【ざっくり構成を考える】
テーマ 名前のない草はない→名前の大切さを実感する喜一→佐賀が無くなり徐福が不調→名前がなくなればそこに生きてた人々の歴史も何もかも、やがては喜一が引きちぎり踏みつけた雑草と同じものになる→佐賀の名前を取り戻す意味を重ねる
表の話 薬草園を取り戻すため喜一が頑張り、次は佐賀を取り戻すため頑張る決意をするまでの過去話
裏の話 肩身の狭い居候だった喜一が徐福と打ち解けて家族になって「俺はじいちゃんを、佐賀を見捨ててやらない」と幸太郎に通じる執念や強い信念を見せる話&
人の生死を超越して達観してる徐福が、喜一を拾ったことで人の強さ弱さを思い出し、養い子として愛情を注いで導く→拾った当初は情が湧いたら面倒だから、おいガキ、とかお前、としか呼んでなかったが褒めてやるときに「喜一」と初めて名前を呼ぶ話
佐賀の状態:維新の元勲が多数排出されているが、呪いは健在で明治政府は佐賀の発展を阻もうとする
?そもそも佐賀って名前でまとまってなくない?唐津の人間、現代に至るまで佐賀出身て名乗らんぞ?てか短いけど伊万里県だった時代もあるぞ?
→行政上の名前に意味があるわけではない
明治は外国を意識しはじめ、移動手段が発達した時代
これまで人々は自分の足で行ける範囲が生きる世界の全てという者も多いためアイデンティティは「○○藩(国)の人間」だった
佐賀の人間はもちろん自分は佐賀の人間と思ってた
県境となる石や印は結界的なもので、徐福の術的なものを強固にしていた
しかし、次第に「日本人」という認識に変わっていく(ナショナリズムの芽生え)ことから、徐福を支えていたモノがただでさえもろくなっていく流れになってた時代
県名が最後の縁なのに、それを奪われれば徐福の命の存続は怪しい
本編時点の徐福の発言など
→総合すると、積極的に介入はしない(できない)が、喜一の働きで佐賀が取り戻される可能性はゼロではないと感じている
・喜一には、情熱や信念があると認めてる
・武器を集める相談を喜一抜きでしている藩士たちに、雲行きが怪しくなることは看破してる。
・ゆうぎりに、喜一が走り回っても佐賀の定めは変わらないというのか、問われ、なるようにしかならない、人の世は人の力でしか動かせない(自分が積極的に干渉する気はない)といってる
・どちらにしろ、今の自分は弱っていて力を貸せない
?「佐賀は俺、俺は佐賀」
(若干意識が朦朧としてる?それともゆうぎりの存在がこれからのサガの運命を大きく動かすのを察知してテンション上がってる?)
?「(ここ何年かで急に)俺に昔の力があれば死者を甦らせるなんて朝飯前だ(なんて言い始めたり)」←マジでこれ、どんな文脈で言うた台詞なの?喜一くんが、ゆうぎりの旦那が急逝した話でもしたん?
○「(士族がまた再蜂起しようとしてる)これを招いたのも喜一。佐賀が消えたら自分の存在も残ることはない」
○「(状況悪化していても喜一に)天運はある。いまでも喜一の頭上に佐賀を取り戻す運命の星が見える。でも貸してやれる力は今の自分にはない」
起(なるべく短く) 薬草園を台無しにしてしまい、自分は穀潰しで迷惑だから、とこっそり出ていこうとする喜一
☆喜一の間違い:何かしら役に立たないと自分はここにいてはいけない。子どもが無条件に愛して養ってもらえるのは、相手が親だから、家族だから。"人に迷惑をかけてはいけない"という強い思い込み
※かなりどんくさいので、お前がいるとこっちが不利になる、って遊び仲間にいれてもらえなかったりした。チームに貢献しないとメンバーとして在籍する資格がないと思ってる→成長後もそこはあまり変わってないから、本来引っ張る立場なのに同志たちの顔色をうかがい、活動の方向性がふらつき始め、やがて年長者に組織を乗っ取られる形になる
(それでもなお、口でなだめるだけで独りでどうにかしようとして後手に回って事態の悪化を招いた。誰かに助力を願ったり相談が出きればおそらく最悪の事態は防げたかもしれないけど、伊東やゆうぎりには合わせる顔がなかったのかも?
