不安そうな少女に、父は目顔で安心しなさいと語りかけてくれた。
それから少女は休学手続きを経て、自宅で過ごすことになった。定期的にコクマ記念病院に行く以外は、ほとんど外出しない。外出しても玄関先までが限度で、とても人通りの多い街なかに行く気にはなれなかった。
人の視線と声に原因不明の過敏な反応を示すようになってから、家の中と父親だけが少女の世界の全てとなった。父に心配をかけたくないという思いから外出を試みようとしたが、玄関先で足がすくんで動けなくなった。なにより、父がひどく心配し少女を止めたことから彼女は外出を諦めた。これ以上父に心配はかけられない。玄関のドアは、少女にとっての世界の限界点だった。
父は以前と変わらず、否、以前以上に少女を気遣い、愛してくれた。学校に行けなくても、外に出られなくても、お前は私の大切な娘だよ。そう言い聞かせてくれた。
父はまるで、宝箱に入れられた宝のように少女を大切にしてくれた。
休学から1年が経過した。
少女は変わらず外には出られない状態だったが、少しずつ健康を取り戻していた。
「身体的な問題はなし。メンタル面も当初と比べればかなり落ち着いているようです。あなたにその意志があれば、外出の訓練をしてもいいかと思います。どうですか?」
相変わらず父以外の人間の視線は怖いが、コクマ記念病院での診察には多少慣れてきた。黒川医師のその言葉に、少女は逡巡する。
確かにこの1年自宅で過ごすようにしてから、以前のようなパニックや身体症状が起きることはなくなった。しかしそれは、あくまで父親以外の他人の視線がない環境にいたからだ。少女にとってたくさんの他者の視線が存在する自宅の外――外界は、やはりまだ恐ろしい場所であることに変わりない。
おそるおそる、その意志を確認するかのように床に据えていた視線を隣に座った父に向ける。父は困った顔をしていた。
「……お前は、どうしたい?」
父はそう聞いてきた。心配で心配でしかたないのが隠せていない顔でそう聞いてきた父がおかしくて少女は少しだけ笑った。いつもそうだ。父は自分が心配なくせに、それを隠せていないくせに、いつも私の意志を確認してくれる。
「少しだけ、考えさせて」
少女はそのときはそう答えた。その後家に帰って、少女は温かいベッドの中で考えた。
私はどうしたいんだろう。どうすればいいんだろう。
父にこれ以上負担をかけたくない。心配させたくない。それは紛れもなく本心だ。
では……自分はこのまま、ずっとこうしていなければいけないのだろうか。ずっとこの家から一歩も出ないまま暮らしていくのだろうか。それこそ、父に負担をかけ続けることにならないだろうか。
5年後、10年後と、父に負担をかけ続けながら生きていくのか?
そう考えると、急に腹の底が冷えるような不安に襲われた。この先の将来に待っている不幸を垣間見たように、ぞっとした。