※完成させました
光で描いた嘘の先
「お前らだけでいいだろ、なんで俺が写真なんか」
「よかやんか、特別にタダで撮ってくれるて言いよんさっし」
「あい。それとも伊東はんには――なにか写真に映りたくない理由でもありんすか?」
最近、サガに出来たばかりのハイカラな洋風建築の写真館。
その撮影所で、伊東らは静かに押し問答をしていた。
*
「そちらの別嬪さんに、一枚お願いできんでしょうか」
先刻、閑古鳥が鳴く写真屋の店先に飾りたい、と店主にゆうぎりが請われているのを、伊東は他人事として聞いていたはずなのだが。
「写真は庶民にはまだ馴染みのなかもんやし、写真自体によか印象をもたん人も多かけんが……思わず家に飾りとうなるのを、是非撮らしてください」
「それなら……男女並んでた方が宣伝になるんじゃないか?」
"賑やかな家族写真"を撮るのもいいなってことで、と伊東はいつものように、喜一とゆうぎりの仲を囃したつもりだったのだが――口は災いの元で、なぜか伊東までもが、このやたらと明るい場所に連れ出されてしまった。
「伊東がおらな始まらんやろ」
「なんでだよ」
「あのー、そろそろよかでしょうか」
「ほらぁ、待たせたらいかんて」
「ったく……」
伊東はムッツリと顔をしかめ、一応前を向く。花魁はともかく、監視対象と仲良く並んで写真に残るなんて、勘弁して欲しい。どんな顔したらいいんだ、と不満げな表情が隠せない伊東に、店主が困ったように言う。
「そのー、こっちのお兄さんはもう少し自然にしてもらえると。一分くらいはかかりますんで、そがん力むと表情がもたんです」
「……あ、まさかお前、写真に魂抜かれるて思って緊張しとるとか?」
「ねぇよ!」
そんな巷説、本気で信じているわけがないだろう。伊東は立場が立場だから、人の記憶にわざわざ残るようなことを、あえてする理由がないだけだ。
――なのに。
「しょんなかなぁ、ほら」
喜一は何を思ったのか、おもむろに伊東の左の手を取ると、ぎゅっとそのまま握りしめた。
「はぁっ……!?」
「俺がこうして、魂取られたりせんよう、ちゃんとつかまえとってやるけん」
怖くない怖くない、とまるで幼子相手のような物言いをされ、伊東は鼻白む。
「なっなに……」
何やってるんだこのバカ。早く離せ、というはずが、伊東は咄嗟に言葉が出てこなかった。
「すぐ終わるけん大丈夫さ」
ニヤニヤ、と喜一はいたずらっぽく笑う。こいつ、分かっててやってるな。
前の椅子に座すゆうぎりも、珍しく肩を揺らしてクスクスと笑っている。
「だから違ぇって!」
いいからほら、と喜一はさらに握る手に力を込める。どうやら伊東が逃げ出さないよう、捕まえているつもりらしいが。
随分となめられたものだ。喜一程度の腕力、伊東が振りほどこうと思えば簡単に振りほどける。
「……」
振りほどけるが、今さら同じ問答を繰り返す気力はなかった。
――せっかく、好いた女との記念を残す機会なのに、バカなやつだ。
「お。観念したな?」
「……はぁ」
伊東は頭上をふり仰ぐ。透明な硝子窓からは、午後の日差しが際限なく降り注いでくる。
光が熱い。照らされる頬も熱い。視界が眩しい。喜一が手を離す気配はない。
掴まれた自分の手も、喜一の手も、とにかく、全部――熱い。
「大丈夫さ、手は写らんけん。恥ずかしがらんでも」
ひそひそ、とわざとらしく喜一は囁く。振り返りはしないものの、ゆつぎりも明らかに面白がっている気配がする。
「ああもう、分かったって――」
店主からは事前に、撮影中は良いというまで手足はもちろん、眉ひとつ動かさないように、と言い渡されている。
注がれる光が、とにかく熱い――こんな火に炙られるような状況でじっと平静を保つなんて、そんなこと出来るか。
伊東は勢いよく喜一の手を振りほどくと、これでいいだろ、と大人しく前を向いた。
「……じゃあ、いきまーす」
伊東の目線の先には、仰々しい四角い箱がある。
その蓋が閉ざされるまで、袖の下に隠した左手が、ずっとムズムズとくすぐったかった。
*
「写真は西洋語でふぉと、がらふ(Photo-graph)といいまして。"光で描く"という意味だそうですよ」
撮影後、すぐさま暗室に引っ込んだ店主に代わって、洋装の婦人が三人に珈琲を振る舞ってくれた。
今は、撮った写真を写真にするための、現像とやらをしているらしい。
「私も詳しくはないのですが、レンズを通して集めた光の強弱を、板に焼き付けるのだとか」
暇潰しに、とめくって見せてくれた写真の技法書の図版を、喜一とゆうぎりは興味深そうに眺めているが、学問に馴染みのない伊東は、小難しいを理屈を聞いても理解できない。
――光で描く、ねぇ。
手持ちぶさたで振り返ると、先ほど自分たちが立っていた撮影場所には、燦々と日が射している。
――光で描く。
――光が、描く。
だからあんな大きな天窓が要るのか、と、思う。
小洒落た外観が金持ちの道楽じゃなく、実益を兼ねているのは分かったが、光が絵の具代わりになる理由とは上手く結び付かない。
「理論上、光さえあれば月夜でもよかとですがね。途中で動くと、絵がどんどん重なってしまうもんで」
暗室の中から、婦人の言葉を補足する店主の声が聞こえた。
じっとしてられる時間を考えるなら、真っ昼間の晴天じゃないと撮影は難しい、と。
――つまり写真に残せるのは、一日のなかでも一際明るく日の当たる場所。
そんな限られたところしか写せないくせに、何が"真(まこと)を写す"だ、と伊東は心のなかで悪態をついた。
「さて、そろそろよかかな……はい、無事にできましたよ」
店主は暗幕からぬっと顔を出すと、手のひら大の透明な板を、三人に差し出した。
「おおー、印刷されたとは見たことあるばってん、すごかなぁ!」
「よくこんな小さな板切れに、寸分違わずわっちら三人が収まってしまいんすな」
「……へえ」
伊東も、しげしげと陰影の焼き付いた板を眺める。さっきの自分たちは、他人からはこう見えていたのか、と。
中央で椅子に腰かけるゆうぎりの後ろで、喜一が少し得意気に腰に手をあてて立っている。
やっぱり、この二人だけでいいだろ、と伊東は思う。そうすれば、婚姻前の男女の記念撮影、といった風情なのに。
端の伊東は完全に邪魔者だ。どういう気持ちでお前はそこに立ってるんだよと、伊東は思わず写真の伊東に語りかけてしまった。
――そもそも俺って、こんな顔してるか?
