練習終わりの稽古場が好きだ。
稽古で飛び散った汗やら自分たちの体から発された熱気が、掃除しても換気しても目に見えないベールとしてまた一枚、年輪として稽古場に刻まれた気がする。
それは本当にごく薄い、シャボン玉の膜よりも儚いものかもしれないが、でも確実にそれは稽古場にある何かを分厚くしている気がする。
先に稽古場を出た仲間に声をかけられる。その手には、使い込まれた台本。勿論十座自身の手にも、同じようにボロボロになった台本が握られている。
――今回の脚本も、凄かった。
十座も劇団風林火山を始め、客演で時々他の劇団の脚本に触れる機会があるが、綴の書く脚本には、そのどれもとは違う、自分の背中を押してくれるような温かみを感じる。
綴の脚本は、まるでスポットライトだと、十座は思っている。
綴はいつも十座には思いもつかないものを思いもつかない角度から照らしてくれる。
『俺にはこういう風に見えるけど、お前にはどう見える?』と問いかけられているようで、台本を受け取る度に十座は身が引き締まる思いがする。
脚本に照らし出されるそれは、時に十座にとっての憧れであったり、後悔であったり……今まできちんと向き合ってこなかったそれらを、腰を据えてじっくりと考えて自分の体に芝居として馴染ませていく過程が、十座にとって苦しくも幸せな時間だった。
(俺の中の感情と向き合うことで、俺はまた、変われる――!)
稽古が終わっても、十座がそのまま部屋に戻ることは滅多にない。とりあえずエネルギー補給で台所へ向かうと、同じようにお腹を減らした太一と莇と再び顔を合わせ、思わずお互い笑ってしまう。時々その輪にドラマや客演の台本を読んでいる天馬や丞が加わる。狭い台所に腹ペコたちがひしめき合ってる姿を、リビングでくつろぐ東に微笑まれる。
十座はそのまま自主練に入る。天気が良ければ中庭でやることが多いが、時と場合によってはガレージやバルコニーでもやる。
まずは先程の稽古で指摘された部分を重点的にさらう。とはいえ、没入型である十座はいきなりその場面のその役になりきれと言われても簡単には出来ないので、時間のある自主練では少し前からゆっくりと演じてみる。演じて、納得できれば指摘されたところを修正し、納得できなければ何が納得できないかをゆっくりと考える。
十座は言葉にするのが苦手だ。秋組のメンバーは言葉にしなくても芝居の中で十座の言いたいことを汲み取ってくれるが、他の劇団の役者相手にはそうはいかない。そういう将来のことも含め、十座はなるべく自分の考えを言葉にできるよう、最近は意識して考えている。
「調子はどうだ?」
時間が合えば左京がそう声をかけてきてくれる。悩んでたり迷ってるところを相談しながら、稽古相手になってくれたりする。
「お疲れ。スコーン焼けたぞ」
そんなこんなで過ごしていると、臣が夜食用の差し入れを持ってきてくれる。多いのはスコーンだが、付け合わせのクリームやジャムはいつも変えてくれるから、飽きることはない。
「……ありがてえっす」
自分と向き合うというのは、誰にも頼れない孤独な作業だ。けれど、十座はここへ来て孤独を感じることがなくなった。たとえ一人で考えていても、すぐ隣には必ず仲間がいてくれる。一人でも、独りじゃない。それを心から実感できる。
そして何より――背中には、死んでも負けたくないあいつがいる。
(俺はあいつみたいに器用じゃねえ……だからこそ、出来ることは全力でやる)
十座にとって、芝居とは、希望そのものだった。
嫌いな自分から変わりたいと思い続け、それができる場所が舞台だと思った。
それを確信に変えてくれたのは、従弟の椋だ。
あんなに引っ込み思案で気の弱そうだった椋の、舞台の上での堂々とした振る舞いに、十座は憧れと、尊敬と――嫉妬を覚えた。
今まで誰かを羨んだり憧れたりしたことはあるが、嫉妬したのはそれが初めてだった。
心から大事に思っている従弟を妬むほどに、十座は芝居を渇望していたのだと初めて自覚した。
(椋に嫉妬してる暇があったら……俺がそこに行けばいいだろ!)
