もどかしい気持ちを抱えている。言葉にしようもない気持ちを抱えている。何かしら携帯に文章を打ち込んで表現したい。誰かに発散することのできない気持ちを、メモ帳に並べたくなった。
 今日、大学に来た用事はこれだけでしかなく、私はもう帰るしか道はなかった。これ以上にこの場所にとどまっても意味はないし、風邪をひいているのだから、具合の悪いものはそれらしく家に帰るべきなのである。でも、家に帰ったところで何かがあるというわけでもない。
 家に帰ったところで、孤独であるという状況や環境が変わるわけじゃない。それであったら大学で関わってくれるかもしれない人と一緒に過ごしていた方が自分のためになるような気がする。……嘘だ、そんなことを思ったときなんて一度もない。
 人とのかかわりは面倒が多すぎる。感情なんて介在させたくないのに、人と関わるだけ感情は募って消えることはない。そして、信頼や裏切りを抱えて生きていくこの世界に、本当に私は生きることが向いていない。
 誰かが私を知っているわけがない。私のことを知っている誰かがいたとしても、それは大学上での私でしかなく、それいじょうに発展することなどはない。すべては仮初のものでしかなく、結局は人とのかかわりの中にいたとしても、私が孤独であるという事実は変わりがないのだ。
 それに比べて、周囲はずいぶんと行きやすいように生活を繰り返している。
 私は大学から出た校外のバス停の方に並んだ。最近になって出来上がった立派なパスの停留所の待合場所では、私と同じ大学生が数人ほど並んでいる。その組は男女、女女、男男とそれぞれの組合で、孤独でいる人間は誰もいなかった。
 待っている傍ら、私はイヤホンをつけて呆然とした。曲でも流せばいいのに、そうすることを忘れて、組になっている人たちの雑談に耳を傾けていた。でも、数人の声が一気に情報として頭に入ってくる感覚に就かれてしまって、私はスマートフォンで音楽を流した。その音楽を知っている人はきっと私だけだった。
 癒される気持ちになるわけでもなく、ただひたすらバスが来る時間を待つだけ。スマートフォンを白い景色の中で弄る元気も沸いてはこなくて、世界が晒してくる冷たさから逃げるように、両の手をポケットの中にしまい込んだ。布越しに伝わる冷えた指先の温度が身体に触れて不快感を覚える。一瞬だけ唇を強く感じてしまった。
 早く、バスがくればいい。遅く来たとしても変わらないけれど、せめてより一人であるということが分かればそれでいい。安心感が生まれる。人がそばにいると、どうしたって孤独を感じて仕方がなくなる。人のことを求めているわけでもないのに、どうしてか人がいると自分の状況がよりみじめになって苦しくなるのだ。
 そんな憂いを抱えながら時間を過ごす。聞いている楽曲がループし始めた。一曲リピートにしていることに気が付かなかった。別にいいか、どうでもいいから。私はそうして退屈な時間を退屈なままで過ごしていた。
 大学内で関わってくれる人の大半は優しい人ばかりだと思う。去年の四月ごろ、人間の区別というものはされず、それぞれがそれぞれで、人に対して関心を持っていた時期があった。私はそれを浮かれているな、と思った。
 一年生だけがとる授業の中で席が近くになれば話しかけてくるものがいた。軽い自己紹介を挟んだ後、軽率な行いを再現するように連絡先を聞かれた。私はそれにどのような対応をしたのだろう。思い出すことが億劫になるのは、今となってはもう関わっていない人だったからかもしれない。
 灰色の空は夕焼けを飾ってはくれない。白い色だけを世界にコントラストとして与えてくれている。バスが揺れながら見せてくれる者層の奥には削られたアスファルトがよく見える。小学校の付近を見て、帰り際の黄色い帽子を付けた小学生が、友達らしき人影と雪玉を作って遊んでいるのを見かけた。
