地面を打つ雫の音と、頬を撫でる冷たい空気に目を覚ました。
目の前には見慣れた間取りと見慣れないレイアウトの部屋。昨日は、そう、こはくくんがいないからってジュンくんたちの部屋にお泊まりしたんだった。でも、ぼくの眠るベッドに家主の姿はない。空は厚い雲に覆われて、時間もあまり分からないけれど、ぼくを置いてお出かけするような時間じゃないことは確かだ。
ぼくがこんなに寒い思いをしているっていうのに、ジュンくんったらどこに行っちゃったんだろうね!でも探しに行くのも寒くて億劫で、とりあえずベッドの上からきょろりと辺りを見回してみる。すると、窓辺に座り込む紺色を見つけた。
ジュンくんは裸に下着だけを身につけた状態で、しとしとと降り続く春の雨を眺めていた。その表情は、こちらからは伺えない。
「Uh〜……♪」
滴るように流れ出したのは、優しくて、切なげで、愛おしそうなハミング。
まだあまり聞き馴染みのないメロディは、先日一般公開されたジュンくんたちのスペシャルユニットのもの。眠るぼくに配慮してか、声量はうんと控えめで雨音にかき消されてしまいそう。それでもぼくの見つけたその声はあまりにも心地よくって、ぼくはそのまま耳を澄ませていることにした。
そうして始まったAメロ。アカペラだとジュンくんの声質の良さが際立って、あのオーディションの審査員たちとぼくの目は確かだったと、誇らしくなる。
「ふりはじめたあめが、このまちをつつむ〜……♪」
圧倒的な高みから、見るもの全員の心を奪い、堕とす。Eden(ぼくたち)の歌とは裏腹に、ジュンくん個人としての歌は隣で寄り添い、時に鼓舞し、祈りを捧げるようなものが多い。だからなのだろうか、その歌声は普段よりずっとずっと切実さを増した響きで、心に届く。
君の隙間を全部、ぼくで埋め尽くせたらいい。
そう歌うジュンくんは、なんて言えばいいんだろう。儚くて、雨に溶けて消えてしまいそうで、涙が出そうなほどいじらしくて。きみの歌う『君』は誰なの、ジュンくんは誰を想ってそんな、苦しいほどに美しく歌うの。柄にもなく焦ったぼくは、窓辺までの数歩の距離をもどかしい気持ちで駆けて、その剥き出しの肩をこの腕に掻き抱いた。
「っわ……起きてたんすかぁ?言ってくださいよ、恥ずかしい……」
ぼくという闖入者により終わりを告げたジュンくんと雨音のセッション。少し惜しいような気もしたけれど、あのままジュンくんが消えてしまったらと、逸る心臓が必死に訴える。その結果、子どものようにジュンくんを詰ってしまう。
「寒いと思って目を覚ましたら、こんなところで何をしているのかね!ジュンくんのお勤めは目覚めの音楽じゃなくてぼくの湯たんぽでしょう!」
「いやぁ、雨降ってんなぁって思ったらつい」
「……その曲、好きなの?」
ぼくたちと、ぼくと歌うより?あまりにかっこ悪くて口には出せなかった言葉を、代わりに腕に込めてよりジュンくんと密着する。ひんやりと冷えた体温が物悲しくて、ぼくと同じ温度になれ、って念じながらぎゅうぎゅうと締め付ける勢いで抱きしめ続けた。
「……雨に溶けて、消えちゃうかと思ったね」
「え、オレのことわたあめかなんかだと思ってます……?」
「そうじゃないね、相変わらず情緒を解さない子なんだから」
「えぇ……まぁでも、好きっつーか……こういうバラード、オレの最初のソロ以来じゃないっすか。だから歌ってるとつい思い出して、気持ちが入っちまうんすよねえ」
はた、と目を見開いてつい固まってしまった。そんなぼくには気づかないで、甘えるように背後のぼくに寄りかかり、肩口に頭を預けるジュンくん。目の前の耳は、ほんのり赤い。え、待って。だって、ジュンくんの最初のソロって、あの曲は、
「……思い出してたのは、ぼく?」
「っ調子乗らないでくださ〜い……」
ぷい、と顔を背けるジュンくん。でも、否定しないんだ。
ジュンくんの最初のソロ曲。きみの真価が世に放たれた、とてもとても、きれいな曲。そしてファンの間ではぼくへのラブソング、なんて言われることもある曲。それを、思い出していたの?
