人魚の肉を手に入れた。
アトランティスの腕とかではない。正真正銘の、食べたら不老不死になるタイプの人魚の肉だ。希少価値が高かったので、手に入ったのはほんの切り身一つ分程度だったが。
さて、どうしたものか。……などと考えるそぶりをしてみせたものの、この切り身を手に入れようと思った時点で、プラネットマンはこれをどうするか決めていた。六騎士たちに食べさせようと思ったのだ。
プラネットマンは自分がどれだけ生きるのか分からない。それは超人レスラーとしての生き死にの話ではなく、一個の生物としての寿命の話だ。超人の寿命というやつはあまりにも多様性に富んでいて、人間とそう変わらない者もいれば、4000年を生きてなお現役という者もいるし、パーツが破損しない限りは不老という者もいる。少なくとも外傷によって死に至ることは共通だが、自然死という話になると超人それぞれという曖昧な結論を出さざるを得ない。
では、プラネットマンはどうなのだろう。分からない。プラネットマンはこの超人としての姿を得てから、まだ26年しか生きていない。プラネットマンには幼少期というものはなく、自我を得た時からすでに成体としての形を有していた。宇宙空間を揺蕩いながら、気付いた時にはバルカンに重なって輝く、地球のダイヤモンドリングを見ていた。それがプラネットマンの目覚めだった。
惑星バルカンであった時の記憶は、存在しているような気もするし、存在していないような気もする。少なくとも地球に対して強い嫉妬と憎悪を持っていることは間違いないが、それが惑星バルカンの頃に抱いていた感情であるのか、プラネットマンという超人になった瞬間にインプリンティングされた感情なのかは曖昧だ。いずれにせよ自分自身のものには違いないのだが、確かなことは、惑星バルカンが存在し続けた数億数兆の歳月を、自分は実体験としては得ていないということであった。
なので、プラネットマンは自分があとどれだけ生きる超人なのかが分からない。他にプラネットマンのような星の化身超人がいれば参考にもなったのだろうが、あいにくと今に至るまで出会ったこともなければ、存在を聞き知ったこともない。だが少なくとも肉体が老いることはないようだと、出生から今に至るまでの26年間を振り返って思う。経験や学習、鍛錬に伴って全身の造形が変質することはあったが、それは生物の老化とは異なる現象だ。
多分、プラネットマンはリングの上で死にさえしなければ、少しずつ形を変えながら星と同じだけを生きるのだろう。太陽の寿命は約100億年だから、だいたいそれぐらいかもしれない。そのうちの26年目が今ということだ。4000年を生きたスプリングマンにだって、十代の頃はあったのだ。それと同じことだろう。
だからプラネットマンは、人魚の肉を六騎士たちへ食わせようと思った。自分だけがそんな長い長い時を生きねばならないというのはどうにも不公平に思えてならなかった。砂の超人であるサンシャインは他の連中よりは長く生きるかもしれないが、それだって星に比べたら短いだろう。
もちろん、そんなことをすればあいつらが怒るだろうことは想像に難くない。下手をすれば自分が殺されるだろう。だから、やるならこっそりとだ。いつの間にか不老不死になっていた、原因が何かはよく分からない、だがなってしまったものは仕方がない──これがとりあえずの理想である。
そうとなれば、まずはこの切り身を料理する必要がある。一切れしかないものを全員に食べさせる必要があるのだから、夕飯の材料に紛れ込ませたり、ニンジャに作らせたりしてはダメだ。これについては考えがあった。プラネットマンが料理をし、他の連中に振る舞ってやればいいのだ。あいつらはプラネットマンが料理をするなどとは思ってもいないだろう、なにせプラネットマンはこれまでに料理というものを一度たりともしたことがない。生物とは違うので、食事は嗜好品でこそあれ必須ではなかった。ので、そんなプラネットマンが何を思ったか急に思いつき、初めての料理を作って振る舞えば、さぞ連中は驚くだろう。訝しみもするだろう。だが自分が食ってみろと胸を張れば、とりあえず一口ぐらいは口に運ぶはずだ。一口さえ食べさせられれば、目的は達成できるので十分である。
では、なんの料理にするべきだろう。とりあえず焼けば良いのだろうか。焼くにしたってどう焼けばいいのか、どれぐらい焼けばいいのかは分からない。プラネットマンは悩んだ末、キッチンに置きっぱなしいなっていた、ニンジャが愛用している料理本を手に取った。パラパラとめくっていけば、魚料理の項目はすぐに見つかった。簡単なものが良いだろう。写真つきのレシピをめくっていくと、ある項目で手が止まった。