そう心の中で自分に喝を入れて、『秋組オーディション』と印刷されたとチラシを見つめていた時、万里に声をかけられ、いきなり喧嘩を吹っ掛けられた。
そこでは一旦ノしたものの、その後も何度も喧嘩を売ってきて、あまつさえ万里には興味のないはずの秋組オーディションにまで参加し……そこで見せた芝居に、十座は再び嫉妬した。
自分より遥かにやる気のない、見掛け倒しだと思っていた相手が、自分より上手い芝居をする。悔しかった。悲しかった。だからこそ――絶対に、負けたくないと思った。
「臣さん、俺って熱量そんなに高いっすか?」
「ん? いきなりどうしたんだ?」
劇団百花の稽古帰りに自主練していた十座の為に、焼き上がった大量の鈴カステラをクロカンブッシュのようにクリームでくっつけながら積み上げていた臣は、十座の質問に優しく首を傾げた。
「いや……カブトさんにそんなこと言われたんで」
「へえ……カブトさんって、劇団百花の主宰だろ? そんな人に熱量高いって褒められるのはすごいな」
「いや、褒められた訳じゃ……あれは褒められたのか?」
「??」
臣は十座の反応に疑問符を浮かべながらも、その疑問を素直に考えて答えた。
「十座の熱量は、高いというのもそうなんだが……そうだな、俺から見ると十座の熱さはみんなを内側から熱くさせる熱さだな。旗揚げ公演の時から、ずっと」
臣に温かく目を細められ、十座は少し照れる。
「そんなこと……」
ねえっす、と言おうとした十座を遮り、臣は「お前たちも、そう思うだろ」と十座の背後に話を振った。十座が驚いて振り返ると、そこには、綴・天馬・太一・九門の葉星大組がいた。
「え、何の話っすか?」
「お、十座さん稽古お疲れ。てか、その鈴カステラの山はなんだっ?!」
「臣クンお手製の豪華差し入れッスねー! 十座サン、お疲れさまッス!」
「兄ちゃんお疲れー! 今、みんなでレポート一緒にやってたんだよー!」
わいわいと話す葉星大生たちに臣は先程の十座の話を伝えた。それぞれが感心したように頷いた後、十座を見つめて口々に答える。
「十座の熱量は、脚本を書く時すごく力になってる。俺にとってはそうだな……物語の中の灯みたいな存在だよ」
「俺は綴さんみたいに上手い例えは思いつかないが……十座さんと芝居をするのは純粋に楽しい。芝居の原点みたいなのを思い出させてくれる。もっと一緒にやりたい」
「十座サンの熱は俺っちにとって太陽みたいなもんッスよ! 最初の頃は眩しくて目を背けちゃった時もあるけど……今は、十座サンみたいに周りを照らし出せる役者になるのが、俺っちの目標の一つッス!」
「兄ちゃんは、世界一熱くて、世界一カッコいい、オレの自慢の兄ちゃんで最高の役者だよ! そんなの当たり前だろ!」
「お前ら……」
十座は胸にこみ上げてきた感情をぐっと我慢した。涙とは、こういう時に溢れてくるものなのだと思った。
(けど、泣いてる場合じゃねえ……!)
みんながそう言ってくれる『役者・兵頭十座』を、決して色褪せないものにする為に。
(これからも、俺は、俺にしかできねえ芝居をやるだけだ――)
稽古が進むにつれ、十座はどんどん役が体に馴染んでいるのが分かってくる。
「だーかーらー! ここはもっと抑えねぇと後半との整合性が取れねえだろうが!」
「けど、ここはこの役が初めて感情出すシーンだ。抑えたら意味ねぇ」
「だからバランス考えろって言ってんだよ」
「バランス考えたら芝居できねえだろうが」
相変わらず、万里の芝居への視点は十座にないものばかりだ。それを素直にすごいと思えるようになったのはいつの頃からだろうか。本人には死んでも言わないが。
すごいのは万里だけではない。太一の細やかな芝居はいつ見ても感心するし、臣の本気を出した殺陣の迫力にはまだまだ敵わないと思ってしまう。左京の喜怒哀楽の表現の引き出しの多さにはいつも憧れるし、莇のさりげない立ち姿や舞台での見せ方の美しさに思わず見惚れてしまう。
(俺の仲間は、本当にすげえ。だからこそ……俺も、絶対負けないようにしねえと)
尊敬する仲間の横に、並び立てるように。絶対に負けたくない相手に、どこまでも喰らいつけるように。
「――ったく! じゃあ、一回お前のやり方でやってみろ。俺のが正しいって分からせっから」
「俺がな」
「俺がだよ!」
そうして何度も意見を戦わせ、芝居で語り合い、十座の中の役が磨かれていく。それは時に十座の思考や行動までも超えて、舞台の上に顕現する。その瞬間が、堪らない。
(だからこそ、芝居は面白ぇ……!)
自分が自分じゃなくなる空恐ろしいまでの解放感、けれど、どんなに自分が自分を手放したとて、必ずその手を握って引き戻してくれる仲間たちがいる。
俺と戦えと、真正面から魂でぶつかってくるライバルがいる。
それがまるで火花のように、十座の人生を照らし出す。辛いことも、嬉しいことも、この一瞬の為にあったのだと昇華される。
(俺は、こうやって生きていく……これからも、こいつらと)
【終】
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【十座と芝居】火花散り
初公開日: 2024年09月27日
最終更新日: 2024年09月26日
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BDに十座と芝居について書いた話