膝のプロテクターのバンドをとめる。遮光素材を使用した強化服ではあるのだから本当はそんなことをする必要はないのだが、念を入れるに越したことはない。四肢の関節に付け終えた参度は軽く腕を伸ばすなりしている。
「どうですかね」
「いいんじゃないですか。かっこいいですよ」
「うーん、保護性が担保されているんでしょ?」
「そうですね、後で訓練にお付き合いいただけますか?」
「いいですよ。僕も一回調子見たいんで」
そんな折で訓練場に赴けば、そこには戦闘訓練を行っている土御門とジャンボワロ、そしてサメトがいた。今はまさに訓練が佳境になっており、見ていればジャンボワロの攻撃回避の訓練であるらしかった。
氷の柱が地面から伸び、細く歪なオブジェクトを築いていく。それをまるで公園の遊具みたいな調子で脚力のみを使い軽快に登る土御門が、その氷柱の頂点で飛び上がり地面に向ける。そのレーザーは指から離れてすぐは直線であったものの、氷のなかで乱反射して様々な方向から伸びていく。それを身体の柔らかさと体内を駆け巡る電気でブーストされた反射神経で避けるジャンボワロの様子はどう色目を使ってみてもしごかれている様子であった。男の青い瞳が見学している二人をとらえると、やっと救いの手を見つけたといった明るい表情になる。
「あっクリス!ヒナタ!この二人どうにかして!やばいんだけど!」
「確かに凄いけど、僕たちの能力じゃどうしようもないかもしれないですね」
「えぇ、凄まじいです……私が突っ込んだら死にますね」
三人のやりとりに、サメトが思わず無数もの瞳で彼らを捉える。
ともすれば能力は彼の制御下を離れてしまった。ジャンボワロの足元をめがけた氷柱が生え、彼はすんでのところで避けるもバランスを崩して自由落下に突入する。
「やべっ!」
「陽」
「はい」
彼の手元に黒い板――【さんかく】が出現する。ジャンボワロはその板を掴んで身を翻すことでなんとか衝撃を軽減させた。その下に陽向が滑りこみ、その長身痩躯を受け止めればジャンボワロの方はどうにかなった。問題は氷柱だ。サメトは暴走したことを理解するとすぐに髪で制御を行った。しかし氷柱は最早ひとつの生き物であるかのように成長し、やがて止まったもののゆらゆらと不定形な様子でいる。
「どうにかできますか」
「これはちょっと……僕だと無理かもしれないですね」
「おれも無理!」
そんな風に口々と話していると、やがてキィンと涼やかな音が響いた。
「致し方あるまいな」
土御門であった。その片手にはロングソードが握られており、氷柱は根本から大きく削られていた。踏み出した一歩でぐらりと崩れていく氷の塊の上に乗り、剣を乱暴にふるっていく。剣などと言っておきながら殴打武器のようにざくざくと氷が削れていき、細かな破片が降り注ぐ。
「もう少し攻撃手段があればよいでしょうが、あなた方の能力と習熟度では難しいでしょうな」
「間違いはないですね。我々は本来防衛戦特化ですから……」
「頑張りまーす」
そんな風に会話をしているうちに氷はほとんどが砕けて水に戻り、地面を濡らしている。時折レーザーで溶かしてしまえばあとはもう完璧だ。土御門が地面に降り立つ頃には氷柱は氷柱ではなく足首程度の氷の塊でしかなくなっていた。
「さて、サメト殿?大丈夫ですか?」
「……ごめんね、間に合えばよかったんだけど。ジャンボワロくん、大丈夫かい?」
「おれは大丈夫!ありがとね皆!」
ジャンボワロの両腕に手甲のようなソーラーパネルは水に塗れてすっかり壊れてしまい、使い物にならなくなっていた。この様子には全員眉を顰める。これは壊れたことそのものというよりも、研究棟連中から大目玉を食らうことについてのものだった。
「報告行きたくないんだけど……」
「頑張りなされよ、俺は知らなんだ」
「パパも一緒に怒られるよ。こればかりは俺のせいもあるからね」