 私にはそのような時期がなかった。そもそも、私が住んでいた地域に雪が降ることなどはなかった。温暖だった、というのもあるかもしれないけれど、周囲には山が重なっていて、雪雲が地域一帯を覆うことがなかった。だから、私は雪遊びに励んだことはない。きっと、一度だって。思い出せる限りには。
 きっと、それ以上に私は人と関わる選択肢をとってはこなかった。それはそうだ、だって面倒でしかないのだから。苦しいものでしかないのだから。関わってしまえば心労が募る。それが私だけであればいいのだけれど、私の所為で相手にも負担がかかってしまう。そのような状況が嫌で、ずっと昔から人と関わることを避けてきていた。通知表には協調性が欲しい、という旨の所見が書かれていたことは印象に深く残っている。
 でも、それこそが協調性なのでは、と高校生の時の私は思っていた。
 人に迷惑をかけることもなく、迷惑をかけられることもない。参加するべきところでは何かしらで参加をしていたし、誰かが迷惑になるようなことをした覚えは一度もない。だから、小学生の時の通知表を引っ越すときに見つけた私は、少しばかりの憤りを覚えたものだ。
 この思いが誰かに伝わることはない。伝えることはない。今は遠くで過ごしている両親に対してだって話せるわけもない。話す気力もない。これまでもこれからも、いつまでも変わらないままで私はこの人生を終わらせるのだろう。それが大学という中で完結するか、それともその先にある社会の中で完結するのかはわからない。行きつく先を想像することができない。どうでもいいかもしれない。将来のことなんて想像するだけ苦しくなるのだから、きっと考えない方がいい。
 はあ、と息を吐き出した。そろそろ次の曲が始まる。
 私はバスの空調で温まった指先を使いながら、私が好きになれそうな曲をランダムに再生した。
 家に帰ったところで、私の帰りを迎えてくれる人は誰もいない。独り暮らしの宿命のようなものではあるが、この孤独についてはいつまでも慣れることがない。
「ただいま」と間延びした声をあげて、私は狭いワンルームの部屋に入り込む。外の空気によって冷たくなってしまった部屋の温度に、私は白い息を吐きながら、早々と暖房を入れるためにリモコンを探す。いつも物はおざなりにしか扱っていなくて、物を探すというだけでも時間を費やしてしまう。暮らし始めこそはきちんと物の置き場所を考えていたはずなのに、玄関以外の場所は整理されることはなく、また整理をするつもりもなく、ただただ掃除の甲斐しか感じられなさそうねはやが完成している。
 リビングのテレビの横の方に他の機器と重なっていたリモコンを見つけ出して、ピッ、と電子音を鳴らす。最初こそは温いだけの空気が吐き出されるものの、次第に吐き出されるものはきちんと暖かいものになり、私はそれに安堵をした。
 だから、なんだっていう話ではあるのだけど。
 独り暮らしを始めてから、こうして一人で語るような思考がだいぶと増えてしまったような気がする。たまに人の拠り所を探すように独り言を吐いたりしてみて、その虚しさにあきれて笑いそうになる。
 今は十二月ということもある、実家に帰るタイミングとしてはちょうどいいような気もするが、帰ればおせっかいとしか言いようのない言葉かけが行われるから、正直実家に帰るのにも面倒くささが勝ってしまう。
 私は何をしたいのだろう。そんなことをぽつりと考えながら、私は暖まっていくリビングの空気で肺を温めて、虚しさをかき消すようにテレビをつける。適当につけたテレビからは今日からその付近にかけてあったニュースを放映していて、何も面白くないな、と感じた。チャンネルを変えてみたりしても、夕方としかいいようのない時間帯では子供向けの番組くらいしか見ていられるものはない。
 その間にも私の耳の中で流れ続けている音楽が切り替わっていく。この音楽はいつごろから好きだったものだろうか。最近になって好きなものだっただろうか。それを思い出してみることにして、どうにか時間のやり場を、正しい孤独の解消方法を探してみる。
