劇団百花の新作『焦土の摂理』を観た。W主演は万里と十座。その演技は凄かった。息をするのも忘れてしまうような、緻密で大胆な高速の殺陣。万里と十座でなければすぐに怪我してしまいそうな高度な殺陣に、二人の燃え上がりそうな熱意が乗る。
そして、最後に万里と十座は舞台の上で相打ちになって、板の上に倒れる。
劇中劇の幕が下り始めると同時に、効果音の拍手と観客の拍手が重なる。
「……すげー芝居だった」と、莇が熱いため息と共に呟く。
「あの、箱馬くずれるやつって……さすがに演出ッスよね?」と、太一が困惑したように言う。
「事故か演出かわからなかった」と、左京さんが深く息を吐き出しながら言った。
「……」
景句が呆然と幕が下りた舞台を見つめていた。
「どうだった?」と尋ねると、ちらりとこちらを見て、また舞台を見て呟いた。
「まだわかりゃんけど、気になった」
「もうすぐ俺たち秋組の公演もあるんだが――」
「それも観る」
俺の言葉に若干食い気味に景句が答える。
「――そうか」と答えた自分の口元が緩むのを感じる。景句の瞳に微かに光が灯るのを見て、胸が温かくなる。それと同時に、那智がこの光景を見たらきっと喜ぶだろうな、とも思った。
舞台が終わって口数少ない秋組と雄三さんと帰路につく。全員があの舞台の熱に当てられて、早く芝居をしたくてうずうずしている――そんな空気が伝わってくる。そして俺は夜食の準備をしながら過ごし、帰ってきた万里と十座に声をかけた。
「万里。十座。お疲れ」
「おー臣。こんな時間までサンキュ」
「臣さん、見に来てくれてあざっす」
「礼を言うのは俺の方だ。すごい舞台だった。俺も秋組のみんなも、すごく芝居したくなったよ。あと……景句も、芝居に興味を持ってくれたみたいだ」
俺の言葉に、万里も十座も一瞬目を丸くしてそれから嬉しそうに微笑んだ。その笑顔がよく似ている、と言ったら二人とも不服そうな顔をするんだろうな。そう思ったらおかしくて、思わず笑ってしまうと、二人同時に「「何笑ってんだ?」」と聞かれて俺は笑いながら「いや、なんでもない」と言った。
「そういえば……今日の舞台のチケット、まだあるか?」
「あ? 関係者席ならまだ手配できると思うけど」
「じゃあ、1枚頼めるか? 今日の二人の舞台があんまり良かったから、もう一度観たくなってさ」
俺の言葉に、万里も十座もパッと表情を明るくする。そして、万里が素早く百花に連絡を取ってくれ、すぐにチケットを手配してくれた。
「臣さんにまた良かったって思ってもらえるよう、頑張るっす」
十座の真っすぐな眼差しに俺は目を細めて頷く。
「ああ、楽しみにしているよ」
●
マチネで二度目の劇団百花『焦土の摂理』を観た。俺は観終わった足でそのままバイクに跨り、アクセルを回す。
目指す先は……かつて、那智と一緒にバイクで辿り着いた草原。思いの外遠いその場所に、俺は一直線に向かっていく。胸の鼓動が速い。瞼の裏には先程観た舞台が焼き付いている。それを何度もなぞりながら、目的の場所を目指す。
そして――やっとそこに着いた瞬間、目の前に広がっていたのは、あの時と同じ一面の草原だった。
『うぉぉー! 来たぞぉぉー!!』
あの日のここに来た瞬間叫んだ那智の声が、聞こえた気がした。
二人でバイトを掛け持ちしまくり、中古で購入してちまちまとパーツをいじって仕上げたバイクでの、初めての遠出……まだヴォルフを結成する前の、二人だけのあてのないバイク旅。
今、何故かその日のことを鮮明に思い出していた。
「……懐かしいなあ」
バイクを降り、草原を見つめながら思わず呟いた。
「ここで話したよなあ……どんな大人になりたいか、って話」
『……なぁ、臣。俺ら、どんな大人になるんだろうな』
『さあな。全然想像できねぇ……お前はどんな大人になりたいんだよ、那智」
『俺か? 俺はなー……デッカい大人になりてぇな』
