始まりはなんであったか。
文豪をキャラクター化したゲームがきっかけであったことを覚えている。初期文豪とよく呼ばれる一番最初、一度だけ自分の選択できる中に中野はいたのだった。名前も作品も知らない中野を、他に並んだ名前か或いは作品の名前や粗筋程度は聞き知っているものを差し置いて選んだ理由は、偏に、その物腰のやわらかさであったように思う。落ち着き払ったどっしりとした様子と柔らかい抑揚と物腰が4人並んだ選択のうち、1番魅力的なように見えたのだ。高校のときに好きだった教員が同じ苗字であったことも、それはささやかながら影響した。
中野を選んで最初にしたのは、中野について調べることだった。夜中だから本屋も図書館も一旦選択肢から外してとりあえず検索した。本のタイトルを見ても白黒の本人らしい写真を見ても「へえ」としかいいようのない状態で私は手がかりを探していた。それはたまたま開いた個人のブログだっただろうか。中野の為人を探る中に出てきたのが佐多稲子の「夏の栞——中野重治をおくる」であった、と思う。作者である佐多稲子が、死を宣告された長年の友人である中野をおくるまでのひと月、そして中野との出会いからこれまでの付き合いを振り返るという形で綴られたそれは、幸いなことに大学の図書館で取り扱いのあるものだった。多分あれは夏季休暇の最中だった。翌日暑い中、意気揚々と学生寮から出た私は、浮き足立った心地のまま人も疎らの図書館に滑り込んだ。検索画面を見ながら書架を探してぼんやりと冷房のかかった図書館のカーペットを踏み、調べ物や勉強のために館内中心に並べられた机の横をすり抜けて東側の文庫本の並んだ棚にそれはあった。他になにか借りたかはとんと覚えていないが、浮かれていたと思う。目当ての本が探せば最寄りの図書館にある、という経験をあまりしてこなかったから、探せばそれが確かにあるというのは私には珍しい経験だった。古く、取り立てて著名であるものでないならば尚更。本は新潮文庫だった。
ただ知る取っ掛りになればと思って手に取った本であるから、そこまで大きな期待はなかったように思う。夏の栞を紹介していた個人のブログで漠然とその内容やどんな話が出て来るのかというところを浅く触って面白いだろうとは思ったものの、所詮先入観というのは都合のいいものである。断片的な情報から抱いたイメージがそのまま自分のときめくような形で示されているとどれほども期待するようなものではなかった。
結果として、夏の栞は思いがけず良かった。それを書いた本人の意図と或いは別なところに私は感動しているのかもしれない。はたまたそれこそ佐多稲子の厭う「女であること」ではなかったか、と思いながらそれは確かに私の頭を貫いていた。やはり人が話題にあげるだけあって、病室での佐多と中野のやり取りはそれを横で聞き取った原泉の鋭さも含めて眩かった。文章を通して俯瞰的な視線で、或いは佐多の感覚に同調するようにしてその時々の様子を噛み締めながら、読み終わる頃にはすっかり興味を中野に傾けていた。漠然とした「どんな人かくらいは知っておかねば」という気持ちがこの時明確にこの人の考えや書いたものについて知りたいという方向に傾いた。それは何も載せられていなかった秤の片方の皿だけに重石を置かれたような極端な傾き方でさえあった。
そのまま興味に負けて古書店のサイトから中野重治詩集を購入した。
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雑記
初公開日: 2025年06月13日
最終更新日: 2025年06月13日
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コメント
思いついたままなので脈絡はない。
ワンドロみたいなもの
紫の一本ゆえに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る
湛池
ワンドロの試み
ひとりで勝手に刀さにワンドロ雨宿り
湛池
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壁打ちしてたら割とまとまってきたゆうぎり喜一の現パロいちゃいちゃ世界線のメモ
篠畑