おはようございます。これから日課の「毎日フリーライティング」を始めます。どうぞよろしくお願いいたします。
おはようございます。日の射す時間が変わってきた気がする。これからどんどん日が長くなるからね、冬は厳しくなるんだけどね。不思議な季節。
朝ご飯はりんごを食べました。
猫はいつも通り、わたしの左横でくつろいでいます。
きのう、訃報が入りました。わたしの伯母が亡くなったんだって。62歳。若いけれど、若くもないよね、みたいな事情もあって、まだ全然気持ちの整理がついていないの。きっと読んでいる人も分かるだろうね。
伯母といっても、ここ15年くらいは交流がほとんどなかった。あの頃の、まだ若い――30代くらいの――伯母しか記憶にないから、亡くなったと聞いてとても不思議な気持ち。その一方で、もう入院生活が長くて、出られるときは死ぬときだ、という話を父(伯母にとっては兄)から半年ほど前に聞かされていたから、「ああ、それが今来たのか」と受け入れるような気持ちもある。不思議な気持ち。何度も書くけど、不思議な気持ち。
生前 交流がほとんどなかったからか、通夜と火葬は呼ばれなかった。告別式だけ。それもまた、ちょっと悲しいような気もして。でもわたし、実家を出てから父親には6,7年会っていないし、LINEも無視し続けてるの。そういう状況の人が呼ばれるわけないよな、とも思うわけ。今言ってもしょうがないけれど、伯母さんの最後の姿に会いたかったなあ。
伯母さんは生まれつき知的障害を持っていて、それでグループホームに入所したり、作業所で働いたりしながら一生を過ごしたんだ。
うちの父親にはお姉さんと妹がいて、お姉さんと自分(父親)は健常者、妹さんだけが障害を持っていた。お父さんが、自分のエッセイに書いていたことがある。薄々分かってはいたものの、通常学級に妹さんが入れないって分かったとき、お母さんが泣きはらした目で家に帰ってきた、と。(かつて、父親も自分の文章を書く人だった🤣)
それに加えて、わたしの母親(父親から見れば、妻)は障害の「血」が自分の子どもに流れ込まないかどうか、非常に心配していた。それでたくさん議論、というか口論を重ねていたし、出生前診断を5回くらいやっているのを、わたしは知っている。4人兄弟で、+1人流産していて、各子ども全部でやっているはずだから。どうしてもどうしても「ふつうの子」を産みたい、という気持ち。母のそれを育てた一因として、伯母さんがいる。
そんなことを思うとね、生前の交流はほとんどなかったものの(何しろグループホームにいますから、そこを訪問しない限りは会えないんだよね)、最期は一緒にいたかった、みたいな気持ちもあるんだよね。本人にとっては失礼な話かもしれないね。自分の生きざまではなく、生まれついて持った属性のみをあてにされているのだから。
そんなことを考えていたら、昨日は全然寝付けなかった。笑 といっても、1時くらいには眠れたんだけどね! いつもの早寝早起きがよい方向に働きましたね。
きのう、訃報が入るまでは、爆弾低気圧に押しつぶされていた。夕方ちょっと復活して、3時間くらい仕事の中長期目標を立てたりなんだりして、一年のスケジュールを組んだりしていた。
そのすぐ後に訃報が来たもんだから、ぶっ飛んだよね。昨日やっていたスケジュール管理とか、TODOリストとか。そんなことどうでもいいじゃんって。絶対どうでもよくないのに! でも、思ってしまったの。
「今のわたしの周りには、死人よりも生人のほうが多い。ということは、こうして急な訃報で呼び出されるようなことがありうる。そんなことがありふれているのなら、スケジュール管理とか、TODOリストとか、しょうもないよな」と。絶対そんなことないのに! 極端な思考に嵌っているときは、危ないわよね。認知療法/認知行動療法の勉強をしていたとき、自分の心理状況をマイナスにさせやすい思考の癖として「0/100思考」というものがあるのを知った。今書いた「訃報で呼び出されることがあるなら、スケジュール管理とか、TODOリストなんか無意味だ」っていうのは、まさに0/100思考。今日のわたしにこの場があってよかった。文字にすると「それは0/100思考だろう」って自分でツッコミが入れられるからね。
あと、兄弟間でもこの訃報の受け止め方が大きく違っていたことにも驚いたの。そういえば、生前の伯母さんと一緒に遊んだり、グループホームに行ったりしていたのは第一子のわたしくらいで、あとの下3人はみんな赤ちゃんだったから、グループホームみたいな場所には中々行けなかったのよね。下3人が大きくなった頃にはわたしは就職していたし、父親も早期退職して離婚の準備をしていたから(!)、とても中学生・高校生の子どもたちを連れて伯母さんに会いに行くなんてイベントはできなかったと思う。だから、妹に伯母さんの話をしたら、「え~~~!! 告別式の日ライブだよーーーーーーーーー喪服でライブ行きたくねーーーーーーーーー」とか言ってて。🤣🤣🤣🤣🤣 いいのよ、妹は本当にそれでいいの。でも、違うもんなんだわね、受け止め方が。とか、思ったりもしたよ。
それで今のわたしは、喪服を探すのに夢中。
おととい、わたしは美容室に行きましたね。そして、地毛をパーマが出るように切ってもらいましたね。結果、電車で人が寄り付かないようになりましたね!?
