他人の尻を撫でるのに、プライベートパーツを撫でるのにその手は不躾であまりにも慣れた手つきだった。自分一人にみだらな性欲を向けられているとしたらかなり嫌である。だが、この慣れた手つきから、他人にも同様に向けているのだと分かり、心の中で何故か安堵した。だが安堵している場合ではない。尻を撫でられているのだから。
 「鍛えておる尻はいい」
 知らんがな。
 おちょぼ口君は心の中で呟いた。だが顔はまだにこりと、嫌々ながらも愛想笑いを浮かべている。仮にも雇い主である。OVERではない。真の雇い主はOVERであるが、今は訳あって別の主に仕えている。裏切りではない。潜入捜査のようなものだ。それにOVERはこんな不躾ではない。
 「はあ」
 「あまり動揺せぬのだな。しかしいい。形も肉付きも」
 「ははは、おやめくださいませ。お戯れですよ~」
 しばいたろか。
 おちょぼ口君はクナイを取り出したくなるのをぐっと堪える。同性の尻を撫でて何が楽しいのかが分からない。それを言ったら、まあ撫でられた経験は多少あるけれどそれは目的がきちんとあるからであって、無闇にこのセクシャルハラスメントに及ぶ気持ちは分からない。誰でもいい、弱い者ならいいという思考回路は理解が出来ぬのだ。今おちょぼ口君の尻を撫でているのは、仮だが現在の雇い主である。忍を下に見ているからこその蛮行だろう。雇われが主に逆らうはずがないという、傲慢である。
 いやバリバリ逆らうし、なんなら二週間後にOVER様来ますけどね!?
 「しかしこの張り。誰かにもう熟れさせてもらったのか」
 え、始末していい? 
 おちょぼ口君は心の中でOVERに念を送るが、返答は無い。あるとしたら、自分に都合の良い考えだけである。自分に都合の良い上司の幻影を描き、自分に都合の良い事を言わせるのだ。殺っていい。心の中のOVERはそう言った。だがあくまでおちょぼ口君の幻影である。うっかり任務をここで終わらせられぬのだ。マルハーゲ帝国の威信にかけて、超一流の忍の矜持にかけて、おちょぼ口君は受け流す事を選択した。撫で続ける手を押さえ、すっと自分の手と相手の手を重ねるようにして動きを止める。
 おさわり禁止のホステスか、俺は!
 そう叫びたいのを堪え、おちょぼ口君は別の用意していた言葉を紡ぐ。
 「しかし、今宵は良い日取りかと。×〇村侵攻には明日ではなく、ぜひ今夜をお勧めいたします」
 「おおそうか。優秀なお前が言うのなら間違いはないな」
 そうしてくれそうしてくれ。これで油断させといて、手筈通りに×〇村の近くにある□□町まで目指してくれ。そこはマルハーゲ帝国の領地なのだ。そこにうっかり侵攻してくれれば、大義名分は幾らでも作れる。その手筈を整える為、用意されたのは16日程度。今は仕えて二日目だから、残り二週間はまだ間がある。だが、こんなセクハラ野郎だとは思わなかったのが、おちょぼ口君の誤算だった。
 パワハラに加えてセクハラか…訴えたい。即座に訴えたい。帝国ならまだ罰せられる(※上司が殺す)のに。おちょぼ口君の肩にまで触れてきて、思わずぞわりとしたものが走った。
 「うぶな反応だな?」
 気持ち悪いダケデスネー。
 この任務は正直きついものがあるかもしれない。超極秘任務であっても、ここまで精神的にしんどい現場は無かった。命の危機があるのならまだ分かるが、貞操の危機は正直守り方をいまいち知らぬのである。おちょぼ口君をそこまで性的な目で見て来るのは、うん、いなかったとは言わない。でもこんなスケベ親父の対処法知らない。優しいふりして逃げるか…。遠い目をしそうになるのを堪えながら、おちょぼ口君は思ったのだった。
 かくして二週間後。任務は滞りなく進んだ。□□町の侵攻はぬかりなく、その噂を聞きつけてOVERが討伐に訪れると言うセオリーである。道筋は順調、仮の雇い主が構えている城に、毛狩り隊が攻め入ったのは必然であった。仮とはいえ、雇われていた城の崩壊を眺めて楽しむほどに暇ではないし、そこまでおちょぼ口君は悪趣味ではない。だが、なんというのか、その日は城の崩落を眺めていた。
 あーーうん。なんかすっきりするかもしれない…。
