言い訳を、させて欲しい。
少し気が重い撮影が入っていたこと。そのせいで最近あまり寝つきがよくなかったこと。それを、おひいさんがずっと心配してくれていたこと。いろんな要因が運悪く重なったせいで、オレの身に起こっていることに気づけなかった。オレも、おひいさんも。
だから、起き抜けのおひいさんにぎゅうぎゅうと抱きつく、なんて奇行が罷り通ってしまったんだ。
泥濘に沈むような心地で、目を覚ました。いつもならとっとと身支度を始めているのにどうしてだか体が動かなくて、起きなきゃなあ、なんて呑気に考えながらてしてしと瞬きを繰り返した。そうしていると、目の前でくすくすとやわらかに微笑む声がする。あれ、なんで、違う部屋にいるはず、と少しの混乱と多大な安堵に包まれて、そういえば昨夜は少し遠出の仕事をして同じ部屋に泊まったんだと思い出した。
「おはよう、お寝坊さんのジュンくん」
「おぁよ、ござ、ます……いま、なんじ」
「迎えが来るまであと1時間ってとこだね」
「んぅ〜〜〜……おきねぇと、なのに……」
今日の予定はドラマの撮影。終わり次第Edenでのダンスレッスンに合流だ。おひいさんはレッスンまでオフなので、オレはこの人を置いてホテルを出なくてはならない。分かってる、分かってるけど、久しぶりにおひいさんと一緒に朝を迎えたせいなのか、全く動き出す気になれなくて、ぽてっと顔を目の前の胸に埋めてしまう。
「おや、寝ぼけてるのかね?」
「……ぎゅう、してください」
「ふふ、離れがたいの?かぁわいい」
「ん……だいじょうぶって、いって」
「……よぉしよぉし、大丈夫、だいじょうぶ。ジュンくんには、だぁい好きなおひいさんがいるからね」
ゆるりと頭を撫ぜられ、覆い隠すように抱きしめられる。あったかい、きもちい、すき、ずっとこのままがいい……ふわふわと甘えた思考がゆっくりと落ち着いていき、すぅ、と最後に一度、胸の底まで大きく息を吸う。そうすれば、もういつも通りのオレだ。
「っし、行ってきます」
「あ〜あっ、寝起きでぽやぽやのジュンくん、可愛かったのにね!……行ってらっしゃい、頑張っておいで」
がばっと布団を跳ね飛ばして温かなベッドに別れを告げる。急に立ち上がってしまったせいか、ぐわんと大きく視界が揺れたが目を瞑ってやり過ごし、寝乱れたホテル備え付けの浴衣を脱ぎ捨てた。
(間が飛びます。あとで書く)
「下手な薬よりおひいさんのが効くんで、へーきです」
「それは嬉しいけど、ぼくとのぎゅうでお熱は下がらないね!あっこら、こっち見なさい!」
おひいさんの胸に顔を埋めて『聞きません』のポーズで抵抗を示すけれど、両手で頬を包まれてあっさりと上を向かされる。
「無理しないの。今日はおやすみしなさい」
「や」
「やじゃないね、駄々っ子しない!」
「私も、日和くんに賛成だな。ジュン」
「ええ、あなたは帰宅です」
オレの意見は全会一致で否決され、あっという間にぐるぐると防寒具で巻かれる。おひいさんがオレの体温を確かめている間に、ナギ先輩が荷物をまとめて茨がタクシーを手配する。普段は全員我が道を生きてるのに、なんでこんな時ばっかり完璧な連携を見せるんだ。なんで、オレまだ頑張れる、ほんとです、頑張らせて、だって、そうじゃないと、
「ジュンくん、もう、頑張らなくていいね」
死刑宣告にしては随分と優しいその声が、オレを包んだ。未だオレの頬に添えられたままの両手に引き寄せられて、こつ、と額同士がくっつく。至近距離に見える藤色の瞳はしょうがないなぁって緩やかに細められて、それでも愛おしそうに、甘やかすみたいにオレの視線を捉えて離さない。
「最近、たくさん頑張ってたもの、疲れちゃったんだね」
「ちがう、オレ、まだがんばれるっ、」
「だけど、しんどそうだね」
「ちがう、ちがう……っ」
どうして。オレを支えて、立たせてくれていたあんたが、どうしてオレから支えを奪うんだ。
「おひいさんが、だいじょうぶって、言ってくれたからっ、だからっ、だいじょうぶ、なんです」
「オレ、だいじょうぶです、おひいさん」
これじゃダメだって、おひいさんを、みんなを安心させられるように笑って見せる。いつも、おひいさんがしているみたいに。なのに、おひいさんは悲しげに眉尻を垂らす。
「違うねジュンくん。そうじゃないの」
「ぇ、」
「ジュンくんの心ばかり気にして、体がしんどいのを見過ごしたぼくも悪いけれどね。ジュンくん」
「は、ぃ」
「ジュンくんならしんどくっても大丈夫、なんて、そんなこと、ぼくに言わせないで」
「ジュンくんにはしんどい時に甘えられる、頼れるおひいさんがいるから、だから、無理して頑張らなくて『大丈夫』なんだね」
そう言われて、すとん、と、力が抜けてしまった。要は、どうしようもなく安心してしまうんだ。この人の声は、この人は、オレにとって特別だから。
思えば以前からずっとそうだった。この人に大丈夫と言われると、暗いトンネルの中で灯りを見つけるように、迷子の子どもが家に帰り着くように、ああ、もうだいじょうぶと、全てを預け委ねてしまう。それは、オレ1人の力では(きっと、誰であっても)到底抗えなくて。そうか、ここまで頑張らなくても、いいのか。
「っわ、ジュンくん!?大丈夫!?」
「……あんまり、だいじょうぶじゃ、ない、かも」
物理的にも力の抜けてしまったオレは、おひいさんに寄りかかったまま、ずるずるとその場に頽れた。一緒にしゃがみ込んだおひいさんの顔が焦りを増す。わらわらと集まり出すAdamの2人と病院に行った方が、だのタクシーじゃなくて救急車を呼んだ方が、だのと話し合っているのをおひいさんの腕の中で聞きながら、ゆっくり目を閉じた。
体は熱いし、息は苦しい。こんなに心配されるほど、今のオレは『大丈夫』じゃないんだと自覚してしんどいはずなのに、心の中はぽかぽかと安らいでいた。