 私は、矛盾している。
 人と関わりたくない。日ごろからそう考えていて、人と関わる際にも勝つ欲というものが心に宿ることはない。義務的な日常を日ごろから演じているようなものであり、それが解消されることを自分自身で望んでいない。
 そうであるはずなのに、実際に一人であるという状況を思い出せば、そこに温もりを見出してしまいたくなる。孤独であることを肯定することができず、それであれば大学に行った方が些かマシなのでは、とか、そんなことを考えてしまう。
 矛盾している自分が愚かしくて嫌いだ。それを考え込んでしまう自分が嫌いだ。私に関わってくる人間が嫌いだ。いつまでも偽りの笑顔を浮かべてくるような、そんな嘘の塊みたいな連中が嫌いでしかなかった。
 テレビを見ることにも飽きてはいるが、それでも流れてくる喧騒は消さないままで私はベッドに座り込んだ。座り込んでからは携帯を充電するためのコードを探して、ベッドの裏に手を伸ばした。
 また曲が切り替わる。今度は中学生のころに好きになったバンドの曲だった。
 懐かしいな、アルバムを漁って、それで時間をつぶすのも悪くはないな。そんな気持ちになって、私は見つけ出したコードを携帯に挿してから画面を見つめてみる。
「……ん?」
 そうして挿したはずの充電器に携帯は反応しなかった。間違った方向で指してしまったかな、とか考えて、裏表で入れ替えながら挿してはみたけれど、それでも携帯が充電されることはない。根元のコンセントの方を覗くのは面倒だったけれど、それでも確認するためにベッドを動かしてみた。けれど、適切に挿入されているコンセントを見て、私はあからさまにため息を吐いた。
 どうやら充電器のコードが壊れてしまったらしい。ブルートゥースのイヤホンも充電できるということで、裏表で携帯と併用していたものではあるのだけれども、格安の店で買ったから、その質が悪いものでしかなかったようだ。
 ……出かけなければいけない。
 今から外に出る、というのは面倒だけれども、一人で孤独を実感するよりかはだいぶとマシなはずである。
 私はまだ着替えていなかったことを思い出しながら、そうして冷たくなり続けている世界に身を乗り出した。
書き直します
 部屋の外に出ると、そのたびに身に染みるような寒さに白い息を吐いてしまう。寒空の下で一粒ずつ降り始めている雪の影を視界に入れながら、そろそろ夕焼けを閉じてしまいそうな世界の彩に、私はどこか寂しさを覚えた。
 そんな寒い景色の中にいるせいで、今さらになって部屋の暖房を消し忘れていたことに気づいてしまう。いちいち部屋に戻るというのも面倒だから、結局は放っておくしか選択肢は用意しないのだけれど、それでも片隅にはりつくように存在する意識の欠片に、どうしていつも私はこうなんだろう、と自己肯定感を低くする。
 ドアにはまだ鍵は駆けていない。まだ部屋に戻ることもできる。けれど、無意識に用意した鍵によって、私はそれを施錠する準備を果たしている。どうせすぐに家に帰ってくるのだから、暖房くらいつけていても問題はない。そんな論理を心に浮かべて納得をしたところで、私はドアの方へと振り返る。振り返った拍子に「あっ」と私のものではない声が隣の方から聞こえてきた。
 ん? と喉を鳴らしながら鍵をかけて、声の方へと視線を向けてみる。肺に絡まる雑音の気配に咳払いをして、一瞬苦しくなる呼吸の感覚の中で、声の主を視界に入れた。
「……竹下、くん」
 白い景色に閉ざされようとしている景色の中で、暖かい格好に身をっ積んでいる男性の姿。紺色をしたマフラーに身を包んでいて、こんなに冷たい世界の中でも元気であることを示すように、どこか元気な笑顔を浮かべている。
 私はそんな彼の雰囲気が苦手だった。
 未だに言い慣れることはない彼の名前を改めて吐き出したところで、私は白くなり続けている景色をさらに濃くするように、白い息を重ねていく。マスクから漏れる蒸気のようなひとかけらは私の視界の一部になって霧散する。そんな姿を見て、彼は苦笑するように声をかけてきた。