特に、伊東からは戦になる、と再三忠告されてきたから「ほら見たことかこのバカ」と愛想つかされる……となってしまったかもしれない))
☆
承 徐福に出ていく前に責任を果たせと言われ、引き抜いてしまった薬草を集めることになる
途中までは順調だがひとつだけ見つからないまま数年が経過する
役目を完遂してしまえばここにいる理由がなくなる、と喜一は少し探すのに後ろ向きになってる自覚がある
徐福も早く見つけろ、とは言わない
(そもそも、徐福は本当に喜一がやり遂げるとは思ってないし期待もしてない。遠慮して家を出ようとするのを上手いこと止めてやっただけ)
かつては余計な仕事を増やすからなにもするなといわれてた喜一も、今は平気で用事を言いつけられるようになってる
喜一は不器用なりに家事などを覚えて徐福の世話もできるようになっており、寝ながら食うなとか、酒の飲み過ぎはよくない、とか、いっちょまえに小言いうようにもなる
養われてる負い目が薄くなって、居候から家族になってる証拠
(※ちなみに見つからないのは不老不死の妙薬になるという金立の"フロフキ"(カンアオイ))
☆佐賀が三潴になり、徐福の具合が突然悪くなる
髪の毛がごっそり抜けて急に老け込んだ徐福に顔面蒼白になる喜一
庭から色々とってきて、薬湯を煎じる
昔、喜一が熱を出したときに徐福が飲ませてくれたやつ
成長を感じる徐福
やるじゃねぇか、と珍しくストレートに褒められた喜一は嬉しそうだが、次の瞬間奈落に叩き落とされる
庭はもうほとんど元通りだから、お前にはそろそろ出ていってもらわねぇと、という徐福
それだけ薬学の知識があれば、今からでも鳥栖辺りの薬師にでも弟子入りして身を立てられるだろ、と言われる
さすがになんの生きる術ももたないガキそのまま放り出すのは寝覚めが悪かったからな、ようやく肩の荷が下りた、という徐福に、喜一は返す言葉がなくてうつむく
もう十分面倒はみてやっただろ、といわれるとここに置いてくれとはいえない
頭を下げ、いわれた通り姿を消した喜一に、徐福は喜一を拾ったときのことを思い返す
徐福の命はサガの人々の生命力に紐付けられている
活気があれば健康になるし、寂れて人心が荒めば不調になるし、災害や疫病で人々の命が失われたらその分だけ苦痛が襲う
サガ戦争はひどかった
征伐に来た鎮台は中央政府の人間だけではなく、敵も味方もサガの人間が多くいた
同じサガの名のもとに同郷のはずの人間までも殺し合い、やがてサガは朝敵の汚名と罪を着せられ、大多数のサガ県民の矜持は叩きおられ、今やその名前には負の感情がつきまとうまでに呪われた
自分はサガの人間だ、という自認を人々が失くせば、徐福の生命を維持しているものも同様に失われる
焼け跡のなかに、光を失ったような目をしてただ座りこむ喜一をみて、徐福はサガに生まれたばかりにこんなひどい目に遭う幼い命を哀れんだ
幾千年生きてきた中で、星の数ほど儚く死んでいく子どもを見てきた
この目の前の子どもひとり生きながらえさせてどうする、と冷めた気持ちもある
しかし幼い命が根付かぬ土地に未来はない
色々と超越している徐福にとっても、子どもはやはり無条件に宝であり命綱でもあった
声をかけても意識が混濁しているのか、要領をえない答えしか返ってこない
ただ、「何もなくなったけど、明日になったら、誰かが迎えにきてくれるかもしれない」といった
まだ分からない、諦めない、と
父がもしこの惨状を見たら、喜一が死んでるとしか思わないだろう
だから待っててやりたい
たとえ骸になってもここで待っててやりたい、おれには他になんも出来ん、という覚悟を決めた顔
徐福はこういう人間がいる限り自分の命は続くかもしれないなと思う
迎えが来るとしたらきっと冥土からだろう、と徐福はのたまい、それよりもまだお前に出来ることはある、生きろ、と徐福は喜一の手を引いた
それから数年、人と生きるのは久しぶりだった
ちょっと目を離した隙に、喜一は図鑑を暗記して、教えたことを吸収し、家事も覚えて生意気をいうようになった
枕元には人の気配
喜一が戻ってきていた
どこから見つけたのか、手にはフロフキ
俺は諦めない、絶対にやり遂げる、という喜一を、よくやったと褒めてやる徐福
喜一は、もっと役に立つから、ここに置いて欲しいと泣くが、役に立つから置いてたわけじゃねぇよと頭を撫でてやる
喜一ひとり救ったところで意味はない
哀れむべき子どもは他にもたくさんいる
けれど、喜一は己の役目に殉じる覚悟をした
諦めなかった
