この力を認めてもらえるのならば、自身の価値が認知されるのであれば。その先を考えたことは無かった。ただその先に訪れるのは人々を救い、崇められるような輝かしい未来であればと願うのは人の心として当然の事である。この能力があれば人を救える、その価値がどんなにも輝かしいものか分かってもらえれば良かっただけだ。だが無情にも、所長の目は泳いだように一周部屋をぐるりと巡ったのち、まっすぐに同情心を持ってこちらを見つめて来た。自身の価値を高めるための人類史に残る研究は打ち切りである、と。
「吉永くん」
そう呼びかけられ、吉永は振り返ると人の良い顔を見せておいた。神父姿に押し込められたものの、この研究所にいる理由はイペリットに支配された世界であるからでそれ以上に他無い。一歩外に出れば死を迎えるガスが充満した世界である。あと八年で世界は覆い尽くされるだろうという予測も知らず、ハントレスの子供達は無邪気に外の獲物を刈り取っては生きながらえている。すべては細々と生きながらえている。人類は既にとうに滅んでしまったのだ。人類の繁栄の歴史などは過去の遺物と鳴り果てている。それでもこの力は本物であるという矜持と共に、聖書を握りしめて所員の心のよりどころを作って来た。それもあのデルウハと呼ばれる男が現れるまではである。
得体のしれない男であるが軍人であるということ、ハントレスを手懐けているとの話である。神職者とは無縁の人間であろうが、次第にその噂は広がっていき、所長室によく出入りしては長時間話し合う事もあるということだ。軍備や防衛について熱心なのだろうというのがおおむねの見方である。だが遠目に見かける所長が、たまに大きなため息を吐いてはとぼとぼと歩く姿がよく見られた。デルウハに少々怯えるような、それでもその眼差しは羨望や期待を込めているものだ。能力者でもない軍人である。手を焼くハントレスにもそのような目を見せたことが無い。熱のこもった他人への目である。その視線が本格的に気に障ったのは、所長が彼の為に自分に頭を下げた時だった。
「どうか私に免じて」
そんな熱のこもった言い方を、自分の研究の際には一度だってしなかった。いつも興味が無くどことなくよそよそしく、前任の所長のつてだからと腫物に触るようだった。それでも研究に協力する己をいつか振り返る時があるだろう、見直してくれるだろうという日が来ようと信じていたのに、所長は先にデルウハというただの男を信じたのだ。恐る恐るだが信奉を捧げるように、片膝を着いている。その中身は悪魔だと言うのに、善良な己を放っておいて、天使よりも悪魔を選んだ。その頼りなく笑う所長の横顔が、全てあの男に奪われているのだと知って、計画はスタートする。お望みどおりに片膝を着かせておこう。あの男のギロチンの傍らで、最もよく見える位置で片膝を。首が落ちて泣き叫ぶ様子を見ながら、その懺悔を助長して。さあ行こう。すべての悪を一掃するために。