sgoワンライ お題「拠り所」
引っ越すために荷物を捨てる 服を捨てる そのゴミ袋をクッションにして一晩寝た尾形の話
 別れる前の最後の共同作業が部屋の片付けだなんてな。皮肉なものだと思う。尾形と付き合って、男二人で同棲できる部屋を探して、半年近くかけてようやく引っ越してきたときの最初の共同作業こそが大量の段ボールの解体だったのに。段ボールの中身は主に俺の私物で、アシㇼパさんから修学旅行のお土産としてもらった置き物とか、白石から金運の上がるアイテムだと言ってもらった置き物とか、谷垣の結婚式で参列者全員に配られた熊の木彫りの置き物とか、いや別に置き物コレクターってわけじゃないんだけど、とにかくこの部屋で一番早く賑やかになったのは玄関だった。
 尾形との生活が染みついた部屋を見るのが辛くて、俺は自分の荷物をさっさと纏めた。解体するより纏める方が手早く終わるもんだな、と感心する気持ちすら湧いてきた。デッドラインが見えているからかもしれない。アパートの契約が切れるまで。それまでにお互い出て行かなきゃならない。
 こっ酷く喧嘩した日ですら俺たちは同じベッドで眠った。尾形の頭をボールみたいに抱えて眠った。尾形は俺のTシャツの腹のあたりを握りしめて眠った。ベランダに洗濯物を干すときに、寝巻き用のTシャツの腹がどれもこれも変な風に伸びているのに気づいて、それにゲラゲラ笑ってるうちに仲直りしたこともあった。
 別れ話をして以来、尾形と同じベッドでは眠っていない。俺が一人暮らしをしていた頃に買ったアウトドア用の寝袋にあいつは一人で寝るようになった。もともと寝返りをほとんど打たない奴だからか、寝心地はどうだと聞いても普通だという返事しか返ってこなかった。
 三月が深まって、春が終わろうとしていた。いや始まるのか。四月といえばいろんなことが始まる時期だ。俺たちだって新しい生活が始まる。尾形のいない生活が始まる。雨の日に洗濯物を代わりに取り込んでくれる人のいない生活だ。玄関で適当に脱ぎ散らかした靴をこっそり片付けられることも、冷蔵庫に俺が旨いと言ったチューハイが買い足されることも、満月の日の寝る前にだけ額にキスを落とされることもない生活。
 ピピ、ピピ、とアラームが鳴った。休みの日なのになんでアラームなんか掛けたんだっけ、と枕に顔を埋めて考えて、そういやゴミの日だったと思い出した。今日を逃せばビニール袋にぱんぱんに詰めた不要物は捨てられない。白石が運転する軽トラの荷台に段ボールと家電とゴミの袋まで積んで新居に持って行くのはちょっと、ちょっと、苦しい。
 ピピ、と鳴り続けるアラームを止める。休日はいつも昼前までダラダラして過ごす。仕事が忙しくてすぐ睡眠が足りなくなる尾形の生活リズムに寄り添った結果だ。それももう今週で最後か。
 ベッドからむっくりと起き上がり、寝癖のついた髪を適当に掻き混ぜる。男前が台無しだ、とどこか嬉しそうに言ってきた恋人は今はまだリビングに敷いた寝袋で眠っていることだろう。さびしさが隙間風みたいに胸を通り抜けていった。やだな、感傷的になりたくないのに。
 あーあ、やだな。尾形と別れんの。
 着古した服や重たい冬用のコートなんかが入ったゴミ袋はリビングの隅にまとめて置いてある。今日捨てるのを忘れないように。俺たちの冬が詰まったようなゴミ袋だな、と昨日の夜、そこに運びながら思った。尾形に別れを切り出されたのは二月の末のことだった。アパートの更新しねえとな、ってぼんやり言った俺の言葉に、尾形が「いや」と重ねてきたんだ。更新はしない、って。来月でお前と別れる、って。
 あの日から尾形は一度もこのベッドで寝ていない。寒くなるとひときわ眠りの浅くなる尾形がちゃんと眠れてるのかは知らない。
 床に足を下ろすとわずかに冷たいフローリングの感触がした。裸足で歩くとぺたぺたと音が鳴る。クイックルワイパーで何度も掃除したのにそれだけは変わらなかった。尾形は気持ち悪ぃって言って靴下を脱がなかった。俺は暑がりだし靴下が苦手だからいつも裸足で、最初の頃はよく怒られたのにいつしか呆れられたのか何も言われなくなった。ああそういえば、尾形とお揃いで買ったモコモコの靴下もゴミ袋の中だ。尾形にはちょうどいい暖かさだったみたいだけど俺には暑くてほとんど履かなかった。片付けの途中にタンスの奥から出てきて、においを嗅いだらちょっとカビ臭かった。
 ドアの音を立てないようにそうっと開く。尾形を起こさねえようにしないとな、とそれだけを考えた。ゴミだけど、ゴミなんだけど、尾形にだけはそれを捨てる姿を見られたくなかった。なんでだろうな。まだ未練タラタラだからかな。
 ギ、と蝶番が鳴った。頬に風を感じた。尾形は窓を開けたまま寝たらしかった。どこか甘い香りがする。春の香りだろう。八時前だけど空は明るくなっていた。冬の間は朝が暗いのが好きじゃなくて、それを理由に尾形を抱きしめて二度寝するのが習慣た。懐かしいな。ほんの一か月前のことなのに。なあ尾形。
 なあ尾形。
 なんでお前、俺が捨てるはずのゴミ袋に頭乗せて寝てんだよ。
 寝袋に下半身だけ突っ込んで、両腕を広げて二つの丸いビニール袋を抱きかかえるようにして、うつ伏せになって尾形は寝ていた。ほんとに寝てんのかどうかもわかんねえや。こいつの寝息はいつも静かで死んでるみたいだから。
 尾形の鼻呼吸で、カサ、カサ、とビニール袋が鳴る。それ以外にリビングに音は無かった。テレビ台や収納棚の片付けられたがらんとした部屋で、尾形は一人、俺の抜け殻を抱いて寝ていた。
 今日がゴミの日じゃなかったらよかったのに。
 俺は心底、そう思った。
了
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