それこそが運命をたぐりよせたといえる
もう自分はそう永くないから出ていけ、ここにいても未来はない、と言うと、喜一は嫌だ!!!!と声をあげて泣く
もう失くすのは嫌だ、もう家族が死ぬなんて嫌だ、そんなの認めない、そんなの絶対に認めない、と泣いて泣いて徐福にすがり付いたままテコでも動こうとしない喜一
おそろしい程の執着
身よりのない子どもが保護者にすがるのは必然だろう、それしか生きる術がないのたから
しかし、喜一は徐福が骨と皮だけになり、消滅したとて枕元に居座り続ける気がした
徐福はため息まじりに「だったらサガを取り戻せ」と新たな道を示す
佐賀を取り戻す?となるが、すぐにわかった、とうなずく
俺は諦めんよ、諦めんやったから、あの夜じいちゃんに会えたんやけんが、じいちゃんはうっかり俺ば拾ってしもうたかもしれんけど、俺はじいちゃんのこと、サガのこと、絶対見捨てやらん、と笑う喜一
ああ、こういう投げ出せない性分の人間がきっと、人より格段に重いものを背負うことになるんだろうな、と思う徐福
結 (1カンデラの星の酔っておんぶされてるシーンの喜一視点として)
伊東に「失われた名前なんて取り戻しても……」といわれる
十五すぎて「保護者が死んでしまうのが嫌だから」は締まらない気がして上手く言えない
そんな子どもじみた話を信じてるのか、と笑われるだけだろうから
それでも取り戻したいんだ、それが俺の生きる道だから、と幼い日々を思い返すのだった
/本当はこっちを導入にもっていきたいけど、そうなると本編開始時点で伊東が喜一のサガや徐福への強い想いを理解してないところに矛盾が生じる気がするので断念。※伊東ならここらへんのエピソードトーク聞いてたら、もう少し喜一の活動に理解を示す発言をしていた気がするし、「そんなにあのじいさん助けたいなら、それこそ医者とかさ」みたいな発言内容が自然になると考える。
ゆうぎりと会うまで喜一の活動は「とにかく佐賀県復活を」としか表現されておらず、伊東からすると「意味のわからん情熱でやってるけど、一応見張りは必要(サガに思い入れの強い家族(徐福)がこれ以上気落ちしないように頑張ってるんだろうか、くらいの理解)」しかできてないんじゃないか?
伊東と喜一は最後までこの点についてはすれ違って分かり合えていなかったので……悲しいね……
(伊東は喜一の命の心配してんのに「サガはまだなにも始まってない」と返ってくるんだものな……「俺はお前の話をしてんだよなんでわからねぇんだよ!!!」となっただろうな……悲しいくらい噛み合ってねぇ……)/
★
「お前は今後一切なにもするな。余計な仕事が増えるだけだ」
骨ばった老人の手が、かすかに震えていた。そこに握られているのは、無惨に引きちぎられた葉や、根を露にした草の山。
その背後でうつむく少年の小さな手が、よかれと思って引き抜いてしまった"雑草"の残骸だ。
「その、お爺さんいつも、腰痛そうやなって思ったから、草むしりなら代われると思って……」
「勝手なことするんじゃねぇ。こいつらは俺が集めて植え替えて、手塩に掛けてきたやつなんだよ」
はぁ、という重いため息が、袴姿の痩せた少年――喜一の胸をグサリと刺した。
眉根を寄せた老爺は、喜一の顔を見ようともしない。
時節は桜も盛りを終えて、ポカポカと昼日中の陽気が心地よく感じられる、春光の候を迎えていたが――場の空気は重く、寒々しい。
「おれ、なんも知らんで、ごめんなさい…… 」
喜一はぎゅっと自分の袴を握りしめる。落とした視線の先には草の葉が散らばっている。無知な喜一が、無情に引きちぎってしまった老爺の収集物だ。
――余計なことをして。
よかれと思ってやったのに。恥ずかしいやら情けないやらで、喜一はなにに対してかわからない涙がこぼれそうになるのを懸命にこらえる。泣きたいのはむしろ、老爺の方だろうに、と。
「お前は部屋で大人しくしてろ。まだ気ぃ抜いたらすぐ熱出すだろうが」
「で、でも!おれ、タダで置いてもらっとるとに、世話ばっかさせとったらいかんて思うし……」
「ガキの手伝いなんか最初から当てにしてねぇよ」
いいからもう戻れ、と母屋をゆびさされてしまえば喜一は反論できない。
――役立たず、穀潰し、厄介者。
自分で自分を罵倒する言葉なら、こんなにスルスルと出てくるのに。喜一はとぼとぼと庵に続く庭石を辿りながら、ぐい、と着物の袖で目元を拭う。
――泣いたらいかん。
喜一は数えで十になる。もう叱られてワンワン泣くような歳じゃない。それ以前に、叱ってもらえてすらいないのだ。