「あぁ、あの人たち今苛立ってますからね……」
「甘いもの持っていったほうがいいと思いますよ、ケーキとか……」
おおかみいけ座流星群まであと幾ばくか。決戦までの調整は着実に進んでいた。
おおよそ39829日、あるいは109年と1月、13日、そして8時間と47分、24秒。これがその望遠鏡が博物館に「収蔵」されてからの月日。
詠唱者への反抗に対して罰を与える魔術、敷地外に出ると行動能力を奪う魔術、詠唱者が許可しない限り声が出せない魔術、持ち得る力の出力を20分の1に下げる魔術。これがその望遠鏡が博物館に「執行」されている魔術の全て。
それは真名を与えず、ともすれば他の物言わぬ土器や工芸品なんかと同じように文字と数字の羅列で呼ばれていて、地球の文字で代替するとしたらそれは「H25-92-1007」とされていた。
それが一日を知る指標は人間たちの業務開始と業務終了のみとなっており、彼は業務開始の日数だけ自らの身体に細やかな傷をつけることで日数を把握するほかなかった。
「……」
「飽きないな」
声をかけられる。それは声をかけてきたもの・・の方向を見て頷くほかなかった。剣の物憑き(郷球でこのような呼び方をすると差別コードに抵触しかねない)であったその存在は随分昔に足を奪われてしまい、地面を這いずるかそのあたりに転がるほかなかった。剣のような青銅の髪をしたそれは最早結われさえしていないそれの組紐だった長い髪を引っ張ってちょっかいをかけていた。
「…………」
「あぁ、わかるさ。どうやら随分進んでるみたいだが……やはりあと一つが難しいか」
引っ張られたそれは何かを伝えたくて口を開くが、どうにももどかしく思って苦々しい顔であった。しかしそれら同士は言葉を介さずとも意志を汲み取ることを可能としている。彼らとて正体は妖精の亜種なのだから、言葉などという肉がないとそこに在れない生物とは違うのだから。もちろん声の出ないそれもわかっているが、言葉にすることの大切さも同時に知っていた。
「一体何年やり続けた。我々だからここまで出来ることだろうさ」
「……」
着せられている管理着の左腕を見せる。細やかな傷のうち右腕につけていたのは収蔵されてからの傷、左腕につけていたのは魔術を解除しようと試行錯誤しはじめてからの傷であった。といっても体の中に通された魔術に対して逆向きの力を流しているに過ぎない。しかしてそうでもしないと制御された力では解術が出来ないのだ。それは付喪神とて莫大な負担を感じるほどに繊細な作業で、どうしようもない時間をかけることに無理はなかった。
「もう休め。学芸員共に見つかればまた仕置きだ」
「…………」
「この前の話だが……本当に成功するのか。協力するのがオレで」
頷く。何よりそれが必要なのであるということを、強く念じて伝える。ともすればそれは少しばかり目を瞑って思案してからやがて答えをまとめ、髪を引っ張って耳を近づけるように促した。
「ならば今日の点検の時にやるぞ」
「……」
再び頷く。その博物館は業務終了前に収蔵品の点検を行う習慣があった。点検といってもそれは酷く粗雑なもので、そこでただじっとしていれば何も言われないものだ。しかしその雑な様子こそ好機であり、そうして二つの器物どもはこの博物館を壊すことと相成ったのである。
夕方。遠くから、何の歌かもわからぬチャイムが聞こえて閉館が近付く。上の階でどたどたと足音をたてていた見物客もいなくなりはじめる。閉館から点検が始まる前の、少しバタつく時間が狙いだった。
「我が魂をたなつものとして、安らけく平らけく聞こしめし給え」
「……」
