(蒸気帝国の名探偵:本編)https://novelup.plus/story/928589860
蒸気機関が発達した世界線での物語
ロンドン・ニュースの記者グレアム・ヒギンズはアフリカでの取材を終え、飛行船で母国イギリスへの帰路についていた。旅も終わりに近づいた時、グレアムは、ある奇妙な探偵と知り合う。探偵から語られる旅での冒険譚は彼の好奇心を刺激するものだった。スチームパンクの世界を舞台にした19世紀風冒険探偵小説
第二話「飛行船での窃盗事件(後編)」下書き
ボイラーに石炭が焼べられると熱せられた水が水蒸気となり、ピストンを急激に動かした。プロペラの回転速度が上がり、飛行船の速度が上がっていく。
目的地への到着時間の予定に間に合わす為の出力アップだ。船内でのトラブルがなければこんな無駄な石炭消費もなかった事だろう。
船長は、地図を睨みながら船内で起きた盗難事件を苦々しく思う。その隣では航空長が地図を定規で図りながらメモに計算式を書き込んで飛行時間を割り出していた。彼にとってはいつも通りの仕事だが少々完璧主義の傾向がある船長にとっては気に入らない出来事であった。
その頃、客室食堂ではグレアムとクロノスに助けられたが夫妻が談笑を交わしていた。
「少し速度が上がったようですね」
窓の外を見ながらクロノスが言った。
「ほう、分かるものですか? 私にはさっぱりですよ」
夫人の夫が同じく窓を見てそう言った。
「雲の変化の速さは変わっていなのに流れが早くなったように感じます。それはこの飛行船が速度を上げたという事です」
クロノスの説明にグレアムも窓を見たが違いは分からない。きっと些細な変化なのだろう。
「申し遅れましたが、私は貿易商を営むヘンリー・ブラックと申します。家内を助けていただいた事にあらためて感謝いたします」
ブラックはそう言って軽く頭を下げた。
「いえいえ、大した事ではありません。退屈な旅では刺激が必要です。私にはちょっとしたスパイスといったところですよ」
盗人にナイフを向けられて事を"ちょっとしたスパイス"だと形容したクロノスにグレアムはさらに興味を持つ。
この紳士……いや、ミス・クロノスは一体、どんな旅をしてきたのだろうか?
「ところで、先ほどの盗人が隠した奥方様の貴金属の在処に目星がついているという話、聞かせていだだけませんかな?」
グレアムが切り出した。テーブル席に着く前にクロノスがブラック夫人の服の一部が濡れていたことに気付き、盗品の隠し場所に察しがついたとほのめかされたのだ。だが、席に座ってからは関係のなさそうなロンドンの話や、土産物の話をするばかりで肝心の答えは語らずじまいだった。それにしびれを切らしたグレアムがとうとう切り出したのだ。
「そうでしたね。その前に……」
クロノスは通りがかった給仕を呼び止めると、客室長を呼ぶように頼んだ。
客室長はすぐにやってきて神妙な顔つきでクロノスの前に立った。
「わざわざ呼び出し、申し訳けありません」
「とんでもございません。クロノス様、何か重要なお話があるとか? 一体なんでしょうか?」
「さきほど騒ぎを起こした犯罪者の盗んだものは見つかりましたか?」
「それがまだでして……あの者もこれが初犯であって、それまでの盗難品の事は知らないの一点張りなのです」
「彼なら、そう言うでしょうね」
「お知り合いなのですか?」
「いえ、それが彼にとって最善の答えであるからです。現行犯で取り戻した盗品のみでしたら罪状も少しは軽くなりますしね。ですが、私がそんな事はさせませんよ」
クロノスの言っている意味がわからない客室長の顔は神妙なままだ。それはグレアムとブラック夫妻も同じだった。
「お聞きしたいのですが、次の飲料水の補充はどこでなさいますか?」
「終着点のロンドンです」
「給水は船員が行いますか? 蒸気エンジン用の水はそうですが、飲料水は外部業者に任せています」
「飲料水用の樽の中を探してごらんなさい。盗品はその中にある筈ですよ」
「樽の中?」
「そうです。きっと蓋に目立たない印がつけてある筈です。不自然な傷やシミに似せたインクがそうでしょう。とにかく他の樽と比べて少し違和感のあるものです。片っ端から開けるのもいいが労力もかかりますからね」
「わ、わかりました」
「探すのは信頼する人たちだけでおこなってください。そして盗品を見つけてもしばらくは内密に」
奇妙な指示だったが客室長はそれに従う事にする。そして言われた通り信頼のおける乗組員と一緒に倉庫に向かった。
クロノスたちはそのままテーブル席に残り、談笑を続けた。
「しかし、本当なのですか? 先ほどのことは」
「どうでしょう? 物事、何事も5割ですからね」
5割? それは、当たるか外れるかということじゃないのか?