――せめて、また寝込まんようにせんと。
喜一は元々そういう体質なのか、すぐにのぼせて熱を出した。特に、ここに来てからの一月はひどくて、老爺は喜一が寝込む度に薬湯を煎じてくれた。それがまた、子どもの舌には許容しがたいほど苦くて臭くて、正直その時ばかりは逃げ出してしまいたい気分になるが――老爺の方こそ、こんな手のかかる子どもなんて拾うんじゃなかった、と後悔しているに違いない。
――今日のはさすがに、追い出されるかもしれん。
喜一は、自分が拾われてからこれまでを振り返る。
ちょうど二月くらい前、この地で大きな戦があった。軍の進路上に位置していた喜一の村は、一夜にして焼け野原になった。
父が従軍していた喜一は他に頼れる者もおらず、焼け跡から街を目指してさ迷い歩いた。
そして、各地に残る戦の傷痕や、嫌なものをたくさん見て、聞いて――最後は、故郷だった荒野に一人戻って、うずくまっていた。
食べるものも着るものもない厳冬の風に晒されて、喜一はかすみ始めた目をこすっては、父が迎えに来てくれるのを待つことしかできなかった。
「俺に見つかるなんざ――運がいいのか悪いのか」
そこに、突如人影が現れた。
「ちち、うえ……?」
「残念だが、違うな。喚べってんなら喚んでやってもいいが」
空腹や疲労で意識が朦朧としていた喜一は、その時のことをハッキリとは覚えてはいない。
ただ、老爺は何を思ったのか、泥で汚れた喜一の手を引くと、何もいわずにこの庵に連れてきてくれた。
寒空の下たった一人、もはや涙も枯れかけていた喜一に、温かい飯と寝床と泣ける場所をくれた恩人。
どうすれば、この恩に報いられるのだろう。
拾われて以降、お世辞にも愛想がいいとは言えない老爺の顔色をうかがいながら、喜一は喜一なりに出来ることをずっと探しているのだが――喜一ときたら本当に不器用で、炊事をすれば鍋を焦がし、洗濯をすればかえって汚して、なにひとつ役に立ったためしがない。
今日に至っては、気を利かせたつもりが壊滅的な失敗をして空回り。
――もう、追い出されても仕方んなかよな。
むしろ、よく今日まで見ず知らずの自分を黙って置いていてくれたな、と喜一は思う。
拾われたときの自分が、見るも無惨に衰弱していたのは確かだが、だからといって甘えていいほど余裕のある暮らし向きとも思えない。
もう十分面倒はみたから出ていけ、と言われても、仕方ない。
――これ以上、迷惑はかけられん。
よし、と喜一は気合いを入れるように己の頬を叩き、与えられた自室の整理にかかる――といっても、筆硯も着替えも物入れも、与えられたものだ。
着の身着のまま逃げてきた喜一は、今すぐにでも荷物をまとめて出ていけてしまう。
あと必要なのは、行き先だけだ。
――ここを出たとして、どこに行こう。
喜一は、大仰に腕を組んでみる。それは思案顔の父がよくやっていた仕草で、ふっと虚しさと切なさが胸に去来する。
懐かしい、家に帰りたい。
決して贅沢な暮らしではなかったけれど、温かい家と家族がいるあの日々に戻りたい。
――でも、帰る場所はもうなか。
住んでいた村は瓦礫の山だ。それを認めたくなくて、その瓦礫の中に踞り続けた喜一は、嫌というほどそれを知っている。
喜一は、どうあっても郷里以外に生きる場所を見つけねばならない。
しかし、実のところ、喜一は自分がサガのどのあたりにいるのかすらよく分かっていない。街まで歩いていけるだろうか。
あてなく飛び出した先に、生きていく道があるだろうか。
――できるかどうかやない。やるんや。
幸い、喜一は読み書き算術ができる。下働きとして置いてもらえる店屋が見つかるかもしれない。この不器用さでは、一両日で叩き出されるかもしれないが。
「……おい、何してんだ」
うーん、と唸りながら部屋のすみに丸まっている喜一の背に、老爺の声が降ってくる。気がつけば日は落ちかけており、夕日が座敷の奥までを赤く染めていた。
「え、と。ここらへんの地図とかってありますか」
「どうすんだ、そんなもん」
「その、ここからお城のあたりまで、どんなもんかなぁって」
ちょっと気になって、と目をそらしながら、喜一はざんばらに下ろした髪を、誤魔化すようにくるくると指で弄ぶ。
「……地図、ねぇ」
ちら、と老爺の眼が、文机の下に押し込めた風呂敷包みをとらえたのが、気配で分かる。何か言われるかな、と喜一は上目使いで皺の深い顔をうかがってみるが、逆光でよく見えない。
「東西南北がわかる程度の大雑把なのが、あるにはあるが……ま、飯の後にしとけ」
