「結局、私が審神者だから好きなんでしょうっ!?」
がちゃんと陶器のぶつかる音がした。悲痛に上擦った声に、ささやかに賑わっていた喫茶店の店内が水を打ったように静まり返る。
審神者は思わず声のした方を見、それから振り向いて目の前の同業者と目を見合わせた。
「審神者じゃなかったら、あるじじゃなかったら好きになんかならなかったんでしょう!!」
まだ続いた、と思いながらそろりと目を動かす。声を張り上げ、目の前に居るらしい刀を怒鳴りつけた女は、少女の稚さを残した頬を紅潮させ、細い肩を怒らせて浅い呼吸をしていた。あるじ、と困り果てた声が聞こえて、相手の刀に見当をつける。忠臣らしい振る舞いが一際目立つ刀だった。その気遣いや労りが自分が自分である為ではなく、その立場にあるものに向けられる行為だと気が付いて堪らなくなったとか、凡そそんな感じだろう。
「えらいことだわね」
向かいで同業者が思わずといった調子で呟いた。
えらいこと、と言いながら彼女の顔がそう驚いてもいないのを確かめ、審神者はわざとおどけた顔を作って肩を竦めてみせる。
「まあ若いみたいだし。通る道でしょ」
「そりゃそうでしょうけど」
ワッと、とうとう泣き出したらしい引き攣ったような啜り泣きを聞きながら、あれは拗れるだろうなあと思う。同期の隣に座った警護の山姥切国広が気まずそうに目を伏せて、パンケーキの隅をつついている。その様子がいかにも気の毒に見えた。
自分の隣に目をやると所在なげな蜂須賀と目が合う。少し下がった眉を見ながら、こちらからは見えなかった刀もあるいはこんな顔をしているのだろうか、と思う。中途半端なところでケーキは残され、フォークが行き場を失ったように浮いている。
「食べないの?」
「ああ、うん……そうだね」
薄い唇が微かに笑みの形を作り、フォークを持つ手が動いて、けれどそれは結局ひとくち分を掬い取っただけで皿の上に止まった。審神者の中ではよくある話だが、刀の方ではどうなのだろう。今も昔もそんな話をわざわざ尋ねてみたことはなかった。刀らの様子からして、気まずい話題ではあるらしい。白熱した痴話喧嘩は大抵気まずいもののような気もするけれど。
騒ぎの元であった女が啜り泣きを続けていることで一度喧嘩(といっても一方的だったけれど)が止まったことによって、店内が少しずつそれ以前の喧騒を取り戻していく。あんまり性の悪いひとは無いらしい好奇の声は聞こえてこない。あの分だと泣き止んだ頃には店を出て帰るんだろう。刀の様子は知らないが、あの状態で外出は続けられまい。
「気にしなきゃ良いのにね」
あっけらかんとした調子で、頬杖をついて同業者が言った。やっと大きいひとくちで続きに手をつけた山姥切が、なにを言い出すのかという顔をしたが、彼女はそれを歯牙にもかけない様子で「気にしなきゃいいのに」ともう一度繰り返した。
「だってそんなん、言い出したらきりないでしょ」
何を返すより前にそう言い切って、ふん、と鼻を鳴らすと半分ほど残っていたオレンジジュースのストローを噛む。
「気になる年頃なんでしょ」
「いやーあんなん、年食ったって気にするわよ」
だってそういうご気性なんですもの。
わざとらしいほど澄ました口振りで同業者は言った。彼女はそれでもう済んだ、という顔をしたが、それで済まないのは隣の刀らしい。
「……あんたは気にならないのか」
口に含んだパンケーキを飲み込み、お冷まであおって、山姥切が口を開いた。演練会場でもたまに見かける特有のじと、っとした視線が同業者を見る。彼女はそんな湿度にてんで無頓着だった。きょとんとした顔を刀に向ける。
「え、気にしてほしい?」
山姥切は、そうとも違うとも言い兼ねていると見え、口をまごつかせた。彼女が待ったのはその丸い目が三度瞬きしている間だけだった。
「審神者じゃなかったら好きじゃないでしょって、言って欲しいの」
「そうじゃないが」
思わずという調子で声を被せるように否定をしてから山姥切はしまったという顔をしたけれど、彼女はそんなものではいちいち止まってくれない。
「だって、私が審神者であるじである間は絶対好きでしょ。それでなにが問題?」
待つことがあまり得意ではない、と言って憚らない彼女はそれ故にいつも判断が早くてきっぱりとしている。山姥切国広が呆気に取られた顔をしているのを見、これで今度こそ決着したな、と思う。そろそろ止めてやらなければ気の毒なような気もした。
「……あんたいっつもそんな感じで丸め込んでんの」
つい、口を挟めば同業者が振り返り私に向かって「人聞きが悪い」と眉を顰めて見せた。
「大変ね」ちら、と山姥切を見るとなにを思い出したのだろう少し遠い目をして「まあな」と目を伏せられた。