劇団百花主宰・天立甲は劇場の席に座って、幕が上がるのを待っている。
開演時間が迫る。ざわめいていた客席が徐々に静まっていくこの瞬間が好きだった。日常から非日常へと移り変わっていくグラデーションが見えるようで面白い。
「あー間に合ったあ! あ、隣失礼しまーす」
バタバタと騒がしい気配でやって来てフレンドリーに挨拶した青年を見て、甲は顔には出さず驚いた。そこには、GOD座トップ・荒川志太がいたのだ。
「……」
席に着いた志太を横目でじっと見ると、志太はすぐに視線に気が付いてにへらっと笑う。
「お兄さんも一人っすか?」
「ああ」
「俺も! 本当はこの舞台勧めてくれた友達と来たかったんだけど、そいつが中々都合つかなくて……実は、この舞台、その友達が所属している劇団の役者さんが客演で出てるんだけど、友達がその人の演技すげー褒めててさあ。俺も気になって観に来ちゃったんすよ」
「……俺も、とある役者目的で来た。舞台の評判も良かったしな」
「お、マジっすか! めちゃ奇遇じゃないっすか」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべる志太。そして、甲をまじまじと見つめ、首を傾げる。
「てか……あれ? お兄さん、どっかで会ったことあるっすか? なんか、見覚えが……」
そんな志太から視線をそらし、甲は真っすぐ前を見た。
「そろそろ静かにしろ。幕が上がる」
甲の言葉と同時にブザーが鳴り、開演前の注意事項がアナウンスされる。その途端、志太の表情がパッと切り替わり、舞台に向けて集中した。その横顔は、美しかった。
客席が暗くなり、ゆっくりと幕が上がっていく――開演だ。
話は、普通の生活を送っていたとある男女が、ふとしたきっかけから犯罪組織に追われることになるクライムサスペンスだ。その話の中で、男女を助けてくれるのが、客演・兵頭十座扮する寡黙で不器用な男だ。
「『俺のことは、気にするな。お前たちが無事なら、それでいい』」
無表情で無骨ながら、時々ふっと零す笑みに観客の視線が釘付けになる。
男は元犯罪組織の人間でありながら、男女に力を貸し、逃走を手助け……最後には、二人を庇って死んでしまう。
「『ああ……俺も、誰かを、救えた……のか……アイツの、ように……』」
クライマックス直前でそう舞台の上で倒れた十座の顔と声はひどく幸せそうで、観客の胸を打つ。そのまま物語は最高潮の盛り上がりを迎え、熱気を帯びたまま幕が下りた。
「わー! 面白かったね! あの助けてくれてた人が最後死んじゃったとこ、思わず泣いちゃった」
「わかる―! 普段見ない人だよね? 客演?」
「今回オーディションあったみたいだよ。演技すごい良かったよねー」
「良かったー! なんか見覚えある気がするんだけど、配信か何かで見たのかな?」
「えーっと……あ、パンフに載ってた。MANKAIカンパニーの兵頭十座くんだって」
「あ! じゃあ前に友達と宇宙海賊とかの配信観た時にいたのかも。あれも面白かったんだよねー」
近くの女性客二人が興奮冷めやらぬ様子でわいわい話しながら席を立っていく。他の客も口々に今見た舞台の感想を言い合いながら、劇場を後にしていく。
そんな中、一向に立ち上がろうとしない男二人がいた。
「いやあ、面白かったっすねー」
志太がそう甲に話しかける。甲はちらりと志太を見て答えた。
「1幕開始5分と1幕ラスト、2幕3場と3幕1場にひどい失敗があったが、全体的な完成度は悪くなかった」
「え? 今なんて?」
「二度は言わん。一回で聴き分けろ。お前もトップだろ、GOD座所属荒川志太」
甲の言葉に、目を真ん丸に見開いて驚く志太。
「えー?! 俺の事知ってくれちゃってるんすかあ、照れるなあ! えーっと……どっかで会いました? 見覚えはあるんすけど」
「初対面だ。名乗る趣味はない」
「えー、ケチ! 名前くらい教えてくれてもいいじゃないっすかあ」
志太は甲の答えに頬を膨らませたが、ぐぐぐっと眉間に皺を寄せてじいっと甲の顔を見つめると……「あ!」と声を出した。
「分かった! マクベスの人だ!」
「……子供か、お前は」