「じゃあ、おれ火ぃ起こします!あ、それとも、水汲んでくる、とか」
「いい。お前は……ああ、そうだな。裏から薪取ってこい」
「はい!」
喜一は勢いよく腰をあげると、バタバタと勝手口の方へと駆けていく。
「お前、斧には絶対触るんじゃねぇぞ。足りなかったら庭の枝集め――って聞いちゃいねぇ」
老爺が用事を言いつけてやれば、いつもやたらと張り切る。危なっかしい小さな背を見送ると、やれやれ、と苦笑を漏らした。
「これが、地図?」
「地図みてぇなもんだ。これからのお前のな」
どういうことだろう、と首を傾げる喜一に、老爺は手元の帳面をめくって見せる。
「お前、字は読めるんだな?」
「はい!」
できないことだらけの喜一だが、座学は得意だった。人並みに褒められたこともある、と思わず身を乗り出す。
「偉か先生のとこで、一通り習ったけんが!礼記とか、論語の素読も。し、いわく、まなびてときにこれをならう――」
「亦た楽しからずや、ってか。いっちょまえに雀が囀ずりやがる」
じゃあこの意味も分かるな、と老爺はとある一節を諳じる。
「子曰く、過ちて改めざる、是れを過ちと謂う」
「……失敗して、それをやり直さんとを、失敗っていう……?」
なんとなく、引用された意図を察して、喜一はその場に正座する。
「そうだ。お前は今日大層やらかしてくれたがな、それを放り出したまま逃げ出せば、それこそ本当の失敗になっちまう」
「……」
喜一は、自室に隠した風呂敷包みを思い浮かべる。こそこそ出ていく準備をしていたことは、やはり見透かされてしまっていたようだ。
「逆に言えば、失敗や後悔をちゃんと改めりゃ、それは失敗じゃねぇってことだ」
どうしても出ていきたいってんなら止めねぇが、と老爺は探るように喜一の顔を見る。
「行くあてもないんだろ」
「なかです、けど……」
「フラフラして人買いに売りとばされても知らねぇぞ。ま、俺も胡散臭さだけならそういう輩と大差ないだろうがな」
「そんなことなかです!だって、あん時お爺さんが拾うてくれんやったら、きっと俺……」
だから、と言いかけ、喜一は唇をきゅっと引き絞る。役に立ちたかっただけ、報いたかっただけ、と口に出してしまえば、堂々巡りの言い訳にしかならない。
「お前みてりゃ、悪気がなかったことくらい、嫌でも分かる。年の功」
ただ、やったことの責任は取ってもらわねぇと、という言葉に、喜一は思わず首をすくめる。
「責任ていわれても、おれ、なんしたらよかとか……」
「そりゃ、間違ったんなら正しいことをしろ。壊したなら元に戻せ」
「元に、もどす?」
そして、知らねぇことは学んで覚えろ、と老爺はドサリ、と喜一の手に和綴じの書を何冊か乗せた。
「ほんぞうもう、ぶつるい、……読めん」
「本草綱目、物類品隲、訓蒙――問題は中身だ。ガキには図がある方が分かりやすいだろ」
喜一がパラパラめくってみると、どの本にも花や草の絵と、その名前が延々と書いてある。
「名前のない草なんてねぇんだ」
雑草、と喜一がひとくくりにして引き抜いたひとつひとつに、先人がつけた名前があり、用立ててきた歴史がある、と老爺は説く。
「まずは、そこら辺に生えてるやつからでいい。引っこ抜いた分だけ、自分の足で駆けずり回って集めてこい」
それがこの家にお前を置く条件だ、と老爺は居丈高に腕を組んでみせる。
「――っ、分かりました!!」
罰を言い渡された童とは思えないほど、喜一は目をキラキラと輝かせて拳を握りしめた。
「おれ絶対、やる!庭、戻してみせる!!がんばる!!」
頬を紅潮させ、ここ一番の笑顔を見せる喜一に、とんでもねぇもん拾っちまったかもなぁ、と老爺は白い口髭の下で不敵に笑んだ。
☆
「無理かもしれん」
早速音をあげそうになる喜一。
「これはオオバコ、これはドクダミ……」
喜一は地面に、枝でガリガリと字を書き付ける。薬草を集める、といっても取っ掛かりがないので、帳面の文字をまず覚えるところから始めることにしたのだが。
「じいちゃん、これなんて読むと?」
「蓬莱の蓬、ヨモギだな」
「ヨ、モ、ギ……っと」
縁側に腰かけ老爺は、そんな喜一の様子を眺めている。これはなんだ、あれはなんだと、いうやり取りを繰り返すうちに、庭先は喜一の字でいっぱいになった。
※先の展開を忘れる前にメモ
養い親のために頑張るショタ喜一。
年齢はだいたい9歳くらい、作中17らへんとして。佐賀がいい感じだった時代をよく知って愛着持つとしたら、二十三十は超えてそうだが(だからこそ"若いお主には分かるまい"になる)さくらちゃんと乾くんが高2で16、17くらいなのでそこらへんやろ(適当)
