「お前は絶対大丈夫だ。信じているぞ。がんばれ!」
会場に向かうアントワーヌに、背中を押して声掛けをしたのはフリアンだ。
緊張をして無駄な心配こそしてしまう、その自信のない小さな背中に光を灯すのは憧れだった人のたった一言。でもその一言こそに大きな意味が含まれているのだということは。アントワーヌとフリアンにしかわからないのである。
会場についた後は待合室にて刻々と進む時計の針とのにらめっこが続いた。あれもこれも心配になっていく、その精神状態を平常に回復させる手段もここでは手詰まりになる。
それなのにあまりにも無情に時間は過ぎていき、椅子から立ち上がる人の、斜めの影がついに自分にかかったのに気づいてしまう。
逃げたい。ただそう思うだけで逃げることはしない。ここまでやってきたのは自分で、頑張ろうとしたのも自分。それなのに、この瀬戸際についた途端に臆病になってしまう弱さ、まったく成長なんてしていないとも思える自分。
さあどうする。アントワーヌは心の中の唸りをどうにか制御しようと戦っていた。ここまで努力をしてきた日々を思い出しては、余計に引き出してしまって思い出したくもない苦い記憶も溢れていった。
失敗だらけだった。好きな子に振られたり、夢だったはずのものを一瞬で諦めたり、大人になるって意味をはき違えて何度も似合わない格好をしてしまったり。
だけど、だけど。否定なんていらない。それは過去だ。今は違う。今は人のためにとか、偽善でモテようとしてみたり、勘違いもしてない。
俺は今、自分のためにここに来て、こうやって座っているんだ。下を向いている体では、上なんていけないだろう。大人になりたいんだ、成長したいんだ。
俺は自分のためにここにきてるんだ。自分の心をもって、戦っている。
なら、
「アントワーヌさん、お願いします。」
「はいっ!」
冷や汗を拭いきると、席から立ち上がる。ぐるぐると眩暈がしそうになって、それを吹き飛ばすように明るい返事をした。
「失礼します。」
ドアを三回ノックして、中にいる試験官の声を聴いた。どうぞ。その声を受け取ったあとに呼吸をしながら重いドアを開いた。心を置いていかないように、自分を味方につけて準備は万全。
始まってからは、それまで待っていたあの時間はなんだったのかと不思議になるほどに短い時間が流された。時計の針を見る暇もなく、試験官に言われたことを順にこなしていった。
そうしてアントワーヌは一息をつく。部屋の外に置いてあった鏡を見ると、震える自分がやけに輝いて見えたのはきっと本当なんだと思う。ほっとして涙が知らぬ間に出てきたのは、これまでの苦労を痛いほどに体が覚えきっていたからである。
「ラザールさん。」
案内で呼ばれた名前が、アントワーヌの耳にも突き刺さる。自分とは別の部屋でその試練までの時間を耐えていたラザールが廊下に入ってきた。
次はあのラザールの番だ。
完璧人間。大げさな言葉も彼の前では一切お世辞にも嘘にもならない。
俺の最大のライバルだ。