呆れるグレアムを気にせずにクロノスはクッキーを手につまむ。
「この味は好きです。良い菓子職人が焼いたものだ」
そう嬉しそうに言う。
「あの、ミス・クロノス。先ほどの説明にいたるには何らかの根拠がある筈ですよね。それをお聞かせ願えればうれしいのですが」
「些細な事です。まず、あの盗人は服の袖を濡らしていた。飛行中の空の上だというのにです。では船内のどこで濡らしたのか? 水がある場所といえば?」
「調理場ですか? それと機関室……あとは給仕場でもあるかもしれないですが」
「三等客室の乗客が立ち寄れる場所は限られていますね。その中でも人目につきにくいのは飲料水の樽の保管場所でしょう」
「そうか、盗品を樽の中に隠したのか」
「空のものではなく、水がまだ入った方でしょうね。貴金属が盗まれて紙幣が盗まれなかったのは水の中に沈めるつもりだからですよ」
「確かにいい隠し場所かもしれないな」
そこへ客室長が慌てて戻ってきた。
「ありました! ミス・クロノス。確かに盗品が樽の中にありました。奴め、水の残った樽の中に革袋に詰めて沈めてやがった」
ブラック夫妻は顔を見合わせた。
「それはよかった。では、この事は先ほど言いましたとおりしばらく内密にしてください」
「はい。言われたとおりに」
「それから、この飛行船が到着すれば補給作業に入ると思いますが、飲料水の補給を行う業者の作業員を全員引き留めてください。きっと盗人の仲間が紛れていいるはずです。警察が来たら事情を話して全員の取り調べをさせてください」
「警察が私たちの話を聞いてくれるでしょうか? すべては憶測ですし」
「その点は大丈夫。なんだったら私の名前を出してくれれもいい。ロンドン警視庁には少なからず貸しがあるので協力的になってくれるでしょう」
「はあ……そうですか」
客室長は半信半疑といった表情で話を聞いていたが、目の前の探偵の事ばにはどこか説得力もある。だが全ては憶測であり、彼の責任の範疇を越えているような気もしていた
「それとこれをお読みください。後で船長にもお渡し願えると助かります」
そう言うとクロノスは内ポケットから茶封筒を取り出すと客室長に渡した。
彼はそれに目を通すと急に顔つきが変わる。
「わかりました。さっそく手配いたします」
客室長は、覇気のある声でそう言うとその場を離れた。
「随分と自信がおありのようですね」
グレアムが尋ねた。
「ええ、まあ。それが効率的に盗品を運び出せる方法ですからね。乗客の荷物に隠すよりずっとばれにくい。それに実を申しますと……」
クロノスが悪戯っぽい微笑みを見せる。
「この飛行船の運営会社からの依頼で連続する盗難事件を調査していました。先ほど客室長に渡したのは会社からの依頼状です」
クロノスは平然とそう言った。
「一連の推理は、急に思いついたことではなく、これまでの調査で導き出した結論なのです。おそらくこれは組織的な犯罪です。各地の給水場で補給作業を行く度にそこまでで集めた盗品を樽に入れて持ち出していたのでしょう。補給を行う外部業者は各地元の会社がしていましたので、行く先々の作業員の中に盗人が仲間を紛れ込ませて盗品の回収をしてたのでしょうね」
「私たちが思ったより規模が大きい犯罪行為ですな」
グレアムが言った。
「ええ、シンジケートのようなものが存在しているのでしょう。もちろん段取りの規模からすれば採算がとれなそうですが、きっとこれ以外の犯罪も並行して行っているはずです。グレアムさん、私は先ほど推理の精度について5割ほどだと控えめに言いましたが、実のところ私の見立てでは9割の推理精度なのです」
話を聞いていたブラックが会話に割り込んだ。
「植民地間にまたがる犯罪を取り仕切る組織があるのではないか、という噂は貿易商の私の耳にも入っています。でも、まさか自分も被害にあうとは思ってもみませんでした」
「彼らにとって犯罪はビジネスです、ブラックさん、あなたが商売の為に知恵を絞ったり、取り引きするように、彼らも知恵を絞り、仕組みを作り出すのです」
そう自信ありげに語るクロノスの言葉にグレアムは心の中で驚きの声を上げていた。もちろん顔に出さないように必死に我慢してだ。
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グレアムは密かにそう思った。
その時、コーヒーの良い革織が漂ってくる。
ミスターブラックが注文したものだ。
「よい香りですね」
「そのとおりです。今年は各地が豊作で、豆の質も良いらしい。フランス領にオランダ領。アフリカや南米でもね」
「それはいいですね」
「それがそうも言っていられないのですよ」
ブラックの答えにグレアムが小首をかしげる。
「豊作過ぎて在庫がだぶつき始めています。このままではコーヒー豆の価格が暴落してしまう。貿易商としては今後の取り扱いを少し考えなければなりません」
「ああ、そういう事ですか。市場というものがある限り、豊作が常に良い事だといは一概に言えませんね。必ずしも農園が報われるとは限らない」
横で話を聞いていたクロノスが口を挟む。
「それも近いうちに解消されるかもしれないですよ」
「どういう事ですか?」
「全面的な解消とはいきませんが、だぶついたコーヒー豆の在庫をなんとかできる方法があるのですよ」
「それはぜひお聞きしたいですね」
興味をそそられたのかブラックが身を乗り出した。それはグレアムも同じであった。
こうしてクロノスの旅の話が語られ始めるのだった。
第三話「粉末コーヒーの製法(仮)」
コーヒーの話題をきっかけに切り出したクロノスの話にテーブル席の三人は興味深く耳を傾けた。
「私は北欧のある食品会社からの依頼をされましてね。コーヒーを長期に保存する為のある製法を取り戻す仕事を受けたのです」
「そんな製法があるのですか?」
「まだ公になっていないものです。製品としても市場には出回っていません」
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スチームパンクミステリー「蒸気帝国の名探偵」第2話下書き
初公開日: 2025年09月14日
最終更新日: 2025年09月15日
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