伊東の「頭の出来は悪くないんだ」の一言を拡大解釈している自覚はあるけど、そもそも福澤諭吉とか読んでないと民権とか平等の発想も出てこんというか理解できないと思うので、元々お勉強はできたと思っている。
徐福の寝床に本散らばってた記憶があるから蔵書も多いと踏んでいる。拾われてからでも本はたくさん読んでて欲しい。
幸太郎が徐福の言葉の引用元を「山本常朝、葉隠」とさらっと言及する下り好き(細かすぎて伝わらないなんたら選手権)
あとどうしても科挙のイメージで、座学が得意だったり知識人って、えげつない文章量暗記してると思ってしまう節がある。
閑話休題
出ていきたいなら止めないという徐福
だがその前に自分のやったことには責任ってもんがある、と庭を指差して「最低この区画だけでも復活させてからにしろ」という
ここら辺にあったのはそんなに珍しくもないやつだから、近場の山なり行って探してこい、と命じられる
その日から喜一の薬草のお勉強がはじまる
ここにはドクダミ、ここにはオオバコ、と指定された野草をひとつひとつ探して集めて丁寧に掘り出して持ち帰り植え替える……という、明確な役目を与えられた喜一は大いに張り切る。
徐福が古い本(本草網目の写本)を片手にこれがこう、これがこう、と教えると、すごい集中力で覚えていく。
本をめくってこれ全部にひとつひとつ名前があるのかと感心する喜一
「名前のない草なんてねぇんだ」
写本をさらに自分で写した手帳を片手に、野をいく喜一
「これがドクダミ、これがオオバコ……」
名前ってすごいな、と思う。
これまでただの草だったものが、いまはクッキリ世界から浮き上がって見える。
平気で踏みつけたり引き抜いたりできたものが、名前と姿を覚えた今は、とても大事なものに思えるのだから不思議だ。
そんなことを繰り返しているうちに、気がついたら半年以上経っていた。
もちろんその間も家の雑事はあって、喜一は不器用ながらも要領を少しずつ覚えていったし、存外大雑把な老爺の身の回りの世話をするのにも少しずつ慣れていった。
だからといって、自分の使命がなくなるわけではない。
早くやり遂げなくては、という気持ちはある。
しかし、もしやり遂げてしまったら、自分がここにいる理由がなくなる、という相反する気持ちを抱えて少し足が鈍る喜一。
徐福に最初に命じられたものは喜一でも分かるような、そこらへんに当たり前に生えてる草ばかりだ。
あらかた集め終えてしまった。
でも、徐福に「もういい」と役目の完遂を告げられるのが怖くて、喜一は指定されていない範囲のものも探すために、さらに足をのばす。
じいちゃんのためにやってる、償いのためにやってる。
なのに、心のどこかで探してるものが永遠に見つからなければいいのに、と思っていることを自覚していて、自分は悪い子だな、と思う。
徐福は喜一がとっくに集め終えてしまっているのに、作業を止めないのを見ても、特に何も言わなかった。
見つからないものは"フロフキ"というらしい。
ぽかり、と空いているスペースにはその植物が生えていたというが、写本にはそんな名前の草は載っていない。
どこにあるのか、と聞くと、徐福はなぜか歯切れが悪い。
「俺が海こえて日本中探して、ようやく見つけたもんだからな」
「海ぃ?じいちゃん佐賀の人やなかと?」
「俺はサガだ、サガが俺だ。俺以上にサガなやつなんか日ノ本中探したっていねぇ」
「……じいちゃんの話はむつかしかさ!もっと分かりやすう言ってよ。その草、どこあると?」
むう、と喜一は頬を膨らませ尋ねると、徐福は俺のことはまぁいい、と淡々と説明を始める。
フロフキ、広くはカンアオイ。
なんでもそれは、不老不死をもたらす仙薬になる特殊な植物なのだという。
「不老不死、フロフシ……だからフロフキて呼びよるん?」
喜一は呆れる。縁起を担いでいるにしても、不老不死とは大きく出たな、と思う。駄洒落ですない。もう少し何かあるだろう。
眉唾物だな、と咄嗟に思うが、そう言われるだけの確かな薬効がある、貴重なものなのだろう。密猟されては困るだろう。
喜一はまだそこまで信用されていないのだ、と思った。
なんせ、まだ一度もまともに名前も呼んでくれない。
さらに一年が経った。
薬草園復活に向け喜一が奔走している間に、夏を2回迎えた植物たちはたくましく再生していた。
