣だった。
「そっか、烏間先生がいたね。 良かったぁ」
茅野カエデなホッと無い胸を撫で下ろす間に、2人の会話が進んでいく。
『もしかして、貴方がE組の担任の先生でしょうか?』
「はい。 烏間と申します」
『そう、ですか……』
何やらがっかりした様な表情を浮かべる。それに烏間も気づいたようで、
「なにか?」
と、眉を顰めた。そんな烏間を気にした風でもなく女性は言う。
『いえ、てっきりこちらの担任の先生は……
人外なのでは、と思っていたものですから』
「?!」
驚愕したのは烏間だけではない。 教室で2人の会話を盗み聞きしていたE組の全員の顔に緊張が走る。
女性はにこりと微笑むと続けて言った。
『各省庁には少し伝手がありましてね。 防衛省から少し聞き及んだことによりますと、国が特別性の銃弾とナイフを開発したとか。 武器が開発されるということは、既存の武器では歯が立たないということ。 そこへ月の爆破。 さらにE組への介入。そんなことが出来るのは異形の存在で、それを殺すためE組へ依頼。 教室において一番近くで狙い易い存在と言えば担任です。
故に、ここの担任の先生は人間では無いと踏んだのですが……。 的外れだった様ですね』
申し訳ございません、と女性は頭を下げる。
すぐに踵を返して帰ろうとする女性に烏間は手を伸ばす。
「まっ……」
それより早く、マッハ20の速度でそれは来た。
「お待ちを」
三日月マークが目を引くアカデミックドレス。それを身に纏う黄色い巨体。
「っ、お前!」
ベトナムから戻って来たばかりで、渦中の存在である殺せんせーはなんの躊躇いもなく現れた。焦る烏間を制して続ける。
「烏間先生、この方は全てをご存知です。隠し立ては無意味。 伝手があろうと一国家の機密に自力で辿り着いた。 その方に敬意を表し、私は姿を見せたのです」
当の女性は突如現れた殺せんせーに少なからず驚いた様子を見せた。
『まぁ……!
人外だとは思っておりましたが、まさかこんなお姿だとは……』
「初めましてご婦人。 生徒たちからは『殺せんせー』と呼ばれています。 お察しの通り、このE組の担任を務めております」
胸に触手を当て、礼儀正しく挨拶をする殺せんせー。
『初めまして、殺せんせー。 私は……』
「いえ、貴女ことは一目見て分かりました。
貴女は、
理事長の奥方様ですね?」
「「?!」」
2度目の衝撃だった。烏間もE組の全員が足に根が張ったかの様に動けない。 そんな間にも2人の間には会話が進んでいく。
『えぇ。 その通りです。 主人と息子がお世話になっております』
「わ、若っか……!」
「理事長も十分若いけど、奥さんも相当若いな」
「確かにどことなく浅野くんに似てる……」
ヒソヒソと教室に既視感の正体が広まって行った。
「本日は何かご用でも?」
『いいえ。 ただ、私はこの校舎とも縁がありまして。 久しぶりに眺めるついでに自分の仮説が正しいか、確かめようと思いましたの』
「それはそれは。 事前にご連絡くださればお茶菓子でもご用意しましたものを……」
『こちらこそ手ぶらで申し訳ございません。 そこまでの確証も無かったものですから。 それでも、久しぶりにこの校舎と此処に勤める先生方にお会いできて何よりでした』
「そろそろ?」
『はい。 お暇しようかと思います』
「それは残念です。 理事長とご子息によろしくお伝えください」
『必ず伝えます。 貴方のことは息子には内緒ですけれど』
クスッと笑い、殺せんせーを見上げる。
『私はこの学校の理事も務めておりますので、またお会いできるかと』
「にゅやっ。 そ、それでしたら私の給料もう少しアップしないか理事長に掛け合ってもらえません?!」
更に笑いを深くして答える。
『ふふふっ。 それは貴方の働き次第ですわ、殺せんせー?』
「やはりそうですよねぇ……」
その時、ガヤガヤと昇降口に人の影が増えた。 E組の全員がやって来たのだ。 殺せんせー越しにその存在に気づいて微笑みを向ける。
『皆さん、学秀と仲良く……と言うと違いますね。 けれど、息子と切磋琢磨してくれてありがとうございます。 これからもよろしくお願いしますね』
息子の方と違って毒気のない微笑みに何故か気圧される。
「本当に、浅野……くんのお母さんなんですね。 よく似てらっしゃいます」
クラス委員の磯貝悠馬が全員の心を代弁するかの様に言った。
『あら嬉しい。 あの子は父親似で、私にはあまり似ていないと思っていたものですから』
ふふふと品よく笑う顔は、息子と似ていると皆が思った。
『では、私はそろそろ失礼します』
「お送り出来ずに申し訳ない」
殺せんせーが頭を下げる。
『国家機密ですもの。 当然です。 お気になさらないでください。 ……では』
来た時と同様にゆったりとした足取りで確実に戻って行く。 この道の全てを知っている様だった。
そう言えば、と渚は思う。
(此処に来た理由は、本当に真相の究明だったのかな……?)
あの目にはもっと他の目的があった様な気がしたが、杉野の「帰ろうぜ」の一言で全て霧散して消えた。
山を抜けて舗装された道へ出る。 広がる駐車場に停まる一台の高級車。 そこから出て来る人物に心当たりがあった。
『あら、迎えに来てくださったの?』
「きっと此処だろうと思ったからね」
自身の夫、浅野學峯だと分かっていた。 事前に此処を匂わすメッセージも送っておいた。
「『私たちの始まりの場所』と言ったら此処しかないと思ったよ」
スマートフォンに映るメッセージには『私たちの始まりの場所に行って来ます』の一言のみ。
『相変わらずでしたね、あの校舎は』
山の上を見上げてそう呟く。
「本当に校舎を見に行ったのかい?」
『あら、どういう意味?』
「あの道は慣れていても大変な道のりだ。 特に、草履ではね。 それでも和装であそこに行ったのには意味があったんだろう?」
両手を帯留の前で組んだまま微笑む。 それは肯定を意味するに相応しいものだった。
『……見たかったのです。 あなたやあの子が苦戦を強いている、エンドのE組の皆さんを。 その為には、キチンとした格好でいなくてはでしょう?』
やはりそうかと頷いた理事長は、ゆったりと後部座席のドアを開ける。
「如何だった?」
『とても、強い子たちでした。 そして楽しみです。 彼らと学秀がどんな風にぶつかっていくのか』
バタンとドアが閉まる。 理事長も乗せた車は少しずつスピードを上げて、椚ヶ丘中学校の敷地内から出て行った。