煮付けと書かれたその料理は、人魚の肉と同じ赤魚の身が使われていた。濃い琥珀色の煮汁をまとった魚は、今にも崩れそうなほどふっくらとしている。美味そうだ。レシピを確認すれば、材料を入れたあとは基本放置していれば良さそうなので、難しくもなさそうだった。これにしよう。
そういうわけで、プラネットマンは人魚の煮付けを作るべく、さっそく料理にとりかかった。
で、盛大に失敗した。
■
「弱火で30分は強火で5分じゃねえんだよお約束かますな」
「しかも強ければ強いほどいいって話でもねえだろ」
「うーむ失敗のスケールが大きいというかなんというか……」
「鍋に水星直火したってマジ?」
(笑いすぎによる過呼吸により発声不可)
腹を抱えたアシュラマンが笑い面を冷血面へと切り替えるが、冷血面もまた耐えきれぬとばかりに頬が震え、怒り面へと変わる。しかし怒り面も数秒後には吹き出し、再び笑い面へと戻ってくる……ぐるぐると回る三面の前には、見るも無惨に溶け落ちたキッチンだった何かの成れの果てがあった。
流し台は半ばまで融解し、銀色のシンクは飴細工のように垂れ下がっていた。壁は熱で焼け焦げるどころか一面が赤黒くガラス化しており、床には鍋の形をした穴がぽっかりと口を開けていた。調理器具は柄だけを残して消え失せ、包丁は刀身が溶けて奇妙な曲線を描き、おたまは床と一体化していた。
そしてコンロだった何かの上には、煮付けになるはずだった何かが、炭とも鉱石ともつかない黒い塊となって鍋だった何かの底へと固着していた。固着しているを通り越して融合していると言い換えてもいい。焦げたというにはあまりにも原型を保っておらず、新種の鉱物が生成されたと表現した方が適切かもしれなかった。それは鍋だった何かと共にコンロへと深々とめり込み、熱で真っ赤に灼けた周囲とが合わさって、まるで隕石の衝突跡のようであった。
さすがの六騎士もこれには怒りも困惑も通り越してもはや笑うしかなかった。いやだって笑うしかないだろこんなもん。どうしろってんだ。
「おぬしに煮付けはまだ早い。目玉焼きから教えてやろう」
「魚が食いてえってんなら、今度地元から活きのいいやつを土産に持ってきてやるよ」
「こんなんじゃあ飯作れねえな、なんか頼むか」
「ったく世話の焼ける野郎だ。おおい、アシュラ大丈夫か、しっかりしろ」
(笑いすぎによる過呼吸により発声不可)
くつくつと肩を震わせながら、ニンジャが炭化したレシピ本を拾い上げる(粉々に砕けた)。どこか微笑ましそうな様子でスニゲーターが代替案を提示し、ジャンクマンがちゃっかり自身の好物であるジャンクフードを注文しようとする。サンシャインは未だ笑い転げているアシュラマンの背を撫でていた。
プラネットマンは不服だった。料理がしたかったわけでも、魚が食べたかったわけでも、腹が減っていたわけでもない。プラネットマンは人魚の肉を六騎士たちへ食べさせたかったのだ。しかし一切れしか用意できなかった希少な切り身はもはや炭を通り越した何かに変わっており、軽く指先で小突いただけで砂となった。せめてサンシャインに混ぜてやろうかとも思ったが、そのタイミングでスニゲーターによってかろうじて無事だった換気扇が回されてしまい、人魚の切り身だった何かは風に舞上げられて消えてしまった。
「プラネット」
「!」
背後から聞こえた声に息が詰まった。咄嗟に振り返れば、いつの間にかそこにいたのか、あるいはこの騒動を聞きつけたのか、彼らの主人である悪魔将軍の姿があった。「将軍様!」他の六騎士たちもまた一斉に居住まいを正し、その場に膝をつく。笑いのツボに入ったアシュラマンが呻くように口を抑えるのを、サンシャインが心配げに見つめていた。
プラネットマンもまた他の六騎士たちと同様に、即座にその場に膝をつき首を垂れる。悪魔将軍はヘルム越しの目を細め、変わり果てたキッチンを見つめて静かな調子で言い放った。
「それを成せば、お前は私の弟子ではなくなろう。分かるな」
「……はい」
「分かれば良い」
それだけを告げると、悪魔将軍は踵を返してキッチンを去っていった。ドッと汗が吹き出す。全て見通されていた。その上で、ここに至るまで主人が何も言わなかったのは、試されていたのか、あるいは別に理由があったのか。
「おい、プラネット。ありゃどういうことだ、お前何をしやがった?」
去り行く悪魔将軍の背と、二人の間に交わされた言葉の意味を探るようにサンシャインが眉を潜めて追求する。プラネットマンはそれに、「煮付けを作ろうとしただけだ」と呻くように呟いた。