薪を割った。かあんと斧が切り株に食い込む。切っ先は木の瑞々しい部分へとめりこんで、ぴたりと食い込み、まるで最初から一つであったかのよう抜けない。四苦八苦するサタケを見て、薪を運んで戻って来たプラムマンが首を少しだけ傾げた。
「貸しなさい」
「え、でも」
「お前は力の使い方が分かっていない」
切り株に食い込んだ斧は斜めに突き刺さっていたが、その持ち手を掴むとプラムマンは事も無げに勢い良く腕をしならせるが早いか、斧が木から外れた。プラムマンの手に馴染み、体の一部かのように降り上げる。勢いあまってどこかに飛んで行く事もない。
「木を」
「あ、ああ」
聖職者なのに俺より力があるなんて、とサタケは苦笑いしながら新しい立木を切り株に置くと、プラムマンの斧は造作もないようにすぱんと薪を作る。次、次とやっていくと薪の束がみるみるうちに出来上がったので、今度はサタケが束を持ち運んだ。目指すのは魔女の家である。聖職者の手際の良い薪割りの音は心地良い。かあん、かあんと木が鳴り響く。あっという間に薪が出来上がるだろうから、急いで往復しなければならない。サタケは薪を抱えたまま小走りになった。
ある惨劇事件を調べるために、サタケはプラムマンを連れてランジバードの森にやってきた。この森の傍には村がある。だが殆どが空き家で、泊めてもらえそうな宿泊施設などはない。そのため村民に協力を仰いだのだが、その協力者が魔女であった。魔女とはあだ名で、非現実的な事は起きていないが、高い鷲鼻にぎょろつく大きな瞳が魔女を連想させるのかもしれぬ。六十を手前にした魔女は、惨劇事件が起きた森から帰って来たサタケ達を快く迎え入れてはくれなかった。
「出て行くのなら今だよ」
嫌われたものだ。だが滞在する契約には一週間ほど取っている。追い出すわけにもいかぬのか義理堅い彼女に、一人暮らしでは何かと不便だろうと手伝うことにしたのが本日で、薪割りはその一つだ。
「日が暮れちまうよ」
そんな嫌味じみた言葉にもにこにこと返すのが、サタケの対人における緩和術である。ええ、すみません。とどこまでも下手に出ながら笑みを絶やさないのが、人間の心にある警戒心を崩す方法であった。今までも有効であったし、サタケの笑顔は子供のように見えてどこか愛らしい。気を許すのにはうってつけというものだ。魔女は気を許したのか分からないが、薪をそこに並べておけと暖炉の横を指示して、食事の用意をし始めていた。もうすぐ昼食である。朝食を取ってからは村民に聞き込みに行ったから、昼食はそこまで重くなくてもいいと考えていたが、薪の労働が思ったよりも体に来た。だから大量だと嬉しいと今は思っている。
「昼食は何を?」
「パスタだよ」
簡素だがおそらくスープやサラダも付いてくるだろう。湯気といい匂いがキッチンから漂ってくる。魔女の食事の栄養バランスは悪くないので、サタケは密かに楽しみにしていた。そうして戻ると、薪を割り終えたプラムマンと共に最後の束を手にして家に戻って来る。労働者をもてなすのはやぶさかではないらしく、まるで息子にでも言うように魔女は言った。
「手ぇ洗ったら食事だよ」
「痛み入ります」
「そういう契約さ」
プラムマンの深々と下げた頭にも魔女は簡素に返した。この村の周辺にはコンビニエンスストアも無い。村民は近隣の農家や買い出しに行った食料で賄っている。車の運転は魔女は不便が無いようだから、買い出しなどは手助けは要らないようだ。とはいえ一週間の滞在で、手伝う事もあるかもしれないな、とサタケは思う。まあその心配をする前に、まずは惨劇について聞き込みである。ある程度は警察の発表で分かっているが、実際に生の声を聞かなければ分からない事もあるだろう。地道だが、サタケの推論はそうやって積み重ねるのだと考えている。今日はどうだろう。魔女は答えてくれるだろうか。魔女がスープ皿におかわりを注いでいる背に、サタケは話しかけてみた。
「あの。ジェシーさん」
「なんだい」
「ランジバード惨殺事件で、何かご存知ないですか」
「さあ。あたしは近くだけど、あの日は奇妙な声も聞こえなかったね。森が全部吸い取っちまうのさ、きっとね」
スープをよそいおえて、サタケに渡す魔女の顔は、冗談を言っているようには思えなかった。だがプラムマンは首を傾げる。
「この森は昔から恐ろしい言い伝えが?」
「いや、別にただの森だよ。迷いの森やらとかは言われてたが、そんな大したもんじゃない」
「そうですか…」
「遺族に頼まれたか知らないが、あんたらも深入りするんじゃないよ。面倒事になっちまう」
魔女の言い方に、サタケは引っかかるものを感じた。
「面倒事をご経験で?」
「そりゃああるさ。遺族連中がやってきて、どうして気付かなかっただの森の所有者はどこだだの…騒ぎ立てたもんさ。あたしの家は一番近いから、不届き者だとか言いやがったもんもいたね」
「それは…ひどい」
惨殺事件において村民に責任がある訳では無いだろう。元々惨殺事件の際には村民が最初に疑われ、マスコミにも散々狙われたものだ。だが村民の大半は高齢者であり、若者はその日に出稼ぎに出掛けていたことも分かり、カルト宗教の施設でもあるのでは、この村自体が悪魔の村だと散々言われたものだ。プラムマン達にいい顔をしないのは、そういった経緯があるからであろう。五年の月日でようやく落ち着いた生活を壊さないで欲しいと、サタケは村長に言われている。だが遺族の感情を考えればと何度も足を運んで説得しているうちに、引き受けてくれると言ったのが魔女だったようだ。サタケはその時魔女の顔を見ていなかったが、向こうは遠巻きに眺めていたらしい。車の中にいたというのにアンタだろうと声を掛けられて、駐車場まで誘導してくれた背中が丸まっていて、敵意はなさそうだと思ったものだ。奇特な人であろうとサタケは考えていた。最初は食事に下剤でも混ぜられている可能性も過らなかったわけではないが、魔女の食事は丁寧で客人用だ。
「しかし、アンタらも奇特な人間さ。他人の為にそこまでやるかね」
スープをぱくりと口に運んだサタケはすぐに答えられなかったが、プラムマンがパンを千切りながら答える。
「それがコイツの仕事なんですよ」
「へえ。若いのに変わったご趣味だね」
「もう38なんです」
「え」
サタケの回答に、魔女の顔が変わった。どうやらかなりの若者と誤解していたらしい。よくある事である。童顔で肌のはりがあることから、よく20代に間違えられるのだ。横にいるプラムマンはその事を知っているので、小さく噴き出す。サタケがじろりと横を睨むが、魔女は続けた。
「てっきり若者かと…じゃああんた、もう少し薪を早く持って来なきゃならんだろう」
プラムマンが再度噴き出した。笑いをこらえるために手の甲に口を押し付ける。だが笑い声が皮膚の間を滑り落ちて独特の音が鳴ってしまった。サタケは口を尖らせながらスープを口に運ぶ。美味しいのだが、ほんの少し味が薄くなった気がした。