腕を組み、口許にうっすらと微笑浮かべている男。誰だお前、と言いたくなるくらい、穏やかな顔をしている。
見れば見るほど、妙な気分だ。
伊東は実は、本心では写真というものを、少し不気味だと思っていた。喜一にからかわれた手前ああは言ったものの、やはり近くで見ると気味が悪い。
自分に瓜二つだが、決してない本人ではない精巧な絵。
仮に、この板を割り折って、身体を裁断したら――本体になんの影響もないはずなのに、想像だけで気分が悪くなるのは、自分の何かがここに持っていかれているからではないのだろうか。
「皆さん、本当によか表情ばしんさる。我が腕ば褒めるようでアレですが、こいは大層よか出来です」
これなら道行く人も思わず足を止めるだろう、と店主は満足げだが、伊東はやっぱりこれを人目にさらすのは止めて欲しい、と思う。
本当ならば実在しない伊東の"友人の顔"。
こんな風にガラスの板に焼き付けられて、それがあたかも真実のように残され続けたら。
――後の世の人は、伊東をいったい喜一の何と判じるのだろう。
親しげに笑い、さぞ気心の知れた仲だったのだろうねと、微笑ましく語られるようなことがあるとしたら。
――想像するだけで、背中がかゆい。
光の下に囚われたこの虚像が、やがて真実にすりかわってしまうなんて。
伊東の本体は人知れず、薄暗い世界で、誰に看取られることなく死んでいくに違いないというのに。
――光で描く。
――いや、光がある所しか、描けない。
ふと、伊東は喜一と初めて会った路地裏を思い出した。
天下の往来で堂々と夢を語っていた喜一。それを路地裏からしのびよって、消そうとしていた自分。
生きる世界が違う二人が、違うからこそ出会ってしまって――伊東はこうして、喜一にまんまと陽の下に連れ出されてしまった。
――伊東がおらな、始まらんやろ?
――俺がつかまえとってやる。
日向の中に袖引かれ、逃がさない、としっかり手まで握られて。
――もう、とっくの昔に、捕まってんだ。
いっとき喜一に掴まれた己の手の甲に、無意識に唇を寄せた。光は熱だ。熱は光の余韻だ。
出会ってからずっと、あの光が伊東をとらえて離さない。
落とした視線の先で、再び写真の伊東と目が合う。
満足そうな顔で微笑んでいるそいつと、今の自分は、きっと――同じ顔をしている。
例によってのクソ雑ラフ
姐さんもいるんだけど画面入らなかったな
義和団の連合軍の写真で、日本兵がなぜか隣の英国兵にお手々を繋がれてるやつがありますが、あれ(ソースは確認できないけど)一説では魂を抜かれるから写真は嫌だと拒否ったためらしいので……
つまり、事変よりもさらに後年になっても、日本人には大真面目に写真を忌避する感情は根深くあったってわけで、伊東が嫌がるのも割と自然な反応なわけで(伊東のは密偵だからって理由なんだろうけど)
……となんかそれっぽいことを言ってるけど、要は喜一から子供扱いされる伊東がヘキで、「迷信」で片付ける喜一の理系感もヘキっていう。
学校いってなさそうだけど物理とか一通りさらってて欲しい。
喜一くんはあんな感情で動いてそうなのに物事を考えるのは論理的なのが良い
(あの時代に民権や平等思想を求めるところに知識人としての素養があるという夢を見ている)
あと普通に事変の顛末のモデルが島義勇と江藤新平な気がするんだよな
時代が少しズレてて、この国をどうにかせねば、って真剣に考えてたら喜一だって死を覚悟して脱藩する勢いある人種だと思っている
特に斬首刑改正に言及されてるあたり、姐さんはもちろんだけど、司法制度を作った人物が廃止されたはずの刑罰を受けた部分への意趣返し的なのを感じなくもない
いま佐賀の"乱"じゃなくて攻撃に応戦した対等な戦争だった的な名誉回復のシンポジウムとかあってるし...
閑話休題