ジュンくんの素直なお耳と素直じゃない言葉に先程までぼくの中に渦巻いていた焦燥も、嫉妬も、雨と一緒に綺麗に溶けて、流れ落ちてしまった。外では未だ雨音が止む気配はないけれど、ぼくの心はすっかり晴れて、虹もかかっちゃいそうな幸福感で占められていた。
「ふふ、あははっ!ジュンくんは歌う時、いつもぼくを思い出しちゃうの?」
「言いがかりやめてくださいっ!!……踊ってる時はそんなことないんですけど、こういう曲を歌うときは、どうしても考えちまうんです」
「……ふふ、嬉しいね」
「集中しろって怒んないんすかぁ?」
「ぼくを想って歌った結果があの最高のパフォーマンスでしょう?何を怒れって言うの?」
エゴサが得意ではないジュンくんの代わりにファンの声をよく目にするぼくは知っている。ジュンくんの歌は誰もの心を動かすこと。『歌姫』とまで称され讃えられていること。でも、バラードを歌う時はいつもぼくを想っているなんて、そんな可愛いことは知らなかった。今すぐ世界中に大声で自慢したいような、大事に大事に心の宝箱にしまっておきたいような、不思議な気分だ。
でも、とりあえずは目の前の宝物をしまい込むのが先決だね。まだほんのりと体温の残るベッドにるんるんとジュンくんを引き摺り込んで、全身で絡めとるように抱きしめる。
「そんな可愛い可愛いジュンくんには、大好きなおひいさんと二度寝に興じる権利をプレゼントしてあげようねっ、特別にぼくのために子守唄も歌わせてあげるね!はい、もう一回歌って?」
「いや寝かす気ねぇ〜……ふぁ、ぬく……」
小さなお口をぽかりと開けてあくびをしたジュンくんは、ぼくを置いてとろとろと微睡み始めた。あったかいと眠くなっちゃう気持ちは分かるけど、置いてっちゃやだね!
歌おうとしてるのかなんなのか、お口がむにゃむにゃ動いて、んぅ〜……と赤ちゃんがぐずるような音が喉で鳴っている。ぼくは愛しい歌声を一旦諦めてあげることにして、寝かしつけるように背中をぽんぽんとあやしてあげる。そうしたら、ジュンくんの腕もぼくの背に回って、くりくりと胸元に頭を擦り付けてきた。珍しい仕草に頬が緩む。
「わぁ、珍しいね?」
「……今日は、雨だから。だから、おれがおひさま、ひとりじめ、なんです」
「おや、雨の日じゃないと独り占めしてくれないの?」
「あんたもおれもアイドルでしょ……」
「公私混同はよくないね!」
「ちがう、ずっとは、ばちがあたるから……」
もう、変なところで卑屈なのは変わらないんだから。ぼくをずっと独り占めするとバチが当たるなんて、本当は独り占めしたいですって言ってるようなものだね?
ジュンくんはいつもそう。救われた、拾われたって、何一つジュンくんは成し遂げていないかのような言い方をして、敬虔な信徒のように己を律することをやめない。こんなにきみを愛しているのに、もらい過ぎだなんて言う。もっときみを愛したいぼくは一体どうすればいいんだろう。
ぼくがそう思っている間に、ジュンくんはすやすやと完全に寝入ってしまっていた。背を叩く手を止めたぼくは、さっき聞いたメロディをなぞるようにちいさく音を紡ぐ。
「〜あふれ出す想いを、声に乗せて……♪」
きみの孤独に届けたくって、歌うんだよ
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ななし@c86c3e
こんにちは!こっそり拝見しています……執筆頑張ってください~!
27:41
月灯
こんにちは〜!☺️ありがとうございます!もしついったでお話ししたこととかあったらお名前教えていただけると幸いです……!
33:04
ななし@95a57d
こんにちはー!!!!!テキストライブ参加するの初めてなので仕様がよくわかってないですがこっそり見させてもらいます!
33:52
月灯
こんにちは☺️ご参加いただきありがとうございます!
37:51
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40:22
月灯
こんにちは〜☺️どうぞごゆっくりして行ってくださいね!
46:12
ななし@c86c3e
実は相互のsamezameです……!てあずのミッションこなしながら拝見します<(_ _)>
47:10
月灯
さめざめさん!!!!うれしい!!!!!ミッション頑張ってください☺️
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ひジを、書きます!②
初公開日: 2025年03月09日
最終更新日: 2025年03月09日
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コメント
前回とは違うやつを書きます。
てあずに脳を焼かれたため……
お気軽にコメントいただけるととっても喜んで懐きます☺️
ひジを、書きます!
寝起きなので遅筆低クオ等お見苦しいかと思いますがお許しください……ジがゆるふわ体調不良なひジを書いて…
月灯