「スマブラやるか」
 そう言いながらサタケがテレビボードに近付いた。几帳面にもボードの中に収まっているゲーム機はハード自体が昔のものだ。最新のゲーム機でない。それで事足りてしまっているし、ゲームの途上を感じる少々だけラグがある機体でも存分に遊ぶことが出来る。トレーニングが必要なイサミの為に、足で踏んでバランスを取る専用機器も埃をかぶらぬようにボードの中に収まっていた。ここが几帳面なイサミの母親らしい。
 ここはイサミ・アオの実家である。都内にある一軒家であるが、閑静な住宅街だ。そこに長身で身幅ものある男性二人が連続して扉をくぐっていったのが休みの風物詩である。サタケは線香を上げに、またはイサミの両親に顔を見せてくつろぎに来ていたところ、イサミは通常通りに帰省した。そこで鉢合わせになるのは、自衛官では上司と部下の関係である。互いに意識している訳では無いが、イサミの両親の前以外は普段のポーカーフェイスじみて、どことなく友人であるというよりも休日に出会った上司と部下の顔だった。
 ゲーム機とテレビの接続は慣れたもので、おばさんやっぱり綺麗好きだなとサタケは漏らす。埃一つ無い一世代前のゲーム機で場所を取るが、邪険にせずにとっておいてくれているのは有難い。家に殆どいない者の物を取って置くのは、想像以上に邪魔である。だがその余裕のある収納が、実家らしい。イサミの実家は、その余裕を持っていつでもイサミを迎え入れてくれるのだ。それは友人のサタケも同様である。子供のころからの知り合いで、兄に似た存在であったサタケが上官になったのは幸か不幸か。上官がセッティングしてくれる前であるが、イサミは自分の家だからと麦茶を取りに行き、お客様用のグラスに勢い良く注ぐ。
 「イサミ、私も」
 「了解です」
 グラス二個目。結露が、グラスの肌に現れて持ち手が濡れているのも夏らしい現象だ。テレビ画面を切り変えて、ゲームを起動。見慣れた音が機動をお知らせしてくれる。床に無遠慮にグラスを置いて(床が濡れるからやめろといつも母に言われているが、忘れる)二人はゲームに興じ始めた。かちゃかちゃとした操作音と、画面の中のカーソルが連動して好きなキャラクター選択をしている。おおむね有名作品のキャラクターたちである。その中のいくつかは子供の頃にクリアを目指したものだ。ゼルダの伝説や星のカービィ、マリオなどは幼い頃の定番であった。これが出来ない、あれが出来ないとイサミが泣きついて来たのは昔の話だが、リュウジにいちゃんと泣き言を漏らすのは大抵ゲームに煮詰まった時である。負けず嫌いのイサミは、自分でクリアできなければ泣いた。それもかなりの昔の話だ。今は泣き言すら漏らさない自衛官に育っている。だが、この家にはイサミの人生の軌跡が詰まっているようで、不思議な気持ちになるのだ。家具の配置は変わっているのに、家は記憶を蓄えているのかサタケにはきらめく物が頭をよぎることがあった。昔のソファーの位置で、ゲームに負けたからとイサミはぼろ泣きしたのだ。その時の泣き顔だけはよく覚えている。自分も子供の時に見た子供の泣き顔だから、特段可愛いとかはたまた美しさなんて、そんな印象は無い。ただ分かった分かったと宥めた記憶が、自分が子供であるのに子供でないような感覚だから憶えている。
 うつつを抜かしていたからだろうか、サタケは三連続でイサミに画面外に吹っ飛ばされてしまった。
 「隊長、弱いですね」
 「ぬかせ。まだ始まったばかりだろ」
 敬語は取れていない。だがイサミがサタケのキャラクターを画面外に吹き飛ばす度、その顔は勝利に満ちてにやにやとし始めた。子供の頃の復讐をしているかのようである。反射神経が鍛えられて天性のものが顔を出したので、今は勝てる。イサミの顔は自信に満ちていたし、サタケもその顔を横目で見ながら内心この野郎と思い始めていた。年上だからと容赦がないのは、ここにいる二人が上官と部下ではなく、幼なじみの兄弟じみた関係性だからだ。サタケがイサミのキャラクターを吹っ飛ばす。すると、どうだと言わんばかりの顔でサタケは得意げにイサミを見やった。その片眉を上げた顔は普段上官としては決して見せない顔である。イサミはむっとすると同時に、分厚い壁のような今の関係性にひびが入った気がして、何故か少しだけ嬉しくなった。そのうち小突き合い、互いに物理的に妨害し合えば完全に昔に戻る。そうして取っ組み合い寸前になったのち、昔は何度も母親からの怒りの声が飛んで来るのだ。
 「何してんの」
 「だって…」
 「だってじゃありません」
 脳細胞は子供の頃の時間を巻き戻し、頭の中で再生する。それを人は懐かしいというのだ。現在進行形で続いている関係性だが、根っこは変わっていない。今隣で自分が有利だからと笑顔を見せているサタケは、きっとその根は子供頃のよき兄代わりで、遊び相手だ。イサミはそこにいつだって全力でぶつかる子供なのだ。だから不利な状況でも諦めずに何度でも画面外から浮き上がる。サタケが舌打ちした。普段のサタケなら考えられぬことである。気持ちはもう十代にとっくに戻っていた。
 「しつこいな」
 「負けらんないんで」
 イサミも得意げである。
 「負けたら腕立て伏せな」
 サタケが大人げない提案をしてきた。だが全体で見ればイサミがまだ総数は勝っている。
 「俺勝ってるんで、りゅうにいが追い上げるの、頑張れ」
 「言うようになったな。俺がお前に負けた事でも?」
 サタケの一人称がいつの間にか俺に変わっている。イサミはそこで、完全に昔に戻ったのだと思って笑った。このまま夕飯まで時間を潰すのだが、子供の頃には無かったペナルティが課せられている。
 「りゅうにいがやると面白いと思うんだけどな」
 「絶対にやらん」
 「ヒビキにも見せてやろ」
 「やらんからな。服装不備でさらに課してやる」
 「大人って汚い」
 イサミが呟いたのに、サタケは笑ってしまった。サタケに自衛官として染みついているのはなかなか剥がせない。だがイサミといれば剥がせるのだ。完全に個人としてのびのびと足を伸ばせる。ここはそういう場所である。
 「あ」
 「よっしゃ」
 イサミが逆転勝ちをした。サタケが腕立て伏せである。だがそのタイミングで、母親がごはんよと叫んだ。
 「よし行くぞ」
 「汚ぇ~俺忘れてないからな」
 イサミは不満げだが、母親のいう事は絶対である。二人で大きなダイニングテーブルに向かうのだった。
カット
Latest / 49:47
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知