食満留子と言えば、この学園の生徒であれば知らぬ者はいないほどの有名人である。
まずもって、彼女は顔がいい。そりゃあもう頗るに良かった。初見の人間であればその大概が必ずと言っていいほどに二度見したものだし、知り合って後であったとて、ほのやわく微笑む姿に立ち眩む者もまた、多かった。本当に、びっくりするくらい顔がいいのである。
夜の海を切り取ったような、静謐の深い髪の色。僅かに藍色を帯びる黒髪のふわふわとしていて、時々纏めきれないきれぎれの束がまろく白い頬を擽っている。どうやら癖毛であるらしいのだ。大概彼女は、柔くあちこち跳ねるそれを無造作に後ろで括っていた。
黒曜石の大きな瞳を縁取る睫毛は、けぶるように長い。彼女がぱちりとひとつ瞬きを落とすたび、それが燐光を弾いてはちかちかと煌めくので、またたいそうに綺麗である。眦こそはきりきりと気の強く切れ上がって、幾らかそのうつくしい顔にきつく冷めた印象を与えたものだが、しかしそれを補って余りあるほどに彼女の造形は良かったのだ。あばたという程のものにはならなかった。それどころか、却って彼女の容貌を無二のものに際立たせるような、ある側面では長点とも呼べる代物である。
極めつけは、その月光の横顔だ。まろい額から始まって、つんと冷ややかに高い透明な鼻梁をスッとなぞり落ちていく。それからかたちのよい薄い唇を通り、やがて華奢な顎先へと落ちて、細い首へ繋がり終着を迎えた。迷いない筆運びで書き下ろされた、日本画のようであった。彼女の横顔は、そのようにできている。
例えるのなら、涼風だ。分かりやすく目立つ大ぶりで華美な顔立ちというわけではない。しかしながら、要所要所の非常に繊細に作られた黄金比の造形で、見る人にしみじみと感嘆を抱かせたのである。
食満留子の顔を世界一愛していると公言してやまない立花仙蔵などは、常々ジンと感じ入っては熱っぽく溜息を落としていた。彼の細い白磁の指先がソッと留子の頬に触れて、留子がそれに困ったように瞳を伏せるたび、また眼福と艷やかな声の転がり落ちていく。
お前は本当に顔がいい、と。仙蔵のその花唇から零れ落ちた惜しみのない称賛の数は、優に千を越えるであろう。その気位の高い美貌がひと度綻べば、たちまちのうちに柔らかな春を纏うので、却って隙がないのだ。ころころと表情のよく変わるのでそれが取っつきやすいらしく、親しみやすい先輩、生徒と概ね好い評判を受けている。
留子は、そのように疑いようもなくうつくしい少女であったのだが、しかし造形のあんまり整っていたことで、男女の性差をどこか曖昧なものにも見せる女でもあった。涼風の顔立ちに違わぬ声音はよく通って、氷菓のそれのように爽やかに高い。しかしどこか甘い掠れを帯びていて、それが一見低いようにも聞こえさせる、無二の声質なのである。
カモシカのように細く引き締まった四肢の、これまた呆れるほどに長くて、身長も平均より幾らか恵まれていた。やや控えめながらも柔くかたちのよい胸と、相反して華奢な腰。尻は薄く、目を疑うほどには脚が長い。生っちろくて、そしてとにかく長かった。骨格のバランスが良いのだろう。悪く言えば色気がないが、言い換えれば性や色欲を感じさせないほどにうつくしい身体をしているのである。
極めつけは、底なしのお人好しで人の世話を焼くことを苦としない、その太陽の気質だろう。留子は困った人のいれば西へ東へ軽やかに駆け回り、誰であろうと躊躇いなく手を差し伸べて、気負わせることのないようにそのうつくしい顔を決まって綻ばせていた。
生来、人の愛し方の上手く懐っこい女だ。下手な男子より食満さんの方がよほどかっこいいと、女子にはたいそうな人気がある。二月になれば、男子生徒を差し置き誰よりもいっとうに高いチョコの山を机に築かれる姿の、毎年決まって見られていた。
食満留子は、顔の頗るに良くて誰にでも分け隔てなく優しい人間だ。そのような真っ当に善の存在を嫌う者など、滅多といまい。ましてや、そこらの男よりもよほど男前な女である。うつくしく優しく潔く、また人を助けることを心から望み喜ぶ留子は、幼い少女の夢に見るような、所謂“王子様”にも等しいのだろう。
それであるから食満留子は、この大川学園附属高等学校において知らぬ者はいないほど人気を誇る女子生徒なのである。
そうして、それと同時に留子と同じ一年生で現在生徒会会計に属する潮江文次郎の、長年の想い人でもあったのだった。