 あれから貞操を守ると言うか、手を出さないまでもセクハラは続いた。もしかしたらだが、城主は困らせるのが趣味なのかもしれない。だが相当に悪趣味で、あまり慕われているという感じでもなかった。ただ暗闇で活躍する真拳が強大なので、誰も逆らえないと言うのが現状だ。典型的な独裁者である。おちょぼ口君は期せずともその城主から、人々を解放する手助けをしたことになった。忍の仕事ではないものの、世界に根を張り巡らせるマルハーゲ帝国の忍として、どろどろとした権力争いも国同士の駆け引きも、くだらぬ事情でもめる者共も一通り見て来た。その仕事が汚れているかもしれないが、今回の城の崩落はむしろ、むしろ爽快感さえある。おちょぼ口君はいつもならさっさと城に帰還しているところだが、燃え盛る城が三割ほどになったところで、帰還するのだった。
 OVERのお供をしていたのは、蹴人にインダス文明、メソポタミア文明で黄河文明とルビーは留守番だったらしい。おちょぼ口君が帰ると、途端に質問攻めにあった。その大抵の内容が、替えってどこにあったけ!?である。
 「紙に書いたでしょー」
 「だって、紙見ながらじゃあ見つからなかったんだ」
 口を尖らせる黄河文明に、ルビーも見たが分からなかったと援護してきた。収納方法変えるか…とおちょぼ口君は疲れた体に鞭打ち、分かりましたと飲み込んで今日の掃除当番と食事当番を確認すると、冷蔵庫の中身を確認するのだった。何故彼が確認するのか。彼がいないと、食材が勝手に消えていることがあるからである。冷蔵庫を開け、そして閉めた。もう一度開けて、閉める。おちょぼ口君は二人を見やった。
 「…なんでかぼちゃが消えてるんですか?」
 「かぼちゃの蒸しパン食べたくなって…」
 「今日煮物の予定でしょ!? ああもう、まだ15時だから買ってきます。あと減ってるのなんですか? 申告するなら今ですからね!?」
 「トイレットペーパーもなくなっちゃった」
 「もー買いに行けたでしょ!」
 OVERの遠征に合わせて城を空けない工夫は分かる。だがまったくもって、任務帰りと思えぬほどにおちょぼ口君は働く羽目になった。補充品を買い出す前に、洗剤の詰め替えや備蓄のチェック。なもなき家事をこなしたあと、目に見える家事である買い出し。そして重い荷物を持っての移動。OVER達が帰ってきた頃には、割烹着で煮物を作って魚を焼いてご飯を炊いて…当番などへったくれもない状態であった。帰って来たOVERに対し、おちょぼ口君はむすっとしながら言う。
 「おかえりなさい」
 「おう帰ってたか。後で報告に来い」
 簡素なやり取りを終え、天守に戻っていくOVERに対して賑やかな必殺! 五忍衆である。庭番のガンプも加わり、あっという間に賑やかな食卓を並べる事となった。
 「OVER様~…」
 「なんだよ」
 正装として忍の装束に着替え、おちょぼ口君が一息ついて報告に向かったのは、もう夜半を過ぎていた。もうおちょぼ口君はくたくたである。
 「あの人たちどうにかしてくださいよ~」
 「あ?」
 「洗剤の詰め替えせずにずっと残り少ない中で頑張ってたんですよーハンドソープも切らすし、アルコール除菌もしないし…献立に使う野菜は使っちゃうしー…」
 「あー、分かった分かった。でも好きだろ? 俺の城」
 OVERはそう言ってにやりと笑う。
 仮の雇い主の城がどのような暮らしであったか、それはOVERには知る由もない。万が一にでも、おちょぼ口君が裏切る可能性だってある任務である。だがおちょぼ口君は帰って来たし、本来の城の愚痴を立て並べながらも、結局戻って来たのは、彼にとってこの城は。
 「…好きですけど」
 おちょぼ口君は顔のほとんどは口だが、赤らめながら答える。むうと尖らせた口が、月明かりに光っている。
 「じゃあ、それでいいじゃねえか」
 「ずるいですよ…」
 「まあいい。こっちに来い。許してやる」
 どこまでも偉そうなんだよなこの城主。そう思いながら、あのセクハラ城主とは違う触れられ方をして、上書きされるような気分になるのだった。            
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11月27日分書くよ
初公開日: 2024年11月27日
最終更新日: 2024年11月27日
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