口から、金色の牙が覗く。収蔵時にいくつか仕込まれた魔術のうちの「金物食い」と呼ばれる代物で、絶望的なまでの飢えに苦しむものの金物さえ食わせておけば半永久的な延命を可能とする不老不死の誕生を目的としたもの。そもそも飢えを知らない付喪神に施されれば、そしてそれを人ならざる者同士で行えば万倍の力を確約する。可哀想に、それを学芸員たちはおろか詠唱者も知らない。どこかの神話のように、その妖精の心臓である剣をがりがりと齧り貪る。しがない望遠鏡であった彼の在り方に剣が混ざる。力のみなぎりを感じる。それに呼応するように、自らを縛り上げていた魔術たちが耐えきれず構成していた式を壊していく。それらは戦争で離散した、地球でいうなら大和時代に鋳造されたとされている宝物の剣と、東洋の技術者たちが西洋の技術を得るための留学先で作った時代の先駆けとなる望遠鏡。物の価値としてはあまりにも強く、そして食らい食らわれる姿さえ、目にすれば惚れるような美しさであった。
「あぁ、古き剣。足をもがれていなければ俺などより強かったろうに――」
縛るものが何もない。警報がけたたましく鳴る中、自らの手を握ったり閉じたりして力の戻った体を確認する。柔らかさを失っていた紐――いや、赤く染まる髪は艶やかに蛍光灯を反射する。跳ねれば体が軽い。なんと清々しいが、なんとも空しい。この世から同胞であり宝物がひとつ、永久に消えたのだ。自らの手に握られたそれは切り離すことが出来ず、言葉に置き換えるならそれは癒着といって差し支えなかった。学芸員が、おおよそその仕事に似合わない物騒なものを握り締めてやってくる。その手は、彼の気配に圧されて震えていた。
「743の消失、1009の反抗行為を確認!発砲!」
「なぁに、殺しはしない。お前たちは、の話だが」
剣を薙ぐ。力をほんの少しだけ込めて、しかし動きは全てを追い払うように。それは畏怖という力に換わり、学芸員共はさながら月の民に矢を射た後みたいに体の力を失って崩れ落ちてしまった。その横を通り過ぎる。センサーが振れることなど気にすることなく。ガスが噴出される様子を気にすることなく。
「邪魔だ」
スプリンクラーだけは錆になるからその剣を振るって壊して、館長室に向かって歩く。途中銃口を向けてきた学芸員には同じように剣を薙いで黙らせた。実際歩いている間に、収蔵されていた膨大な時間について思いを巡らせようと思ったが、館長室に着くより随分前に無機質な日々の振り返りは終わってしまい、目的のネームプレートを見つければ様々な怒りは消え失せてしまった。それはただ当たり前のように、人間でいうならば起き上がるために腕や足を振るように。そんなくらいの、なんてことない気持ちで。その人の首を身体から離してやったのだ。
「……」
血が狩衣に染みる。しかし、そんなこと大した問題ではない。どうにもおかしいことに気が付いた。そしてどうしておかしいと思うのか、彼は直感で理解していた。
星の力――と、外の人間たちに呼ばれるものが、自らの身体の中にあった。その代わりに、自らが食らった剣の魂がまるで最初からどこにもなかったかのようなのだ。まるで、彼にあった潜在能力ごと食らってしまったかのように。
「ふ」
奇妙な話だとも思ったし、忌々しいことだとも思った。そうしたら、彼奴の魂はどこにいこうというのだと!
「あは、はははは、はははは!」
下らない。下らなくて、でも、どうしてか楽しかった。まったくちぐはぐで、どうしようもない。まるで、本当に化け物になってしまったみたいだった。何か大きな引力が、博物館の外から自らを引き寄せている気がする。そんなことを考えて、収蔵品1009――いや、土御門遥は館長室の窓から降り立った。
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初公開日: 2024年09月28日
最終更新日: 2024年09月29日
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