「買い物?」と問いかけてくる彼に対して「そんなとこ」とだけ返す。あまり会話をする事柄も思いつかないから、私は早々に出かけることを示唆する目的で足先をアパートの外に向けた。
「何を買いに行くのさ」
「充電器」
「今からケーズ? 遠くない?」
「別に百均で済ませるから大丈夫だよ」
「へー」
 くだらない会話だな、と思った。私はさっさと用事を済ませたいのに対して、竹下は足を止めるように言葉をかけてくる。だから、相応に私も彼と会話をしなければいけないのだろうか、という気分にされる。
「竹下くんは今帰ったの?」
「うん、レポートの提出は終わったから、ちょうど帰り」
「……そっか」
 特に思いつかない会話の節々、自分のコミュニケーション能力の下手さが浮き出ているような気がした。
「もしあれなら送ってくけど」と竹下は言った。彼はそう言いながら、アパートの先に留めてある水色の車に指をさした。黄色いナンバーが一部雪によって隠されている。
「いや、別にいいよ。すぐ終わるし、申し訳ないから」
「いや、逆にこっちが困るから」
 彼はそう言いながら苦笑をした。
 いや、何が困るんだよ、という心に生まれた言葉は特に現実に紡がれることはなかった。
 彼と関われば、だいたいいつも彼が率先して何かしらの救済策を打ち出してくる。それを救済策として打ち出していると表現していいのかはわからないけれど、ともかく、困っている人には手を差し伸べてくる。それが竹下という人間だった。
 大学に向かうバスに乗っているときに彼を見かければ、老人に席を譲ることがあったり、コンビニで荷物を倒してしまった店員を見かけたら、すぐに足を運んで助けに行ったり、なんならボランティア活動に対しても率先して参加している。そんなことを彼はいつも行っているようだった。
 私にはまずできそうもないことばかりだ。ボランティアに参加するすることもないし、もし困っている人がいれば見て見ぬふりをして遠ざけるし、そして優先されるべき席であっても、譲ることはない。そもそも席に座れば、何かしらで人と関わるイベントごとが起きるだろうということで、座ったこともないのだが。
 彼に案内されるまま、私は彼の車に乗り込んだ。まだ温もりを残している車内の空気に、私は落ち着いたように息を吐いた。寒いよりかは暖かい方がましだな、とか考えながら、何度か咳を重ねていく。
「本当にいいの?」と私は聞いた。
 こんな密室のような状況の中で、風邪である私と一緒に出掛けてしまえば自ずと症状がうつってしまうかもしれない。
「いいよいいよ。どうせ暇だったし」
 彼は特に気にしていないようだったけれど、どちらかといえば私が気にしてしまう案件だよな、とは思ってしまう。
 かちゃっ、とシートベルトを締める音を鳴らした。その音を確認した竹下は、そのまま車のエンジンをつける。電子音が二回ほどなった後、車から乾いた暖気が噴き出すのを感じて、私は、ふう、と息を吐いた。
「百均でいいんだっけ?」
「……うん」
 大した距離もないのに、それでも車を運転してもらうことに対しての罪悪感。けれど、はっきりと断っても彼はどうしたってついてくるだろうという確信があったから、その意味がないことは既に知っている。
 彼はそういう人間なのだ。だから、きっとこうなることは確定していたとしか言いようがないかもしれない。
 はあ、と息を吐き出した。何とも言えない鬱憤を抱えながら、私は車窓から流れる景色を呆然と見つめた。
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『二つの朝』(現代ドラマ)を書く。
初公開日: 2024年12月16日
最終更新日: 2024年12月27日
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