●五伊地すごろく
「19の10惚れた弱みを実感するのはどんな時?」
新人補助監督となったばかりの伊地知が何かと五条の任務に同行するのは、五条の担当する任務が新人向けだからでは当然ない。今までは特級に相応しくベテラン補助監督が担当することが多かったのが、徐々に伊地知が担当することが多くなってきたのは偏に五条の恋心が原因だった。惚れた弱みとはよく言ったもので、伊地知に惚れている五条というのは傍目から見てもわかりやすいものらしい。
五条としても理不尽に他人に当たり散らすような真似はしないように気を付けてはいるが、好いた相手が仕事でも一緒となればその方が気分良く任務に集中できるというものだ。五条自身が口に出して伊地知を任務に同行させろとは言ってはないが、それを汲み取った補助監督たちが「何事も経験だから」と伊地を丸め込んで五条の同行任務を優先的に回しているらしい。
五条はそんなに自分の恋心というのは周囲にもわかりやすいのかと友人たちに問いかければ、「隠してるつもりだったのか」と逆に驚かれてしまった。どうやら、五条の恋心に気付いていないのは伊地知本人だけらしい。
「この前、伊地知が急な術師のキャンセルで困ってた時にわざわざ名乗り出たの、あれが他の補助監督だったら声すらかけなかったろ」
「泣きそうなツラでおろおろしてんの見てるとかわいそうだったし、任務の後にご飯食べに連れてくのに丁度いい時間だったから。まあ確かに他のヤツから言われても気乗りはしなかったかも」
「……惚れこんでるねぇ」
夏油がニヤニヤと笑みを浮かべるので「ウルセェ」と睨んでから五条は自身の行動を振り返る。確かに言われてみれば「伊地知だから」というのは五条の中で結構な割合で使われる言葉である。
「そんだけ尽くしてるのに伊地知本人に何一つ伝わってないのウケる」
「ウケるんだったらもう少し面白そうな顔しろよ」
「私は可愛い後輩が毒牙にかからないことを祈ってるから」
「硝子はイケメンな゙同級生の幸せは祈ってくれないの?!」
「ははッ、ウゼー」
そんな会話を気心の知れたかつての級友たちとして、五条は伊地知との関係を改めて冷静に見直している最中だった。急な術師の欠員が出て、頭を悩ませてる伊地知に五条はどんな任務なのかと声をかけた。内容は一級案件で、急ぎ対応を求められていることで詳細を話してみろと促した。
「俺が行ってやる」
「ありがとうございます、五条さん」
「感謝しろよ」
伊地知からの任務の説明を聞いて、五条は吟味した上で自分が行くと名乗りを上げた。調査内容も現在の呪術師の派遣状況も踏まえて五条に出動を依頼してきたのは伊地知の方だというのに、五条の返答に伊地知はしゃちほこ張って顔を青褪めさせる。
その顔は「この後、どれだけ無茶な代償を求められるのだろう」と脅えている顔だ。五条としても伊地知によく思われたい、少しでも長く一緒の時間を過ごしたいという下心ありきの行動だがこうも下心を察知してもらえないとなると脈無しかと本人に問い詰めたくなってしまう。
「伊地知さ、本来なら別の術師が行くはずだった任務に超多忙な俺がなんで代理で行ってやるかわかってる?」
不機嫌が滲み出てしまったのか五条の言葉に伊地知は必死に答えを見つけようと視線をさ迷わせた後に、恐る恐る「五条さんが良い人だからですか」と小さく質問を返してきた。
「良い人って初めて言われたかも」
どういう意味なのかと詳細を問えば、伊地知は怒らないでくださいと前置きした後にたどたどしく言葉を紡いだ。
「五条さんは言葉はきついし、態度は大きいし、人の都合全く考えない思いやりに欠けた人だなって時々思いますけど、こうやって私が困っている時に声をかけてくれるのは五条さんですし、きついことを言ってくるのも何だかんだ私のこと心配してくれてるからだなっていうのはわかるので――五条さんは良い人だと思います」
「思うんじゃなくて断言しろよ、良い人なんだろ。あとでデコピンな」
「そ、そういう脅しはよくなと思います」
伊地知の前半の言葉は五条にクリティカルヒットしたが、後半を聞いてどうにか持ち返す。今までの五条の行動は善意として伊地知に到達はしているらしいということがわかったのは一歩前進だ。周囲には五条が伊地知に惚れていることは筒抜けだというのに本人だけは「良い人」という認識で止まっていることは今は考えないでおく。
「デコピンは勘弁してやるから、この任務終わるまでになんで僕が伊地知にとって『良い人』なのかよく考え答えを報告すること」
「ちなみに間違った場合ってどうなりますか」
「マジビンタ追加」
情けない声を上げた伊地知を急かして急遽入った任務先へと向かう。
「私が五条さんがサボったら夜蛾学長に告げ口するからですか」
「ちがいまーす、歯ぁ食いしばれー」
「夏油さんに告げ口するから!」
「全くもって不正解。なんか逆に面白くなってきた。お前はいつになったら気付くんだろうな?」
「なにが面白いんですか、めちゃくちゃ怖いんですけど」
「これから覚悟しとけよってこと」
右手を振り上げると同時に伊地知がぎゅっと目を閉じて身体を強張らせるので頬を包むこむように撫でてから額にキスを落とす。鈍感な伊地知にこれくらいしても許されるだろう。
「おわりました……?」
「ばーか、僕が本気でデコピンしたら死体も残んねぇよ。暫くは我慢するから早く正解見つけろよ」
「が、頑張ります」
頭に疑問符を浮かべて何一つわかっていない伊地知がいつ正解に辿り着くのか五条は気長に待つことにした。
了