あの、喪服、どうします!?!
今の自分にまっっっっっっっっっったく似合わなそうなの、一般的な「女性のフォーマルな喪服」が。
髪型はムースでガチガチに固めてオールバックで行くとしても、それに合う服……。
「自分に似合う服」は比較的容易に見つかるのだけど、葬式って自己満足の世界ではないでしょう。それを伯母さんたちと父親が喜ぶかなあ、みたいな気持ちもあってね。わたしの父親は「就職活動のスーツは絶対にスカートがいい。おれも大学生の子の採用してるけど、パンツスーツの子は採らない」と公言していた、今SNS上にいたとしたら大炎上しているはずのおじさんでしたから、無難なアンサンブルとかワンピースがきっと望ましい。でも、それを買ったりレンタルしたりするのも嫌だ。あと、寒い! パンツスタイルじゃないと、寒すぎるよ!
というわけで、10日先の告別式を前にして、田村は急に頭を抱えることになったのでした。
これまで親との関係をなるべく断ってきた分の苦しみがここに回ってきているとも言えるが、それは今言っても仕方がない。わたしのnoteで一番読まれている記事は、5年前に書いた「親が生活保護申請したから扶養義務のお知らせが届いた話」です。そういう環境に居続けることは、あのときのわたしには無理だった。伯母さんには本当に申し訳ないけれど、これを糧にさせてもらいますから。若くして家を飛び出したレズが気まずい状態で親戚の葬式に参列するシーン、絶対書いてやるからな――
★先ほど触れた、わたしのnoteで一番よく読まれている(トータルのビュー数/いいね数が一番多い)「親が生活保護申請したから扶養義務のお知らせが届いた話」はこちらです。
https://note.com/tamuramanatsu/n/n6c68553c044b
note.com
今読み返すと文章がヘタクソすぎて目も当てられないのだが、これを読んで下さっている方はそれどころではないのだと思う。
これを書いていた頃からは大分わたしも変わってしまったが、それでも「親 生活保護 扶養義務 したくない」とかで調べている人がきっと少なからずいて、情報源として役立っている事実がある。(たまに「ありがとう」とメッセージを頂くことがあるくらい、珍しい情報のようです)そんな風に役立つものなら、消せはしないよな。そんな風にも思っている文章です。
今日のこれからの予定。
喪服を見に行きます。これはね、早くやっちゃった方がいいと思って。カバンとか靴とか、使えそうな小物は一通りあるんだけど、別にそれを必ず使いたい! というレベルのものではなくてね。それに、髪型案の「ムースでガチガチに固めてオールバック」に合うかどうか、分からない。笑
髪型と服装を決めて、そこからカバン・靴を決めていくのがいいと思う。まずはそれを見に行きます。
それに伴って、今進行しているスケジュールをちょっとばかし調整させてもらう必要が出てきそう。
わたしもね、自分の人生をもう30年やってきてますから、だんだん分かってきています。喪服選びが終わったら、一旦ドーンと波が来ると思う。告別式に行く前にね。それを見据えて、ミーティングの予定とかがいくつか入っていたんで、先に連絡して先延ばしにしてもらおう。
間に楽しみなご飯の予定があるんで、そこで息抜きできるといいな。
告別式に出たら、小説の案も結構変わるかもしれないね。死生観っつーの? そんなのが変わっちゃったら、ど~しよ~。
すべては小説を書くために。すべてはエッセイを書くために。自分の「物書き」という軸ができていると、こういうのに立ち向かう気概が出てきていいですね。母親が死んだときにも立ち向かえそう!
あ、そうそう。これは余談なのだけど、美容室のことで思い出したのがひとつ。
担当の美容師さんがとてもフランクな方で、パンクギャルお姉さんみたいな感じの人だったんですよ。
職業を訊かれて「物書きを一応」と言ったら、「東京~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!」ってバイブス上がってらっしゃいました。本当に物書きになってよかったです。🤣
この街で美容師やってるほうが「東京」だろ!? と内心思ったけど、それは言わなかった。笑
じゃ、今日をはじめていきますか。
TxT Liveのおかげで、本当によく書けるようになりました。毎回長い時間・長い文章を読んでもらっていて、本当に助かります。フリーライティングで書いていた文章を推敲して一つの本ができるんじゃないかって思うくらい、もう量がありますね。いつもありがとうございます。
今後もやっていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
みなさんの今日の一日が、楽しくはなくてもまあまあ、それなりな、でも楽しめる人はとてもhappyな一日になりますように。
微妙な人は、どうにかやっていくことができる一日になりますように。
準備をしてきます。
お疲れ様でした。