何にしたって、どんな分野にも天才ってヤツはいる。頭が良いヤツ、脚が速いヤツ、金が稼げるヤツ。
 そして、やはりというべきか――バロックに関しても、天才と呼ばれるにふさわしい才能を持ってる人間は見つかった。
 金沢キツネ。
 ヤツもまた、バロック屋として天才であると言えた。――天使に、目をつけられるほどには。
 需要が生じれば、そこには必然的に供給が生じ、そしてビジネスが生まれる。
 バロックという概念と言葉は、「少年少女不連続自殺事件」をきっかけに急速に、あるいはそう定められていたかのように社会に浸透していった。
 俺は昔から、物事の裏側を探るのが好きだった。岩をめくればその下には、決して表の世界には現れない秘密が隠れている。それを暴いてどうこうというよりも、俺はそうした外には出てこない秘密を暴くことそのものにある種の快感を覚えていた。
 俺自身もまた、音楽プロデューサーという身分を隠れ蓑に、スマホの盗聴やハッキングといった非合法な趣味に没頭していた。
 そんな中で、ややアンダーグラウンドな話題を扱っているSNSで出会ったのがヤツ、金沢キツネだった。キツネとスズメという似通ったアカウント名を持っていたことから、俺たちは次第に親しくなっていった。
 一方でその頃には、世間にはなりすましや勘違いも含めて、バロックどもが溢れていた。意味不明な動機の殺人・傷害事件はすべて「バロック型」としてまとめられ、無表情で自閉的な傾向の子どもたちには「バロック・フェイス」として分類された。そのおかげか、趣味の盗聴やハッキングで得られる裏の情報もバロックまみれ。バロックはただの一時的な流行や疾患ではなく、社会に根深く浸透し始めているのを俺は感じていた。場合によれば、十年もしないうちに政治家や首脳陣にもバロックが出るかも知れないと、俺は期待を抱いていたものだ。
 キツネがバロック屋を始めると言ってきたのはそんなときだった。歪んだ妄想を求めるバロック相手に、望んだバロックをこしらえてやる仕事だという。
 面白そうだ、と俺は思った。ハッカーというやつは、より深く、より危険な階層(レベル)に潜りたがるもの。キツネが扱うというバロックを辿っていけば、今まで知る由もなかったこの社会のもっと深い部分に手が届くかも知れない。俺はそう思い、キツネの開いたバロック屋「妄想解体センター」の情報収集担当として協力することにした。
 バロック屋の片棒をかつぎバロックに関する情報を収集するようになってから、俺の世界は一変した。まさに革命と言ってよかった。
 俺がこれまで盗聴やハッキングで覗き見てきたような、財界人の誰それが不倫しているだの、福祉施設への寄付金が特別地区に横流しされているだのといった情報は文字通り取るに足らないものだということを思い知らされた。
 感覚球。
 天使。
 ――異形。
 バロックに深く関わることになる前の俺なら、オカルト雑誌の戯言だろううと一笑に付していただろう。しかし、これらのオカルトの中にしか存在しないとしか思えないものは、実際に存在する。なぜ断言できるのか? 簡単だ。それに関する情報を、俺自身が見つけたからだ。
 うぬぼれではなく、俺はそこらのクレカから個人情報を抜いて喜んでいるレベルのガキとは違う。行政レベルの防壁(ブラック・アイス)程度なら問題なくハックできる。その俺が、20時間以上かけてクラックした政府筋のデータベースの中に、それらのデータは存在した。
 不気味に明滅する、トゲの生えた赤黒い球体。
 純白のローブを着た男が背負った、やはり純白の巨大な翼。
 そして――血溜まりと肉片の飛び散る中に佇立する、異常なシルエットの影。
 これがそこらのネット掲示板やSNSに貼られた情報なら、出来の悪いディープフェイクだと笑い飛ばすこともできただろう。しかしこれらのデータは、政府のデータベースの中でも最奥のワンランク手前のシンクタンク部署、通称「クローズド」に保管されていた。こんなところにフェイク画像を厳重に保管する理由はない。俺はそれらを本物だと判断し、さらに追うことにした。
 そんな中で、相棒であるキツネの求めるバロックに関するさまざまな情報と、俺が個人的に調査していた「天使」「感覚球」「異形」のキーワード、両者にはつながりがあることがわかってきた。
 例えば、「放課後屋上殺人」。15歳の女子中学生が、ひとつ年上の幼馴染の少年を学校の屋上から突き落としたという、バロック絡みの殺人事件「バロック・マーダー」の最初の事件だ。そしてこの事件の主役である安西ユミは、事件から72日目の朝に死亡したことが報じられた。その時にはすでに各メディアは「少年少女不連続自殺事件」をはじめとするバロック・マーダーや社会のそこかしこに出現し始めた歪んだ妄想に取りつかれた連中の話題でいっぱいになっており、安西ユミの死亡は社会からはほとんど注目されてはいなかった。
 しかし、ダークウェブをはじめとする表に出ていない情報筋を洗ってみると、この死亡した安西ユミの解剖データが発見された。公的な司法解剖ではない。解剖結果によれば、安西ユミの胃壁には奇妙な――そして人間の細胞とは明らかに異なる細胞で構成された謎の球体が発見されていたという。
 さらにデータベースのあちこちを調べてみると、これも非公式な生前の安西ユミとカウンセラーとの面談記録が見つかった。その面談の中で、安西ユミは確かに口にしていた。「カンカクキュウ」という言葉を。
 さらに、頻発するバロック・マーダーと、それに合わせて増加の一途を辿っている安全度ゼロ指定の区画「ゼロ地区」、キツネの依頼でそれらの関連を探っているときに見つけた、ゼロ地区に設置された監視カメラの映像。画面の三分の一ほどをべったりと覆っていたのは、血と肉片。粗い画面に写った廃墟の床にぽつんと残された二本の白い棒が、人間の足であることに気づくのには時間がかかった。そして、画面の奥で地面にうずくまるようにして蠢いているのは――全身にバラバラにした内臓を貼り付けたような表皮、傷口のように縦に裂けた口から伸びる血まみれの牙、人間がそのまま二人埋め込まれたかのような異様な造形の胴体――俺が知るどんな生き物とも似ても似つかない、まさに「異形」という言葉がふさわしい、なにかだった。直感した。これが異形だ。
 政府は……あるいはその裏にいる何者かによって隠されているが、感覚球も異形も実在する。
 では、三つのキーワードの残りひとつ「天使」は? 「クローズド」に保管されれていたあの、巨大な天使の翼を背負った純白のローブの男の正体は? やはり同じように、「天使」も実在するのか?
 その疑問には、明確な答えがもたらされた。
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こんちには、配信を見に来てくださりありがとうございます。
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いったん休憩します。
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