9月10月は見たい映画がたくさんあるのでどんどん見ていきますよ。
というわけで今日見てきたのはこの作品!
youtubeにて公開されるや一大ムーブメントとなって、今や派生作品が無限に広がりつつある短編映画「backrooms」。本作はその原点となる短編を制作したケイン・パーソンズ監督による映画化となります。
妻と破局した過去を引きずりながら生活するクラークは、カウンセラーであるメアリーとの面談を行いながら売れない家電量販店を経営していました。
そんな中、夜にひとりで閉店した店でテレビを見ていたクラークは、店内の壁に光が漏れる隙間を発見します。おそるおそる壁に触れたクラークは、そこにあるはずのない黄色い壁紙とカーペットに囲まれた謎の空間を発見。
クラークはそのことをメアリーに相談しますが、メアリーにはとても信じられません。しかし、面談に来なくなったクラークを心配して店を訪れたメアリーもまた、その謎の空間に実際に入り込んでしまいます。
この空間はいったいなんなのか? そして、そこに踏み込んでしまったクラークとメアリーの運命は?
本作の焦点はなんといっても原点となったファウンド・フッテージ映画である「backrooms」をどうやって2時間の映画に仕立てるかだったんですが、実際に見た印象としては思ってた以上にあの空間を主役に持ってきたという感じです。
本作はいわゆる「リミナルスペース」であり、あの人が大勢いるはずなのに無人のショッピングモールの通路や広大なプールといった「空間」と、その空間が醸し出す「空気感」こそがその本質。なのでそこに迂闊に明確な登場人物やストーリーを持ち込んでしまうと、それらの空間は作品の背景にレベルダウンしてしまいます。
この点は去年公開された「8番出口」も同じでしたが、8番出口はうまい具合にあのループ構造を登場人物の心理的葛藤にシンクロさせることで、あの空間を背景にレベルダウンさせることなくストーリーと同居させていました。
では本作の方はどうかというと、本作はストーリーらしいストーリーはあってないようなもの……というと語弊があるか? 少なくとも「8番出口」に比べると人物よりも空間を前面に出した構成になっていると感じました。人物が空間を見せるための舞台装置になっていると言えるかも。
主要な登場人物であるクラークとメアリーはそれぞれにトラウマを抱えており、それがあの空間に接触したことで顕在化し始めます。言い方を変えれば、あの空間に彼らのトラウマが反映・投影され始めたといってもいいかも。しかし、最終的にそれらのトラウマは解消されずに物語は幕を閉じます。
本作におけるあの空間は、ただそこにあるだけではなく現実空間を侵食する形で拡大していることが終盤および終映後の特典映像で示唆されています。終盤で研究班に救出されて生き残ったと思われたメアリーも、ラストカットを見るに街や研究施設ごとあの空間に飲み込まれて異形の存在になっているのがわかります。俯いて椅子に座っているメアリーの指が6本あるんですよねあのシーン。
作中でクラークが用意したあの食卓にいる存在たちもまた、人間の形をしているもののどこか歪で、顔のパーツがズレたコピーのように多重になっていました。
これらのことから、登場人物は終始一貫してあの空間に翻弄されついには飲み込まれるだけの存在であり、主導権は常に空間のほうが握っていると言えます。ある意味、あの空間こそ本作における人間を食らうモンスター枠だと言えるんじゃないでしょうかね。
じゃああの空間は何なのか?という疑問については、例によって作中で明白な説明はありません。メアリーのフラッシュバックの内容から察するに、あの空間の中では時間も歪んでるような気がします。フラッシュバックの中で幼いメアリーが明らかにあの空間に母親と一緒に閉じ込められているらしきシーンがありますが、あれってどっちもメアリーのような気がするんですよね。メアリーの記憶の時間軸もおかしくなっているという。
これは考察というか妄想ですが、あの空間は一種のアカシックレコードの貯蔵庫みたいなものだったんじゃないでしょうか。だから、クラークが最初に入ったときにはまず彼にとって身近なアイテムである家具があったという。
そしてあの空間に押し込められている記憶は、どれもが誰かにとって忌まわしいもの、忘れたいもの。いわば汚物です。だからこそ作中では、あの空間と腐敗の象徴であるハエが強く結びつけられていたんじゃないでしょうか。
最初にメアリーがあの空間を訪れたときに入口に気づくきっかけになったのがハエですし、あの空間を終始満たしている蛍光灯の音もどこかハエの羽音を思わせます。序盤でボビーが発見した洗濯物の山もゴミの山ですよね。そうした意味では、あの空間は巨大なゴミ捨て場ということができるかもしれません。
結局物語は前述の通り、登場人物のトラウマの解消も空間の拡大の阻止もなく、あの空間が際限なく拡大し続けていることを示唆して物語は幕を閉じます。
本作はその主役の座をあの空間に据えるというなかなか難しい構成に挑んだチャレンジングな作品だったと思います。そしてあえてすべてを語らないことで、さらなる拡張性の可能性を残したとも思いますね。もはやバックルームスはジャンルとして定着しつつあるので、今後もさまざまな方向性で拡大してほしいものです。