根を残していたものは再び枝葉を伸ばし始めていたし、植え替えたものも土に馴染んで繁茂し始めている。
そっくりそのまま元通り、とは言わないが、ほぼ集めきったと言っていい。
そこから、佐賀県消滅の話。
徐福が具合悪そう
薬草の知識があれば外でやっていける、と家を出るよう言われる喜一。
徐福は滅びを受け入れるつもり。
しかし喜一は"フロフキ"を見つけて帰ってきた
徐福が大陸から渡って日本中何年も探した妙薬になる薬草
よく見つけたな、と唖然とする徐福
実際、徐福に薬なんてたいした意味はない。気休めで一時楽になるが病根は佐賀の人間の絶望だから(そもそも不老不死の佐賀の呪いを受けた何か人外なのであっけなくは死なない)
でも喜一の諦めない心が、徐福の消えかけの火をわずかに強くする
育てば佐賀の人間の希望になる気配
佐賀復活のサダメの星が見えた
よく頑張ったな、喜一、と呼んでやると滝のような涙
喜一は役に立つから、ここにいたいと泣きじゃくる
絶対離れない、という強い意思
自分がいるとメリットがあるから置けと示しつつ、とにかく嫌だと駄々をこねる
じゃあ、と役目を与えてやることにした徐福
名前のない草はない
なぜだかわかるか
名前のない草は存在できないからだ
土地の名前がなくなるってことは、いつかお前が引き抜いた有象無象の雑草になるってことだ、と。
佐賀が佐賀として歩んできた歴史も、そこで紡がれた人の思いも、喜一が負ったような深く悲しい傷跡も、100年も経てば時の流れに霞み埋もれて人々から忘れられていく。
「そがんとは嫌や!!じいちゃん俺、なんとかする!!なんしたらよか!?」
「……そうだな」
喜一がハッキリと意思を示したとき、それは本気で成し遂げられる。
あの庭の前例がある。
徐福もまぁ半分くらい元に戻れば恩の字くらいに思ってたのに、喜一は異常な執念を見せて与えた役目をやりきってしまった。
終わりの見えない途方もない作業に、本気で取り組んで完遂させられるやつはそういない。
やると決めたらやる、という喜一の頭上に星を見る。
遥か天空で孤独に燃え続ける熱の塊。それを宿している人間は希少。
「俺がお前に望むのはただひとつ――」
……
伊東に「佐賀の名前なんて取り戻してどうすんだ」
と言われて、昔を思い出す喜一
名前があればそこにいたことを忘れない。
墓標に刻むようなものだとしても、喜一はこの土地を佐賀として残したい。
そんなことを、考えてはいるのだけど上手く伝えられなくて、とにかく取り戻したかとさ!!という喜一。
仮年表
M7.2月 佐賀戦争
3月 喜一が拾われる(2月後半あたり激戦有)
4月 首謀者処刑(4/13)
喜一が徐福邸で庭をダメにしてしまう
一回目の夏→根を残していたものは普通に延び始めて元気
9月(約半年後) 喜一が居候生活に馴染み始める
秋 収穫期で忙しい
冬 気候的に草はあまり生えないので作業休止
M8 初めての年越しと正月
2月~3月 父の一周忌(多分菩提寺とかあるんだろうけど子供だから分かってないかも?もしくは全焼……過去帳も何もないだろうか?逃げるとき持ち出してるかな?現代の仏壇に大事なものまとめていれておく感覚があったのだろうか……?)
4月 拾われて一年。すっかり馴染んでいる
作業再開(徐福も命じたのを忘れてたレベルだけど律儀に続ける喜一)
二回目の夏 ほぼ元通り
唯一見つけられない"フロフキ"(徐福が金立で見つけたとされる不老不死の薬草)→特殊な場所にあるため見つけられない
秋冬は同様に作業休止
M9 二回目の年越しと正月
父の命日(厳密には正確な日付は知らないんだろうな)
※四月の第二次府県統合の布告に向けて議論や水面下で佐賀をはじめとする難治県の気勢を削ぐ流れがあってたと推察されるので、徐福の体調に不穏な変化が見え始める
4月13日 佐賀戦争の首謀者処刑日(=命日)
※江藤先生の墓は"参拝すれば病を治す"とか言われて賑わっていたとか……?
4月18日 三潴県に佐賀が併合
伊東が喜一の同志を斬ったときの徐福の苦悶の様子からして、名前の消滅が決定したときはかなり状態が悪かったと思われる
※でもその前に佐賀じゃなくて伊万里県だった時期があるので、名前の有無だけが徐福の消滅に関わるわけではなさそう
→三潴併合の意図が、佐賀戦争を経て不平士族が特に燻っている佐賀の気勢を削ぐためにあった、という部分が問題なのかもしれない
太政官布告、号数まで分かるのに原文が見つからない……探し方が謎すぎる。
まぁWikiと整合性あるし間違いないか?