「お前は言ってたっけ……『お天道様みたいに輝いてさ、山みたいにズッシリしててさ、どこに居ても『狛田那智だ!』ってみんなに気付いて貰えるような、存在のデッカい男になりてぇ』って」
そう言った時の那智のキラキラした宝石みたいな瞳は、今でも記憶に強く刻まれている。
『そうしたら、みんないつだって俺の居る所に帰って来れるだろ』
まだ仲間もいない時から、那智の想いはそこにあった。そんな那智が俺は好きだった。
「那智……面白かったな、さっきの舞台」
あの時のように、隣に那智がいるかのように、話しかける。
「万里と十座の殺陣、本当に凄かったよな……あの二人だからこそ成り立つ、二人だからこその殺陣、演技……本当に、凄かった……」
あの舞台は、他の役者じゃ成り立たなかった。俺がジューダス役でも、左京さんがバアル役でも、百花の主宰がどちらでも。あの舞台は成立しなかった――それほどまでに唯一無二のものだった。
「なあ、那智」
きっと那智も観ただろう、あの魂にまで届く炎の芝居を。那智もきっとあの芝居を気に入るはずだ。那智がどんな感想を持ったのか、すごく聞いてみたかった。けれど何より――
「那智……一緒に演りたかったな、あんな芝居」
呟いた瞬間、涙が一筋零れた。それが手のひらに落ちた瞬間、俺は自分でも意識しないままに叫んでいた。
「那智と一緒に! 舞台に立ちたかった……!!」
――それが、あの舞台を観た俺の本音だった。
万里と十座のように、唯一無二の相手と、唯一無二の舞台に立ちたかった……!!
きっと那智となら、あんな芝居が、あんな殺陣が出来た。お互いがお互いじゃなければ成立しない芝居。それはもう――俺には、手に入らないものだ。
「那智の芝居が観たかったっ……那智の隣で芝居がしたかったっ……那智と一緒に、板の上に、立ちたかった……!!」
溢れ出した思いはそのまま言葉となり、誰もいない草原に響いていく。がくんと足の力が抜けて、俺は崩れるように地面に膝をついた。
「那智……なあ、那智……お前も、そう思うだろ……なあ、答えてくれよ……那智……」
自分が芝居をする時、那智が傍で見守ってくれる気がしている。けれど、それはあくまで俺のイメージだ。実際に那智がいるわけじゃない。実際に那智と芝居ができるわけじゃない……あの舞台は、それを痛烈に突き付けてきた。
「那智……会いたい……那智……」
涙が溢れて止まらない。こんな情けない姿を見せたくなくて、那智の存在を少しでも感じていたくて、気が付けばここまで走って来ていた。
「那智……っ」
涙と共に吐き出した声は自分でも信じられないほど弱弱しくて、そのまま掠れて消えてしまいそうだった。その瞬間、ふっとあの時の那智の言葉を思い出した。
『だって……お前は俺の隣にいるだろ。これから先もずっと。お互いジジイになっても』
あの時全身を温かく包んだ那智の信頼。それは……今での俺の胸の奥に灯る、確かな燈火。
その温かさを思い出した瞬間、ふっと哀しみが軽くなる気がした。
「……ああ、那智。そうだったな。お前は俺の隣にいてくれるんだもんな。俺がジジイになっても……たとえお前がこの世にいなくても」
慰めに過ぎなくても、那智の言葉が時を超えて俺を救ってくれる。それならば、共に芝居が出来なくても、共に舞台に立つことは出来るのかもしれない……そう思えるだけで、先程までの絶望がふっと楽になる。
涙を拭いてゆっくりと立ち上がり、俺は目の前の草原を見つめて言った。
「――いつもありがとうな、那智」
耳元で、あいつの声が聞こえた気がした。
『いいってことよ、相棒』
風が吹き抜ける蒼原に背を向けて、俺はバイクに跨った。自然と浮かぶ笑みを堪えられない。
「……さ、みんなのところに帰るか」
【終】
「…………」
「臣?」
「景句? どうしたんだ、こんなとこで」
「別に。そっちは?」
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