志太の反応に甲は心底呆れた。しかし、そんな甲に構わず志太は思い出した舞台の上の甲についてニコニコと話し出す。
「いやあ、俺、あんま難しいこと分かんないんすけど、あの舞台は全体的にゴゴッて感じがすげー良くて、特にマクベスのグワーでグインな感じがうわわわって感じで……」
殆どオノマトペで感想を話す志太に、甲は思わず眉間に皺を寄せた。
「……言語化ができないタイプの役者か。頭痛がする」
「特に、あの……」
そう言って、志太が目を閉じてすっと息を吸い込む。その瞬間、志太が纏う空気が一瞬で変わったのを甲は感じてばっと志太の方を見る。
「『なんだ、あの音は? どうしたんだ、俺は? 音がするたびにびくびくする。ああ、なんという手だ? 目玉が引きずり出されそうだ。大海の水なら、この手を清めることはできるだろうか』」
腹の奥から響く慟哭の台詞は、まさしく甲が演じたマクベスであり、一瞬にしてその完成度に持って行った志太の爆発的な演技力に甲は自分の中の志太の評価を上方修正した。
「……よく覚えてたな」
甲に言われ、志太はきょとんとしたように首を傾げる。
「好きな芝居の台詞なら覚えてるっしょー。いやー、マジであのマクベス好きだったんだって」
「……そうか、それは良かった」
目を閉じて頷いた甲の口元には自然と笑みが浮かんでいて、それを見つけた志太が可愛いものを見るようにニコニコと笑った。
「……あの、すんません」
二人がそんな話をしていると、後ろから低い声が話しかけてきた。
二人がそちらに視線をやると、先程まで舞台の上にいた十座が私服に着替えてこちらを睨みつけていた。……正確に言えばただ困ったように見ていただけなのだが、傍から見るとその目つきの悪さから睨みつけているように見えるのだ。普通の客ならビビッてしまうそれだが、幸か不幸か、甲も志太も、そんなことで委縮するような器ではなかった。
「そろそろ清掃入るんで、退席して貰えるとありがてぇんだが……」
十座の言葉に、しかし甲は全く別の質問を返す。
「おい、第1幕ラスト手前の沈黙、3秒長かった。あれは意図した演技か?」
端的な甲の質問に、十座は即座に頷く。
「あれは、相手が緊張して視線が合わなかったから……ちょっとだけ長くして俺に視線を集めた」
「ならば0.5秒長い。その所為で次の台詞がダレた」
甲の指摘に、十座ではなく志太が反論する。
「えー?! 俺、あそこのシーン好きっすよ。視線と呼吸が十座さんにぐわーってなる感じが良かったっすー」
「……沈黙は確かに少し長かったかもしれねえ。次気を付けるっす。志太の感想は……ありがてぇ」
十座が口元を緩めて微笑むと、「いや、ほんとのこと言っただけっすから」志太が無邪気に笑った。甲は二人のやり取りを眺めてから、口を開いた。
「第2幕2場のハケる時の歩き方は良かった。第3幕3場のお前のクライマックスシーンは照明を1秒短く、音響を0.5秒長くした方がよりお前の芝居が活きるが、それはお前に指摘すべき内容でもないしな」
「…………アンケートに書いてくれると、助かるっす」
十座は少し困ったように首をかしげてからそう言うのが精一杯だった。甲は「ふ、」と笑って、「そうしておこう」と言った。
パタンと劇場の扉が開いて、清掃スタッフが伺うように十座たちを見た。それを機に、甲と志太が席から立ち上がる。
「……兵頭。今度正式にオファーする。摂津と共に、うちの舞台に立て」
「……監督と相談してから決めるっす」
「十座さん! 今日の芝居も良かったっす! また舞台楽しみにしてるねー。莇と九門さんにもよろしく言っといて!」
「ああ、志太。見に来てくれてありがとうな」
十座も挨拶をして二人を見送る。気が合うような合わないような、けれども確実に何かの波長は合う3人は、いつかどこかの板の上で相まみえるのかもしれない。【終】
カット
Latest / 121:53
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
【甲・志太・十座】演劇バカ、相まみえる
初公開日: 2024年10月28日
最終更新日: 2024年11月03日
ブックマーク
スキ!
コメント
9/26~28誕生日の3人が劇場であって喋るだけの話