※佐賀戦争の首謀者の命日から五日後に今度は佐賀県そのものが処されるとは、なんと因果な(賞罰的意味合いがあるかどうかは議論の余地有り)
8月21日 長崎県に佐賀が併合
※この相次ぐ統治変更は何が理由なのだろうか……さすがに三潴とはやっていけなかったのかな?(長崎と佐賀は肥前国だった過去があるのでまだマシ、みたいな?それか県令の都合とかかな、本筋に関係はないな)
明治15年春時点での喜一の発言
「ここ何年かで急に(徐福の具合が悪くなった、もしくはおかしなことを言い始めた)」「佐賀が名前"まで完全に"なくなったとが、堪えたとかな」
→名前以外は何がなくなった?
……かつて雄藩だった「佐賀藩」の栄光(大砲作ったり蒸気船作ったり維新の元勲多数輩出したり)
→喜一が「名前の消滅」がトリガーと感じるくらい顕著に様子が変わったのは早くてM9年4月以降
「ここ何年かで急に」
→5年以上前に用いるのは少し不自然では?
→八年前に拾われて、「急に」と感じるのであれば世話になり始めてから現在までの期間の半分くらい経ってから?
(これまでに馴染みある言動から、おかしいことを言い始めた、「変だ」と思う下地がいる。拾われたときからおかしかったら「急に」とは思わない)
※M15から遡った場合、どう表現するか検証
M14一年前→「去年くらいから」
M13二年前→「二年くらい前かな(伊東の台詞)」「一昨年くらいから」「ここ何年か」
M12~10三年~五年前→「数年前から」「ここ何年か」
M9 六年前 佐賀県併合 (ギリ「ここ何年か」を使う?)
でも拾われて八年の間に、二年目でおかしい言動をしていたら「急に」とはいわないのでは?
M8 まだ徐福は妙な言動はしていないはず
M7八年前→「八年ほど前です(佐賀戦争は「父が死んで何周忌」を数えているため明確に年を記憶しており、具体的な表現になったと思われる)」
※一応注意しておくべきなのは、喜一が拾われたのが戦直後の明治7年とは限らないということ
(戦の後、孤児になった明言もない/まぁ母親いるならこうはならないだろうし、十中八九戦災孤児的なものではあるのだろう……/親戚のどっかに身を寄せたりしてたけど、生活傾いて捨てられたり、疎まれて追い出されたりした、という可能性もあるため正解などない/外伝では焼け野原と喜一の背中と徐福のシーンが挟まってるけども、あの喜一は10歳かそこらの雰囲気じゃないからそこまで設定に準拠した描写じゃない気もする……でもまぁ普通に考えるなら戦直後に拾われたとすべきかな/そういえばそのシーンの喜一くん髪結んでないんだねざんばら髪も可愛いね/脱線)
条件1:M13以前
(伊東が喜一のビラ配りを見咎めた年。それ以前に、喜一が復活させねばと思い立つほどの変調が徐福に起きていたはず)
条件2:M9.4月以降
佐賀県の併合が正式にあった年。
条件3:「急に」→M15を起点に遡るとしたら五年以内?(※これは個人の感覚)
拾われてからすぐおかしくなったなら「急に」とは言わないはず
子供の時間感覚なら、三年くらい一緒に暮らせば十分長く一緒にいた認識になるのではないか
(※これも個人の感覚。ちょうど喜一が拾われたと思われる七歳~九歳の頃に、自分も三年間今とは別の土地に住んでたけどそれなりの時間をそこで過ごした感覚がある)
条件4:「ここ何年か」→M15起点に遡るなら
M14は確実に╳
(去年くらいから、というはずだし、作中で年代をあえて特定させる意味がない)
M13 候補としては○→喜一のビラ配りを伊東が見咎めた頃=喜一が徐福の不調に思い立って活動を始めた時期、の可能性が高い
※ただし、作画ミスかもしれないけど喜一の自室に積まれたビラには「三潴は佐賀ではない」という文言が確認できるので、もしかすると明治9年4月から長崎県に変わる8月までの間に書いた(活動を始めていた)可能性もある。
→その場合、伊東が佐賀に赴任してきたのがM13以降ということになる
M12 ◎
M11 ◎
M10 西南戦争 ◎ 国内最後の大々的な内乱
旧態依然のやり方や考え方ではもはや太刀打ちできないと士族が重い知らされた年
→士族の諦念とかが顕著になっていく
→長崎県士族として出兵する士族も多数おり、"佐賀県"の意識が段々薄れていくイメージ
ちなみに田原坂(西南戦争激戦地)の戦没者慰霊碑には佐賀県枠がなく、みんな「長崎県」にまとめられているのが確認できる。