「くのえに特殊能力を付けたか?」
所長室に入るなり尋ねて来たデルウハに、所長は意図を計りかねたようで首を傾げる。
「特殊能力ですか…もとより再生回数は定まってますが、その回数さえ超えなければというのはありますが」
「あいつは、俺達の会話を聞いていた可能性がある」
デルウハは簡潔に問題があるとばかりに、そう言った。
「それだけじゃない。むつと同じで、覚えている可能性がある。記憶を消す薬の増産が必要かもしれん」
「え、ええ…そんな。しかし」
「ともかくだ。俺が殺したと吹聴されたらたまらん。今からくのえを追うから、あんたも来い」
「わ、分かりました」
まだ納得がいっていないようだが、ひとまず飲み込んだ所長を引き連れ、デルウハはくのえを探す。談話室であろう。そのスペースにいつもなら、ハントレス達もいるはずだ。足早に向かうと、ちょうどくのえが中心となって何か話しているようだった。万が一にでも、死因がデルウハだと言われては困る。耳をそばだてた。よみが不信感を持っているのかくのえに詰め寄っている。いちことみちが守るようにくのえの傍にいる。部隊の分断を招くか?と危惧も過るが、今は会話に耳をそばだてた。
「あんた、覚えてないの?」
「ごめーん、覚えてない。気が付いたら起きてた」
「でも、ごめんなさいって謝ったじゃん」
にこが言う。
「あれは……あのね。おねえちゃん達だから言うね」
「何よもったいぶって」
「回復するスピードがね、多分ぼくは早いんだと思う」
思わぬ告白だった。所長がデルウハを見やるが、ひとまず通りすがった風にして、黙って壁に身を隠すように目で告げる。
「だから袋の中で、…じつは起きてたんだ。でも、隊長が説明してたから。それで謝らなきゃって」
いちこがくのえの頭を撫でる。
「そうなの。それは、偉かったね」
「普通でしょ、甘やかさないでよ、もう七歳くらいなんだし」
よみが言う。そこで、デルウハは会話に入る事にした。
「おい」
「わあ! デルウハに所長、いつの間に!?」
「すまない、さっき通りがかったんだけど…」
所長の嘘は見抜くことが出来るのがハントレス達だ。何せ幼い子供の頃からの付き合いである。だがデルウハに感化されたのか、今の所長は小さな嘘なら堂々と吐いて騙せるようになっていた。だからハントレス達も疑わない。
デルウハは切り込むことにした。
「くのえ。何にも覚えてないのか?」
「うん。覚えてるのは、誰かがみっつ数えてくれたことだけだよ。多分、隊長だったと思う。でもわかんない」
次は一まで数えてね。あの言葉は三つ数えるうちに殺したデルウハを咎めたのではなく、おそらくデルウハであろうという予測の言葉だったようだ。そう考えれば、攻略は簡単なものになる。デルウハの前に突如として慧眼が開き、道がモーゼの十戒のごとく切り拓かれた。くのえはハントレスよりも回復時間が短いだけで、記憶は残らない!?
「でも、ぼくが暴れたのは本当なんでしょ…?」
おずおずとくのえが尋ねる。確信が持てないらしいが、デルウハの言う事であるから正しいと思っている。そんな態度であった。それほどデルウハを信用しているのであろう。最も身近な大人である。その信頼関係も、今のデルウハにはありがたいものだった。トーンを下げ、思い出して噛み締めるようにデルウハは告げる。悲しい出来事を踏まえて、噛み締めるように。
「そうだ。俺が見た時には、もう」
「そうだよね。ごめんなさい。ごめんなさい。謝ってもむり、だけど」
「ううん。いいの、いいんだよくーちゃん」
項垂れるくのえに、いちこが小さな彼を抱きしめる。だが推定七歳か八歳だ、もう顔も男の輪郭になっていてハントレスとは違う成長を迎えるのだろうと思われた。みちも、くのえの背に手を置いた。よみは唇を尖らせてふんと鼻を鳴らす。
「ほら、そーやって二人は甘やかすから…」
「だってもう謝れないでしょ。これ以上何をしたら気が済むの? 土下座でもすればいいの?」
「別に土下座なんていらないわよ。見たくないし。でも、なんかくのえに殺されるって、妙な感覚なの」
まだハントレス同士の衝突も、イペリット戦以外に殺された経験も記憶にない。デルウハに殺される記憶すらうまく改変出来ている状態のハントレス達である。よみは呟いた。
「…仲間だと思ってたのに」
「お、よみもついにくのえを仲間だって思ったんだ?」
いつかが明るい声で言う。今問題はそこではないが、いつかのこの視点は、膠着状態になりつつあるこの場にはありがたいものだった。
「へえ~よみも認めたんだ。ま、にこはまだだけどぉ」
「なっ、別に違…! いや違わないけど!」
くのえに見つめられ、よみは慌てて訂正する。くのえがまっすぐな瞳で、嬉しそうに見つめていたからだ。よみはぶんぶんと腕を振った。
「あーもう、今はそうじゃないでしょ! ただ、くのえが悪い! でもデルウハも悪いんでしょ!」
「そうだ。俺は謝罪したろ」
「それ開き直って言う事!?」
「まあまあ」
慌てて所長が間に入る。デルウハが場を収めるために謝罪したのはあるが、それでもこの気まずさを吹き飛ばすのには至らなかった。ただ覚えておかなければならないのは、くのえの再生がなんらかの理由で早かったこと。その為に、死体袋にずっと大人しく詰まっていたということだ。
「くのえ、袋は狭くなかったのか」
「狭かった。でも、なんか落ち着いたから寝ちゃった。それでね、起きて謝りに言ったの」
血が付いていたりしそうだが、本人がそこで落ち着いたのならまあそれでよしとしよう。問題はそこではない。失われた記憶の向こうにある、くのえの殺人衝動である。まだ目は離せないが、少しずつハントレス達との絆も出来ているようだ。危険人物であれば集団から引き剥がすのが得策ではあるが、あいにくほぼ不死身の人間を引き剥がすのには苦労する。その為に別の子供や、話し相手を用意する必要もあるがすぐには準備できまい。デルウハはこれからハントレス達から目を離さず、彼女らを守らねばならないのだ。それがおそらく誤解を生むものであっても、くのえの殺人マニュアルの記憶を消すまでは、しばらくの間の負担なら容易い物である。デルウハは、次はどう来るのかとくのえを注視した。だが集団に受け入れられ、基本的に愛されて育った子供の振舞がそこにあった。