あなたの小さなお題は特待生 累で
【言葉や単語】・手の温度
【台詞】・『好きじゃなかったら一緒にいないよ?』
【場所or天候or季節】・晴れ
なんてどうでしょう?
オブスキュアリの寮の庭は、今日も今日とて真夜中だ
真夜中だというと語弊があるのだけど、まあともかく夜だ
累さんのバーでアルバイトをしながら、忙しく立ち働いていると、時間が過ぎるのはあっという間だった。
いつものメンバーが、止まり木でクダを巻いているのを、ある時は受け止め、ある時はいなし、ある時は煙に巻くように、軽やかな言葉がBGMのように累さんの口からこぼれているのを聞き流しながら忙しく立ち働いているこの時間が、私は結構好きなのだ。
寂しくないふりをした寂しがりばかりが集っているこの場所が、いつのまにか私のお気に入りの場所でもあることを、累さんは気がついているだろうか?
やがて閉店時間が訪れ、バーの洗い物を済ませ、そして洗った端から伏せられたグラスを拭いていると、ふと指先が触れそうになった。
大袈裟なくらいの素早さで累さんが後ずさるのもいつもの事だ
こんなに近くで働いてるのに、何を今更と思うけれど、でも、それは累さんの中のタブーだから
出来るだけ驚かないふりをして、それを受け流すのを、少しは上手く出来るようになったろうか?
軽口も、距離を置くわけも、もう知っているのだ
机越しに隣で感じる空気が、なんとなく甘いのは、私の願望だけなんだろうか?
背の高い相手を見上げると、累さんは何も無かったように笑って見せる
いつものチャラチャラとした笑い方で、何か大切なことを隠しながら、飄々と笑って見せる
「おつかれちゃーん!さ、もう遅いから、帰った帰った」
そっとエスコートの仕草でドアを開ける時ですら、決して私に触れないその手は、どんな温度なんだろうか?
暖かいのかな?
冷たいのかな?
その手袋を外して私に触れてくれる時は、あるのかな?
ドアを開けて外に出るたび、振り返ってその手に触れたくなる
「あっ、待って待って〜、もう夜遅いから送ってくよー」
「あ、いつもありがとうございます」
いつもありがとうございますというやり取り
暗いから、足元気をつけてねと言われながら森の中を歩く
月がよく見える、今夜もひときわ妖しげな月が冴え冴えとした晴れた夜
私が
もしも
………
サクサクと足元の草を踏む音と、何かの鳴き声と、累さんの軽口も、いつも通り
いつもどおりなのに、何故かふと悲しくなって
急に立ち止まった私をオロオロと困ったように両手を振りながら励ましてくれる累さんの顔が、月のせいで逆光になって
「ごめんなさい、面倒おかけして。累さんは、親切なだけなのに」
やっとのことで涙声でそれだけを言うと、もっと困らせると分かっているのに、と見上げた顔がよく見えない
困ったような慌てた仕草が、スッと静かになる
綺麗な人だな、と涙の薄い紗幕にボヤけた累さんの金の髪を見上げると、急にいつもの薄い笑みが消えて真面目な顔をした累さんがじっと私を見つめているのが分かった
「まあ、その、さ」
「好きじゃなかったら、一緒にいないよ?」
シンと真夜中の森にその声が思っていたよりも大きく聞こえたのか、照れた素振りでバタバタと慌てたように手を振って
「なーんちゃって、元気出た?俺ちゃんでよかったらいつでも話聞くよって、いつも言ってるじゃない?」
さっきの真面目さがウソみたいに、累さんがいつもの顔で笑う
つられて笑いを浮かべながら、私が心の底で思ってることはきっとこの人を傷つけてしまうんだろうなと後ろめたく感じながら笑って見せる
それはとても甘美な残酷な願望
もしも一年が過ぎて
私の呪いが解けなくて
私が『死んでしまう』事になったら
私という花を、あなたの手で摘みとってもらえませんか?
せめて人生の最期くらい
好きな人の手の温度を感じてみたいから
おわ、り?